ヒカルの碁
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対局が終わる度、小波は数分間佐為と会話をする事を繰り返した。
時々頷いたり、感嘆の声を出したりするのを見ていると、やっぱり小波の側に佐為がいるんだと、ヒカルはその空間に視線を巡らせた。
時間が空いた時に打ち合いをして佐為を感じる事もあるが、でもできる事なら佐為をこの目で確認したいという思いは強まるばかりだった。
無い物ねだりだとは重々承知はしてるけどさ。
なんとなく取り残された気分になってくる。
ヒカルは面白くなさそうに、ジュースの中の溶けかけた氷を撹拌した。
二層になっていた液体がまた色を取り戻す。
「……薄い」
一口含んで、ヒカルは目の前の相手にまた視線を戻した。
何度かプライベートで顔を合わせるようになった相手は、こうして向かい合っていると、仕事の時とは別人のように子供っぽい表情を見せる。
そうかと思えば、口を挟めないほど碁盤を真剣に見つめている時もある。
その、時折垣間見える小波の雰囲気の変化に、ヒカルは戸惑う事もしばしばだった。
「なーに?
ヒカル君どうかしたの?」
2人の仲は、進藤先生からヒカル君に呼び名が変わるまでに進展していた。
少しはそう呼ばれる事に慣れてはきたが、呼ばれるヒカルにとっては少し心臓に悪い。
「あ……、いや、何でも無いよ」
つい視線が合って恥ずかしさからヒカルは顔を背けた。
俺って、こんなに女の人に免疫なかったっけ……?
そんなヒカルとは対照的に、小波はヒカルの目の前であってもいつも通りに過ごしている。
ヒカルは思い切って、以前から気になっていた事を口にした。
「……小波さん、あのさ……。
ちょっと気になる事があるんだけど」
「何?
やぶからぼうに」
「小波さんって、全くの初心者……だったよな?
佐為と出会うまで」
「そうだけど……?」
「佐為と出会った事で何か自分に変化……とか、変わったなーって思う事なかった?」
「変化?」
佐為と小波は不思議そうに顔を見合わせた。
「変化……うーん……」
「あ、無いなら別にいいんだ。」
ごまかすようにヒカルが顔の前で手を振った。
しかしそのはっきりしない態度に、逆に小波の頭の中は疑問符だらけになる。
小波はヒカルの言葉を反芻しながら、佐為と出会ってから今日までのことを、見落としは無いかと記憶を辿っていった。
変化……というか、時々違和感を感じる事があった。
特に感じたのは、あのGWの囲碁の講習会の時の事。
私……、あの時は全く囲碁の事なんて勉強していなかったのに、どうして佐為に質問された対局、解ったんだろう。
あの時は不思議な事に、白番と黒番がどう打つのか、互いの手順がはっきりと頭に浮かんだ。
それからその直前の、伊角先生と打ち合わせをしていた時の指し手。
碁石の持ち方だって知らなかったはずなのに。
そう考えると、小波は今までの行動が全て何かで繋がっているような気がして来た。
運命なんて陳腐な言葉で纏めてしまいたくはないが、佐為が小波の側にいる事といい、何かしら関係があると思えてくる。
小波がその答えを求めるように後ろを振り向くと、疑問を投げかけられた佐為は、少しだけ困ったように微笑むのだった。