障害兄弟の日常

□湯対馬の憂鬱な時間
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三章 一話 湯対馬の憂鬱
こんにちは?かな?
僕湯対馬って言うの。
背が他のみんなより小さくてよくからかわれるけど、お兄ちゃんに抱っこしてもらえるから、小さい方がいいと思ってる。
受験生だけど、もう高校決まってるんだ。翔にいと同じ高校で面接もして、次の日には合格通知が来た。
同じ高校だけど、翔にいやお兄ちゃんみたいに頭のいい人が行く特進じゃなくて普通科。
翔にいはいつもテストでは20位以内には入ってるしお兄ちゃんは生徒会長三年間やってて毎回一位か二位だったらしい。
僕はお兄ちゃん達みたいに頭はよくないから。
でも、そんなお兄ちゃん達が側にいないと寂しくて、怖い。
だから、今も洗濯物を干してるお兄ちゃんの側にいる。
蘭夜「・・・なぁ、湯対馬?お兄ちゃん動きづらいんだけどなぁ?」
お兄ちゃんは苦笑いしながら僕の頭をぽんぽんと優しく叩きながら言う。
湯対馬「やだ。」
だって、側にお兄ちゃん達がいないと、怖いんだもん。
お兄ちゃんははぁ。とため息をつくと、僕をひょいっと抱き上げて、まだ洗い物を干し終わっていないのに僕を連れてお兄ちゃんの部屋に来た。
湯対馬「にーちゃんなぁに?」
兄ちゃんは僕と面と向かいあった。
蘭夜「なぁ、湯対馬、何でお兄ちゃんの側に居たいんだ?」
そう聞かれたけれど、答えられない。答えたくない。
だって、だって。









自分が自分でなくなっちゃいそうだから。









蘭夜「湯対馬?」
お兄ちゃんはいつの間にか俯いていた僕の顔を覗き込んでいた。
湯対馬「ううん、なんでもない。」
でもお兄ちゃんは聞いてくる。
僕の事が心配だから。たぶん。
蘭夜「湯対馬、本当になんでもないの?」
湯対馬「うん。」
笑顔で答えたけれど、お兄ちゃんは暗い顔してた。
蘭夜「湯対馬、何か、困った事とかあるなら、お兄ちゃんに教えてくれない?」
やめて。やめてよ。
蘭夜「兄ちゃん、湯対馬の為にがんばるからさ。な?」
もう、やめて。これ以上僕に聞かないで。
蘭夜「なぁ?湯対馬?教えて?お兄ちゃんだけでもいいから。ね?」
湯対馬「もうやめてよ!」
声を荒げた僕に、お兄ちゃんはびっくりしていた。
僕は知らないうちに無意識にうずくまって両手で耳を塞いでいた。
それにきずいた僕は、怖くなったんだ。
怖くて、部屋から逃げ出して、翔にいに抱きついた。
翔「湯対馬?どうした。」
いつの間にか、泣いていた。
翔にいは僕を抱っこして翔にいの部屋でいつの間にか寝てしまった。
目を覚ました時はもうお昼過ぎで、隣では弟の煉斗が寝息を立て寝ていた。
湯対馬「・・・ねぇ、どうして僕はお兄ちゃん達に素直になれないんだろう。」
こんな事、寝ている煉斗に言っても意味はない。わかってる。わかってるはずなのに。
湯対馬「あぁ、そうか、俺はもう・・・。」
誰にも、誰にも理解してもらえないのか。俺の気持ちなんか。
僕は自分の部屋に戻って部屋にある大きなかばんに洋服とか、食べ物とかを入れて、お兄ちゃん達にばれないように、家を出る。
本当は一人は嫌だ。寂しい。
そう言えればいい。
でも、言えないんだ。
なんでだろう。
わかんない。
家を出て、走って階段を降りる。
お兄ちゃん達はたぶん、テレビを見てる。
だから、気付かない。
僕の存在価値なんて、そんなもの。
誰にも気づかれず、誰にも相手にされずに一生暮らすんだ。
僕が無意識に来たのは、昔、一人で作った秘密基地。
家にあったキャンプ用のテント。
去年変えたばかり。
お兄ちゃんも、翔にいも、煉斗も、先生も、友達も、誰も知らない。
僕だけの、秘密基地。
テントの中に入ると、カセットコンロがある。もちろん、替えもある。
やかんに水に家から持ってきたインスタント類。
そして、家から持ってきた掛け布団。
お腹が空いたから、お湯を作って持ってきたインスタントのうどんを食べた。
ゴミは袋に入れた。
ご飯を食べた後は眠くなったから、そのまま寝ちゃったんだ。
起きたら朝で、お兄ちゃんや翔にい、先生達の声がした。
やめてほしかった。一人になりたかった。
だから。









テントの出入り口を内側から閉めたんだ。









外から開けることは出来ない。
これで僕は一人になれる。
そのはずだった。
声がだんだん大きくなってきて、大きくなるたびに胸が締め付けられるみたいに苦しくなる。
やめてよ。ほっといてよ。
一人になりたいだけなのに。
僕は掛け布団の中に隠れた。
僕はまた、眠ったんだ。
目をさますと、病院のベッドの上だった。
腕には針が刺さっていて、痛くはなかった。
ただ、そこに誰もいなかった。
悲しくて、苦しくて。
胸が張り裂けそうで。
自分が自分でなくなってしまえばいい。
そう思っていた。
例え自分が自分でなくなったとしても、困る人なんて、どうせ、誰もいないんだ。
その時、身体が軽く感じた。
自分で針を丁寧に抜いた。
扱い方は知らないはずなのに。
抜いた跡はすぐに消えた。
部屋を出ると、すぐに見つかった。
看護師さんに寝てないとだめだと言われたけれど、そんなのもうどうでもいい。
手を払いのけて、走った。
階段を走って降りた。
外に出た。
外は、嫌なくらい晴れてた。
僕は走った。
誰にも、気づかれない。
誰も困らない。
だってそうでしょ?
だって僕が存在する意味なんて、どこにもないんだもの。
たどり着いた先は、お兄ちゃんの友達の家。
インターホンを押すと、中から人が出てきて中に入れてくれた。
湯対馬「僕・・・。逃げてきたんだ。わからないけど、逃げなきゃって思って。そしたら、陽悠兄ちゃんの所に知らないうちにきてて、それで。」
続きを話そうとしたら、陽悠にいちゃんは僕の頭を撫でてくれた。
陽悠「それが正しいって思ったんだろ?」
僕は頷いた。
陽悠「なら、それでいいのさ。」
陽悠兄ちゃんは笑って僕を守ってくれた。
陽悠兄ちゃんだけだ。僕の事をわかってくれてるのは。
僕は泣いて陽悠兄ちゃんに抱きついた。抱きついて、そのまま寝ちゃったんだ。

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