STORY

□2月15日。
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僕はこの日が大好きだ。


思い焦がれる人に想いを
伝えるきっかけとなる日、
愛する人同士が甘すぎる日を
過ごした翌日。


2月15日が、僕は大好きだ。




いつも通りの時間に起きて、
いつも通りシャワーを浴びる。

昨日の夕食を温め直し
お弁当を詰めながら同時に
朝食の準備をする。

そしていつも通りの時間に
弟を起こしに行く。


「ジョンイナ、起きて 」

「んー…」

いつも通り、弟は中々起きない。
その事を想定して遅刻しないよう
10分前に起こしに来ているのだけれど。

「ほら、早くシャワー浴びな?
汗かいたままで気持ち悪いだろ 」

毎日夜遅くまでダンスレッスンに
通う弟は帰ってきてもすぐに
眠ってしまう。

そのため、弟が帰ってきて
脱ぎっぱなしの服を
片付けるのもお弁当箱を
台所に持って行くのも
いつも通り僕の朝の仕事。

「…あ、ヒョンそれ 」

弟が指指した先は、
教科書も筆箱すら入って
いない軽いカバンの横に
大きな2つの紙袋。

帰ってきて放り投げたであろう
それは2つ3つ中身が
飛び出ている。

中身はもちろん、チョコレート。

「それ、捨てておいて。」

「…ん」

弟はモテる。
こうやってチョコレートを
貰って帰ってくるのは
初めてじゃない。

小学生の時から毎年だ。

そして、弟はそれを食べない。
受け取る事を拒否しないが、
持ち帰って、全て捨てる。

きっと弟に対して
色々な想いが詰まって
いるだろうそれを、
本当につまらない物のように、
弟は捨てるのだ。

それを僕は、ただ何も言わず見ていた。

可哀想に
とか
ひどい奴
とも思わない。

ほんの少し、
ほんの少しだけ胸の奥に
潜む喜びを感じているだけ。


脱ぎ捨ててある服を
洗濯機に放り込み、
お弁当箱を水につける。

そして、2つの紙袋を
リビングの机の上に置く。

手作りのものや市販のもの、
見るからに高級そうな
ものまである。

僕はそれを、一つ一つ捨てる。

袋を破る事もせず、淡々と。

毎年弟が捨てる時のように。

弟は紙袋ごと捨てるけれど、
そうするより事より彼女達の
気持ちを踏みにじる事が
出来そうな気がした。

「チョコレートなんて、
あげたって無駄だよ。」

「ジョンイナは、誰の事も
愛せないんだから。」


僕の事も。


最後の一つを手に取る。

ネイビーの包装紙に
可愛らしいピンクのリボン。

これを弟に食べて貰う
筈だった彼女は、どんな思いで
今日を過ごしているだろうか。

少しばかり期待を
しているだろうか。

無駄な、期待を。

僕は最後の一つを
ゴミ箱に捨てた。


「…ヒョン、お腹すいた。」

シャワーから出たばかりの
弟はタオルでガシガシと
髪を拭きながら食卓の椅子に座る。

僕の目の前のゴミ箱には
目線も配らずに。

「ん、すぐあっためるね。」


ああ、なんて幸せなんだろう。

また今年も、弟が誰の事にも
興味がないことが確認出来た。

誰からの愛にも目を向ける事が
出来ないことが確認出来たんだ。



冷蔵庫の中から牛乳を
取り出したのと同時に、
包装もリボンもない
皿に乗っただけのそれを
ゴミ箱へ落とした。


今年も僕は、
チョコレートを渡せない。

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