魔法の国の作り方

□第六章
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名前を守る為に決めた選択は間違っていないのだと何度も言い聞かせながら朝の祈りを終わらせて家を出る準備を進める。
それが終わってから島にかかった魔法を全て結晶化してネックレスにした。
これで私の周りはこの魔法で守られるだろう。
これを名前に残そうと思っていたが、それは名前を傷つける行為にしかならないと思い直した。
プロイセンさんは名前の代わりに朝食を作ってくれていて、不慣れな味に私は少し寂しさを覚えた。

「名前は起こさなくて良いのか?」
「はい。これは我儘ですけど、運が良ければ私が居なくなってから目が覚めて欲しいんです」
「どうしてだ?別れ位言って行ったらいいじゃないか」
「いえ、たぶん名前の顔を見たら泣いてしまいます。泣いたら名前と引き離された事になっちゃうでしょう?」

プロイセンさんは何も言わなかった。
私は気にせずに朝食を終わらせ、外から汽笛が聞こえる頃に名前から貰った杖を持って家を出た。
砂浜にはもう何人か人が集まっている。砂浜に向かうとイタリア君が走ってきた。
私はいつもどおりに挨拶をしたつもりだった。

「駄目だよ。女の子は泣くの我慢しちゃ」
「え?」

顔を見るなりそんな事を言うから驚いたけど、もしかしたら全てお見通しだったのかもしれない。
自分で勝手に決めた選択でしおらしくしてちゃいけない。
私は出来るだけ笑顔でいようと決めた。

「私は大丈夫。気遣ってくれてありがとう」
「うん。辛くても無理しないで」

イタリア君にそっとお別れを言って他の人に挨拶をして回る。
始めましての人は大体頭に目が行くから緊張しなくても済んだ。
そして、アメリカが到着した。私は様子を見て挨拶に行った。

「やぁ、楓。久しぶり」
「ご無沙汰しております、アメリカさん」
「あれ?名前の姿が見えないけど」
「降伏の際の条件でしたら私行きます。不束者ですが…」
「え、君が来るのかい?」
「はい。あの文書に個人名は書いていませんでしたから」
「…わかった。今日からよろしく頼むよ」
「はい。よろしくお願いします」

そして時間になり、私はアメリカの後について舟に向かった。
すると一番聞きたくなかった声が後ろから飛んできた。
必死に私を呼ぶ声に私は無意識に振り返ってしまう。
ドイツが一生懸命に止めているけど、名前には通じてないだろう。

「俺は、お前とここに居たいからずっと戦ってきたんだ!
今からでももう一度戦うから、二度と負けないから、戻ってきてくれ!」

そう叫んだ名前は酷い顔をしていた。
声を出したら泣き出してしまいそうで必死に堪えた。
何とかゆっくりと笑顔を作って舟にのる。陸から離れたあと、後ろから名前の嗚咽のようなものが聞こえて耐え切れなかった。
男の人の前でこんなに惜しげもなくないたの初めてだ。
そっと差し出されたハンカチで涙を拭いたけど、涙は止まりそうになかった。



その日から私はアメリカさんの家で過ごした。
家からは全くでない。隠そうにも帽子を拒むように生えた鬼のようなツノで人々を驚かせたくは無かった。
アメリカで私に求められている事なんて、家の中の雑務か話し相手程度だ。
とはいっても、アメリカさんは忙しい人でほとんど家に居る事がない。
だから私はその間だけ静かに魔法で掃除をしたり、音楽を聴いたりドラマを見たりした。
魔法は禁止されていないからたまに自分用に魔法具を少し作ってみたりする。
それでも新しいものを作ろうという気になれないのは何故なのだろう。

ある日家にイギリスさんが遊びに来た。
二人を邪魔しないように部屋で大人しくしていると見せかけて私は余っているヘアピンで作った蜘蛛型盗聴器で二人の会話を聞くことにした。
我ながら良いアイデアだ。もしかしたら名前に関して何か知れるかもしれない。
少しノイズが気になるが何とか聞こえる。

「…だからお前は詰めが甘いんだ!」
「ああやって書けば名前が来ると思ったんだよ。そしたらまさか彼女が全て決めちゃうとは…」
「で、どうするんだ」
「女性に手荒な事はできないよ。たとえ実験でもそんなのヒーローはやらない」
「当たり前だ。そうじゃなくて、名前のことだ」
「あ、そっちかい?もちろん、フランスと打ち合わせしてるよ」
「そうか。今大事なのはどっちが国でどっちが人間かって事だ」
「変化が出て来るなら今って言いたいんだろ?分かってるよ。俺からも探りを入れてみるさ」
「本当ならもっと上手く行くはずだったんだがな。あの島がロシア領にならなければ」
「そうだ!楓を呼んでこよう!うん。そうしよう」
「あ、おい!話をそらすんじゃない!」

そういうことなら丁度良い。あの眉毛紳士の化けの皮をはがしてやろう。
結局私も名前も苦しんだあの鏡はイギリス製だってことが分かったし、いつか仕返してやろうと思っていたところだ。
予想の通りにドアがノックされる。普通を装ってリビングのソファに座った。

「ご無沙汰しております」
「はい。お久しぶりです、お元気でしたか?」
「ええ、とても。あ、お茶を淹れてきますね」
「それは良い。ありがとう」
「あ、俺はコーヒーで頼むよ」
「かしこまりました」

そしてもちろんティーカップに魔法をかけた。
ちょっとしたいたずら魔法だ。意地悪な蛇がティーカップに乗り移るだけ。
家の中をめちゃくちゃにしたんだからこれくらいの仕返しは許されるだろう。
きっと大丈夫。バレても開き直っちゃえば清々しいから。
お茶に文句言われないように魔法で仕上げておこう。

「お待たせしました」

そういってお茶を出すと再びソファについた。
イギリスがカップを持つ様子を観察した。
陶器のカップの持ち手が細い蛇になっているのには気付いていないようだ。
案の定カップを持ったと同時に指にかぷりと食いついた。

「いって!」
「どうしたんだい、イギリス?」
「何かに噛み付かれた!なんだ?」

蛇はすぐに元の姿に戻った。私は心配をするでもなく、お茶を飲んだ。
魔法は上手くいっている。紅茶の方もカップの方も。
イギリスは不思議がりながらもう一度カップを持った。
口をつけて紅茶を一口含み、カップが口から離れるときに蛇は精一杯体を伸ばしてイギリスの唇に噛み付いた。

「うわっ!」
「どうしました?お口に合いませんでしたか?」
「い、いえ。お茶はとても美味しいんですが…」
「君さっきからおかしいぞ?」
「俺じゃなくてこのカップだ」

カップをよく見てから、何かに気付いたかのようにこっちをみた。
あーあ。どうやらバレてしまったみたいだ。
もう少しいたずらできると思ったのに。

「お前の仕業だな、この魔女!」
「ええ、そうですよ。それが何か?」
「開き直るな!何の恨みだ!」
「恨みって程じゃないですよ。ただ、お腹と手のひらが裂けただけですから」
「十分恨んでるだろ、それ」

アメリカの言葉を他所に私は手のひらに針で刺されたような痛みを覚えた。
魔法で跡形もなくなった傷でも体は意思とは別に覚えている。
今まで畏怖の目で見られることはあっても、あの時ほど明確に敵意を向けられた事はない。
必死だったからあの時は気付けずにいたけど、確かに恐怖していた。
それを思い出していることを感づかれたくなく、手のひらを見せておどけて見せた。

「あ、ほら見てくださいよ。全く痕が残ってないでしょう?頑張ったんですよ?」
「そういうことか…。それならアメリカにも恨みはあるんじゃないか?」
「名前の件ですか?もちろんです」
「ええ!?なんだって!?」
「でも、それは名前がいつかお返しする事ですから。私は私のお返しをしたまでですよ」
「なるほどな。じゃあアメリカはあのナメクジ野郎にやられるって訳だ」
「ヒーローはやられたりしないんだぞ!」

アメリカさんの言うヒーローだと、名前は敵だったわけだ。
名前が時折見せた辛そうな顔を思い出して私の心の中が曇り始めた。
名前は島を守ろうと必死になって戦った。
それが悪だというの?名前が悪なら国を作ろうといった私こそが悪の根源のはずだ。

「何がヒーローですか。名前に酷い事したくせに!」
「うぅ…、それはあのツノのことが気になったからで…」
「なら、私にも同じ様にツノを切り取ろうとしてみなさいよ!何ならご希望通りの叫び声だって上げてあげる。
名前があれからティータイムって聞くだけで顔色悪くなったりするのは貴方のお陰なんだから!」
「そ、そうなのかい?」
「名前は貴方を信じていたのに…」

ヒステリックに叫んでしまったのに驚いて急いで口をつぐんだ。
私は感情が昂ぶり過ぎている事に気付き、捨て台詞のようにもう全て終わった事だと言って自分の部屋に戻った。
部屋に戻ってから大きく深呼吸をした。
むしゃくしゃする気持ちを何処かに向けようとするのも嫌で、着替えてベッドにもぐった。
あんな風に怒鳴り散らすつもりじゃなかったのに。
昔、名前に似たような事を言った事があったと思い出した。
すぐに喧嘩をする名前に言ったけど、それは今の自分にそのまま当てはまる。
冷静になって明日謝ろう。今日はちょっと恥ずかしい。
考えすぎて眠れなくなりそうだったから、無理やり何も考えないようにして眠った。













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