魔法の国の作り方

□第二章
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名前を見送ってからしばらくして、舟から誰かが降りてくるのが見えた。
直ぐに、名前に渡した指輪の片割れを暖炉の近くに置く。
すると石の色は赤く変わった。これで向こうの石も赤くなるはずだ。
ドアがノックされる。部屋に仕掛けたトラップを頭の中で反芻しながらそっとドアを開ける。
そこにいたのは金髪のスーツ姿の男二人だった。

「こんにちは。いきなり押しかけてしまい、申し訳ありませんレディ」
「お兄さん達、君とお友達になりたくってね。上がってもいいかい?」
「はい。何もお出しできませんが、どうぞ」

そういって二人を迎え入れる。その際二人とも上着と帽子がある事に気付いた。
そこで、髪につけていたヘアピンを玄関の床に叩きつけるようにしながら魔法をかけ、コートハンガーを作った。
このくらいの形状と質量の変化の魔法ならマスターしたといってもいい。
二人はコートを預け、私が座るのを待ってテーブルに着いた。
この二人の行動からして紳士なのは分かった。
けど、このタイミングは偶然ではないだろう。
先ほども名前がいない事前提のような話口調だった。

「レディ、お名前をお伺いしても?」
「私は楓。でもこういうときはそちらが名乗るべきじゃないの?」
「これは失礼しました。イギリスという者です。お見知りおきを」
「お兄さんはフランスって言うんだ。よろしくね」

眉毛がイギリスでヒゲがフランスね、オーケー。
ただ、この眉毛から漂う雰囲気はなんというか名前と同じ匂いがする。
どうしようもないガラの悪さって言うのかな、そういうのがはみ出してる。
このヒゲはオカマで無ければ予想通りだから多分警戒しなくてもいい。

「早速ですが楓さん、お茶をお土産に持ってきたのですが少し早いティータイムにしませんか?」

はい。こいつ危険。目がヤバい。
ほぼ女の勘だけど、このお茶は飲んではいけない。
けど、ここで断れば怪しいかな。まぁ、まだこの人達が敵って決まったわけでもないし・・・。

「ごめんなさい、紅茶はそういう作法を知らない物ですから・・・」
「構いませんよ。とびっきりお気に入りの物を二人で選んできましたから、是非飲んでください」
「紅茶が初めてでも飲める味だよ?」

いーやーだっての!
飲ませる気満々だ。フランスのほうは目こそ合わせないが何かを伺っているようだ。
仕方が無い、こういうときは扱いにくい女のフリをするに限る。

「あ、イギリスさんっていうと私、シャーロック・ホームズ大好きなんです」
「そ、そうなんですか。自分の国の自慢なのでうれしいです」
「あ、でも、最近はアルセーヌ・ルパンのほうがはまってるんですよね」
「本当?お兄さんうれしいなぁ」
「そういえば二人が戦ってる小説ありましたよね?あれだけ読んだ事がないんです。どっちが活躍するんですか?」
「シャーロック・ホームズです」
「いやいやいや、結局はルパンが勝つからね。アルセーヌ・ルパンでしょ」
「あ、まだ読んでないって言ってるのに結末言うなよ!」
「そういうお前こそ、ウソ教えんなよ!レディが可哀想でしょ!?」

あぁ、これは演技かと思うほど上手くいってしまった。
この隙に、杖を取り出し後ろの暖炉の指輪を少し戻そうと伸ばす。

「これもう、楓さんに決めてもらうしかないな」
「そうだな!そっちのほうが手っ取り早いぜ。楓さん!」
「えっ、はい!」

いきなり呼ばれて手元が狂う。
小さな金属音を立てて指輪は火のついた薪の直ぐ近くに行ってしまった。
あの指輪は片方の温度をもう片方に伝える金属と温度で色の変わる石でできている。
あれ、名前あっついぞ〜。ごめん、今手が離せないからあとで。

「丁度ここに本がありますのでどうぞ、あっちのソファでゆっくり読んでください」
「・・・え」
「大丈夫ですよ、差し上げますから。」

暖炉から遠くなってしまう。これでは指輪を戻せない。
フランスは手を差し伸べてくるので、手を預けて立ち上がる。
イギリスのほうはソファのそばで立ち上がるのが見えた。
何をしてた?ソファの下に何か入れたような・・・。
それでも勧められるままに座るしかなかった。
ソファの近くに立ったとき、テーブルの上に仕上げをしていない置物が目に入った。
日本さんにあげた猫の形とは違い、ハリネズミの形をしている。
ハリネズミの意味は自己防御。これしかないと思い、ほこりを払うように撫でて魔法をかけた。
ハリネズミの鼻にあてた石が琥珀色に輝く。
この効果がどれだけあるのか分からないけど、私の最後のカードだった。
ソファに座り、そっと本を開く。私を挟むように二人が座った。
しばらく話しながら読んでいると、体が重くなっていくのを感じた。

「どうしました?随分疲れているようですが」
「それは大変だ。体を楽にして、大丈夫。安心して」
「紅茶を入れてきましょう。キッチンをお借りしますよ」

フランスが肩に手を回す。やはり敵である事は事実のようだ。
させるか。今開いているページに手を載せ、インクに魔法をかける。
すると文字は一瞬光を発すると、ぐにゃりと歪み、クモやムカデ、ネズミとなって本の外へ走り出した。
それに驚いたフランスはソファから飛び退き、床に尻餅をつきながらも必死に黒い蟲を払った。
本の全てのページが白くなる頃、キッチンで陶器の割れる音がした。
急いで重い体を引きずってソファから離れるとイギリスが戻ってきた。

「これは、いったい・・・!おい、フランス!」
「いやぁ、魔法を完全に封じるお守りじゃなかったのかい?お兄さん腰が抜けちゃったよ」
「魔法は使えなくなるはずだ。・・・けど、もういい。どうやら俺達の魂胆はばれているらしい」
「やれやれ、レディに手を上げたくないんだけどね」

フランスは深呼吸を一つして足をこすりながら立ち上がる。
イギリスはコートハンガーにかけた自分の上着から何か丸い輪のようなものを取り出した。
金具をはずすと、はっきりと見たことのある形になった。
サーカスなどで見る鞭だ。しかもかなり太く、凶悪さが見て取れる。
イギリスは私のほうへ走り寄りながら頭の上でトングを一回転させ威力をつける。
何とかかわすが、続いた二発目はわき腹にあたりしびれる痛みと鈍器で殴られたような衝撃に一瞬ひるむ。
三発目はソファの影に隠れてやり過ごした。
そっとわき腹を撫でると服と皮膚が裂けているのがわかった。
手についた血はそのままに私は立ち上がった。

「俺もこれ以上はしたくない。降参してくれないか?」
「あいつがいない間、この島を守るのは私なの。負けるわけにはいかない」
「・・・残念だ」

イギリスは更に攻撃を仕掛けてくる。
黒い一線が肩の辺りに向かって飛んでくる。私はそれを両手で防いだ。
もちろん手は出血したが、確かに触れた。
鞭の先が蛇の尻尾となり、たどっていくようにロープの網目が鱗になっていく。
イギリスの手が握るグリップは大きくうねり、目が爛々とした蛇の頭に形を変え、イギリスに襲い掛かった。














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