story
□鏡に映ったその姿は
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「一磨、知ってるか。自分自身の本当の顔だけは、絶対に見ることが出来ない──ってやつ」
「本当の顔?」
壁面を鏡で囲まれたスタジオ。
何度も同じ場所で曲を止め、かけ直しては同じステップを二人で繰り返しながら、京介は鏡に映っている一磨に問いかけた。
話しながらもお互い動きを止めることはなく、立ち位置を入れ替えながらマイクを持っている手を回す。
「──あ、待った。分かりそうだからこの話一旦なし」
「はは、何だそれ。戻すぞ」
「流れが変に止まるんだよなあ」
「半拍待つ……と、こっちがずれるな」
「いやそうじゃない一磨……こう──っと」
「あ、待て京介、分かった。その後だ。もう一度戻そう」
そしてまた同じ小節に戻る。
正面の鏡の中で視線を交わして踊りだすと、マイクは今度こそ流れるように、左右対称に弧を描いた。
「──ここ、だな」
頷いて曲を止め、拍数をカウントして反復する。
何度やっても流れに不自然な引っ掛かりがないのが分かると、一磨は京介にタオルを投げた。
「通しでやる前に休憩しよう。──京介、さっきの……鏡の話だろ。自分自身のことは、反転した顔しか見られないから」
「どう思う」
「どう、って?」
「俺に見えてるのは本当の俺じゃない、他人から見た俺が本当の俺ってことだろ?」
二人はまた鏡の中で互いを確認する。
反転した自分の顔と正面で向き合い、揃って膝を立ててその場に座ると、両手を後ろに付いて天井を仰ぐ。
「それは──仕事の話なのか……?」
京介はすぐに視線を正面に戻したが、一磨はそのまま、天井の明かりを見上げて深呼吸をした。
「まあ、真理だな」
「一磨はそれで済むんだな」
「──京介、最近何かあったのか」
「話を変えるなよ」
京介の視線が鏡から外れる。
同時に、自分の横顔に挑むような視線を感じた一磨も、上を向いていた顔を戻して横を向いた。