story
□ブランコ
1ページ/4ページ
冬が急ぎ足でやってきたような、季節外れの冷たい風が吹いていた。頬がひんやりしているのが自分でも分かるくらいに肌寒い、仕事終わりの帰り道。一磨さんと笑い合う息が、ほんの一瞬うっすらと白くなった。
「最近、変な天気だよね」
「そうですね、もう冬が来たみたい」
そんな話をしていても、心の中はとても温かくて、楽しくて……ゆっくり、のんびり。時々指をきゅっと曲げて、それをそっと握り返してくる手にくすぐったい気持ちになったり、頭を一磨さんの方へ寄り添わせてみたりしながら歩いていたら──
通りかかった公園の奥から、軋んだ音が聞こえてきた。
所々色づいた葉が揺れる音に交ざっている小さな音は、多分、遊具が動く音。
だけど公園に人の気配はない。太陽が沈みきったばかりの空に、家々の明かりに隠れるように星が顔を出し始める、今はそんな時間だから、子供が遊んでいることはない筈。
何となく気になって足を止めた私と、そのまま歩く一磨さん。
繋いでいた手が、ピンと引っ張られる形になって、二人の間にはほんの少しの隙間が出来た。
「凪紗ちゃん?」
「ブランコ、かな」
「どうしたの」
「聞こえませんか?キー……って、音」
しっかり繋がれた手と、私の腕の長さの分開いた距離。
その隙間を抜けた風はさっきまでとは違って、ぽかぽかしていた掌にも冷たい名残を置いていった。
音は規則的に響いて、少しずつその間隔が開いて……やがて風に溶けるように消えた。
残ったのは白い息と、風が通り抜ける音。急に寂しい気持ちになって、遊具の方へ目を凝らした。
いつまでも黙っている私に、一歩戻って私を覗き込んだ一磨さんは、重ねていた手をほどいて、私の指先を自分の腕に導いてくれた。
腕を組んだことでさっきよりずっと距離が縮まった。ゆっくり見上げると、少し首をかしげる仕種で笑顔を返してくれる瞳に惹き付けられて、また気持ちが温かくなる。
何も言わずに待っていてくれる優しい人──腕にしがみつくようにして、頬を寄せて、公園の奥を見た。
ブランコは動きを止めてからも、椅子の部分だけは微かに揺れているみたいに見えた。まるで、ついさっきまで誰かが漕いでいたみたいに。
反対に、二つ並んでいる内のもう片方は、風に煽られることも殆どなくて、地面に引っ張られているみたいに止まっている。
「あれに乗っていた子……ずっと一人でいたのかな」
──泣いたりしていなかったかな?
何故だか分からないけど、ふと、そんなことを考えた。
根拠のない無意味な想像──脳裏に浮かんだのは、誰もいない公園に一人きり、俯いてブランコを揺らす小さな女の子の背中。
そもそもそこに人がいたかどうかも分からないのに、勝手な想像をして胸を痛めたり心配したり……今度はそんな自分に気分が沈んでいく。
何より、私に付き合わせてしまっている一磨さんに申し訳なくて。
──何やってるんだろう、私。
次の言葉を見つけられないまま、その場を動こうともしない。そんな私に、笑うでもはぐらかすでもなく、一磨さんは黙って寄り添ってくれていた。
それに甘えて、考えていることをポツリポツリと話して──そのうちに、ぼんやりしていたブランコの女の子のイメージが、映画のワンシーンみたいに浮かび上がってきた。
「変ですよね?」
「そんなことないよ。そんな気持ちになることもあると思うよ。だってさ…」
一磨さんは、空に向かって白い息を吐いて、すぐ近くの木の枝の、黄色い葉を指先で軽く弾いてみせた。
「秋だから、ですか?」
「そう、秋だから」
「──ふふっ」
一磨さんは私の頭にそっと掌で触れて、いつものようにポンポンと撫でてから手を繋ぎ直して、公園の入り口の、鳩の形の石をひょいと跨いだ。
「ちょっと寄り道しようか」
エスコートするみたいに肩の少し下の高さで私の手を引いてくれる仕草は、スッと背筋が真っ直ぐで。まるで舞台の上にいるみたいで──。
「行こう」
胸がきゅっとなったのを悟られないように、一磨さんの後ろの空を見ながら鳩の横を通り抜けた。
すっかり暗くなった公園の静かな空間に、砂の地面を踏む音が、サクサクと響く。
ブランコにたどり着いたとき、その脇に立ち、座る場所をさっと手で払った一磨さんは、繋いだ手をゆっくりと離して胸に当て、スッと一礼した。
「どうぞ、お座り下さい──なんて、ね」