story

□ブランコ
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冬が急ぎ足でやってきたような、季節外れの冷たい風が吹いていた。頬がひんやりしているのが自分でも分かるくらいに肌寒い、仕事終わりの帰り道。一磨さんと笑い合う息が、ほんの一瞬うっすらと白くなった。


「最近、変な天気だよね」

「そうですね、もう冬が来たみたい」


そんな話をしていても、心の中はとても温かくて、楽しくて……ゆっくり、のんびり。時々指をきゅっと曲げて、それをそっと握り返してくる手にくすぐったい気持ちになったり、頭を一磨さんの方へ寄り添わせてみたりしながら歩いていたら──
通りかかった公園の奥から、軋んだ音が聞こえてきた。

所々色づいた葉が揺れる音に交ざっている小さな音は、多分、遊具が動く音。
だけど公園に人の気配はない。太陽が沈みきったばかりの空に、家々の明かりに隠れるように星が顔を出し始める、今はそんな時間だから、子供が遊んでいることはない筈。

何となく気になって足を止めた私と、そのまま歩く一磨さん。
繋いでいた手が、ピンと引っ張られる形になって、二人の間にはほんの少しの隙間が出来た。


「凪紗ちゃん?」

「ブランコ、かな」

「どうしたの」

「聞こえませんか?キー……って、音」


しっかり繋がれた手と、私の腕の長さの分開いた距離。
その隙間を抜けた風はさっきまでとは違って、ぽかぽかしていた掌にも冷たい名残を置いていった。
音は規則的に響いて、少しずつその間隔が開いて……やがて風に溶けるように消えた。

残ったのは白い息と、風が通り抜ける音。急に寂しい気持ちになって、遊具の方へ目を凝らした。

いつまでも黙っている私に、一歩戻って私を覗き込んだ一磨さんは、重ねていた手をほどいて、私の指先を自分の腕に導いてくれた。

腕を組んだことでさっきよりずっと距離が縮まった。ゆっくり見上げると、少し首をかしげる仕種で笑顔を返してくれる瞳に惹き付けられて、また気持ちが温かくなる。
何も言わずに待っていてくれる優しい人──腕にしがみつくようにして、頬を寄せて、公園の奥を見た。

ブランコは動きを止めてからも、椅子の部分だけは微かに揺れているみたいに見えた。まるで、ついさっきまで誰かが漕いでいたみたいに。
反対に、二つ並んでいる内のもう片方は、風に煽られることも殆どなくて、地面に引っ張られているみたいに止まっている。


「あれに乗っていた子……ずっと一人でいたのかな」


──泣いたりしていなかったかな?

何故だか分からないけど、ふと、そんなことを考えた。
根拠のない無意味な想像──脳裏に浮かんだのは、誰もいない公園に一人きり、俯いてブランコを揺らす小さな女の子の背中。

そもそもそこに人がいたかどうかも分からないのに、勝手な想像をして胸を痛めたり心配したり……今度はそんな自分に気分が沈んでいく。
何より、私に付き合わせてしまっている一磨さんに申し訳なくて。

──何やってるんだろう、私。

次の言葉を見つけられないまま、その場を動こうともしない。そんな私に、笑うでもはぐらかすでもなく、一磨さんは黙って寄り添ってくれていた。
それに甘えて、考えていることをポツリポツリと話して──そのうちに、ぼんやりしていたブランコの女の子のイメージが、映画のワンシーンみたいに浮かび上がってきた。


「変ですよね?」

「そんなことないよ。そんな気持ちになることもあると思うよ。だってさ…」


一磨さんは、空に向かって白い息を吐いて、すぐ近くの木の枝の、黄色い葉を指先で軽く弾いてみせた。


「秋だから、ですか?」
 
「そう、秋だから」

「──ふふっ」


一磨さんは私の頭にそっと掌で触れて、いつものようにポンポンと撫でてから手を繋ぎ直して、公園の入り口の、鳩の形の石をひょいと跨いだ。


「ちょっと寄り道しようか」


エスコートするみたいに肩の少し下の高さで私の手を引いてくれる仕草は、スッと背筋が真っ直ぐで。まるで舞台の上にいるみたいで──。


「行こう」
 

胸がきゅっとなったのを悟られないように、一磨さんの後ろの空を見ながら鳩の横を通り抜けた。

すっかり暗くなった公園の静かな空間に、砂の地面を踏む音が、サクサクと響く。
ブランコにたどり着いたとき、その脇に立ち、座る場所をさっと手で払った一磨さんは、繋いだ手をゆっくりと離して胸に当て、スッと一礼した。


「どうぞ、お座り下さい──なんて、ね」
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