その晩。ふと目が覚めたのは、喉の渇きからか。生理現象をもよおしたからか。湿気を含んでべたついた夜風が肌を撫でたからか。ようするに寝苦しかった。だから起きた。だけど、たとえ眠りの途中で起きたからといって、いきなり起き上がるのも億劫だったのでとりあえず寝返りを打つ……打てなくて、承太郎ははたとまばたいた。なんだ。体が動かない。体が、重い。視線を少しだけ移動させていき納得する。ああ動かないはずだ。重いはずだ、当たり前だろう、自分と同等の体格が上に乗っているのならば。母はこんなにでかくない。父は相変わらず不在の日々だ。祖父は……こういう悪ふざけもしかねないが、そうであるのなら月の明かりを受けて輝くのは渋い銀色になるはずで、と、いちいちを考える必要はなかった。推理なんてしなくてもおのずと答えは浮かび上がってくる……闇を照らしながらも闇を支配する、闇そのものの黄金。その色を、承太郎は知っている。

 「あぁ……DIO」

 金髪によく似合う金色の瞳がふたつ。見上げながら、でぃお、と承太郎は寝惚けた声を繰り返す。自分に覆い被さっている正体はあのDIOだ。眠りを邪魔されて驚かなかったと言えば嘘になるが、それでも承太郎はうろたえたり焦ったり、そんなことはしなかった。

 「てめー自分の部屋を忘れたのか……まあ広い家だからな」

 迷うのもわかるぜ、という最後の方の声は欠伸で曖昧に消える。今宵の空条邸の客人は、あろうことか、DIOだ。母のホリィを死に瀕しさせ、自分達を殺そうとしてきた男だ。決戦の地、カイロで、戦って血を流して、承太郎は倒すつもりだった。それしかない、と思っていたから。DIOは、どこまでも自分の世界に食らいついてくるジョースターの末裔を、どう思ったというのか……提示してきた和解と、示して見せた和睦の証……かえってきた母の笑顔、一命を取り留めた仲間達。承太郎は拳を解いて、今が在る。

 日本に滞在する時、DIOは空条の家に愛用の棺を置いた。曰く、気を遣わなくて楽でいい、だそうだが。かつての宿敵、現在だって依然悪の帝王である者を家に招くとは、と方々から否定的な意見が上がった。承太郎の周りの人々もちろん猛反対をしていた。だがそれも、いちおうの家長である母の頷きひとつによって流されてしまった。

 年頃でちょっと気難しい子だけれど、承太郎と仲良くしてあげてねDIOくん。
 努力しよう。Mrs.空条。

 などと、生暖かい会話を交わすわけもないだろうけれど、そういえばあのカイロ以来DIOとぶつかった記憶がない。日中はまず眠っているが夕食の席には必ず着いている。承太郎の通う高校、学生生活に興味を持つ。逆に承太郎が昔のイギリス文化について尋ねれば案外乗り気になって語る。DIOがテレビを見て小さく笑う時、同じシーン、承太郎も笑っている。承太郎が缶ビールをもう一本、と思った時、DIOはツマミを求めザ・ワールドに冷蔵庫を開けさせている。ツボが一緒というのか、息が合うというのか。因縁というしがらみさえなければこんなにも居心地の良い相手だったのかと、承太郎はDIOを、あらためて見つめた。

 おれのひいひいじいさんの体じゃあなければ、よかったのにな。

 それを思うこと自体が先人達に対する最大の無礼になる……でも、スルメのゲソを食べにくそうに牙で千切るDIOを見ていると、そういう、もしも、を想像せずにはいられなかった。酒に酔ったせいもあるだろう、いや酒のせいであってほしい。承太郎は自分の目に熱が溜まっていくのを感じていた。どんなに居心地良くとも、仲良くなれる可能性があったとしても、DIOとは一線を引かなきゃあならない。今日の夕食後の酒盛りでそんなことばかり考えていた。考えるぐらいには、同じ家の中DIOがいて同じ夜を過ごす、数ヶ月に一度あるかないかの奇妙なひとときに、すっかり慣れていた。

 お前の寝床は向かいの部屋だと教えるため開いた口、を、上から圧迫される。反射的に上がる声が口内にこもってしまった。これはさすがに、というもので、承太郎は驚いている。DIOに口を塞がれたということよりも、口を塞いでいるDIOの手のひらの熱さに目を見開く。シャツの下に入り込むもう片手の熱にも、また。

 「ぐッ?」

 胸にDIOの指が食い込んで、突き刺すでもなく心臓を抉り出すでもなく吸血するのでもなく、ただただぎゅうぎゅうと揉みしだかれて、あまりの展開と初めて味わう感覚に、鼻呼吸すら止まって、

 やっぱり気が変わってこれからおれを殺すのか。

 という、冷静ぶった台詞を言いそびれてしまった。

 どうして。

 「く……ふ」

 塞がれていた口を自分で押さえている。DIOのスタンドによって開かされていはいるけれど、だったら自分もスタンドで立ち向かえばいいものを、どうして、脚のあいだにDIOを抱えている。どうしてどうして、内股に、そっと口付けられてたまらない。膝の辺りでくしゃくしゃになってかたまっている寝間着をようやくするすると最後まで引き抜かれる瞬間、鼓動が弾む。なんでだ。どうしてだ。これじゃあまるで。

 「濡れている」

 そこまできて、初めて、DIOが喋った。承太郎の、芯を持ちかけているところへ吐息吹きかけ、直接、声を当て、染み込ませるようにDIOは一言二言と話しかけてくる。濡れもするだろう、DIOの手も指も、唇も、舌も、承太郎には全てが刺激的で、もたらされるもの全部を若い体は喜ぶ。早く弾けたい、と、立ち上がり反り返って、揺れる。

 「まずは一本」
 「んッ……ん、ふ」
 「分かるか? こいつで二本だ」
 「ぅん……うん、ン」
 「駄目押しにもう一本、は、無理そうだな?」
 「んんッ」

 何のための一本で、三本も突っ込もうとするのは何故なのか。DIOの英語は聞き取れるのに言っている意味が分からない。のだが、尋ねられればその度、懸命に首を振って肯定した。まともな声では返せない。DIOがそうしていたように、手のひらで押し殺さなければ、きっと、おぞましいものが出てきてしまう……自覚していなかったけれど、自分の中に喧しくてうっとうしいものが……オンナが、潜んでいてそれがDIOの前に現れてしまいそうで、承太郎は怯えた。そんな最中に、ジジジ、と音が響くものだから、思わずびくつく。何のことはない、日常でよく聞く。下肢を楽にするための音。ズボンを寛げる音。それゆえに恐ろしいのだった。いつもなら股間なんか開けっ広げにしているってのに、こんな時に限ってお堅い格好をしやがって。

 「もう、いいか……いいよな」

 よくねえ。軽く言って自己完結しているんじゃあねえぜ。かくれんぼじゃああるまいし!

 いい加減反撃しないと取り返しのつかないことになる。いまだ混乱しながらも承太郎は意を決して口の封印を解く。この際は声がひっくり返ったって構わない。ここで止めなければ。抱えられた脚はもう逃がせないので精一杯に腰を捩って制止をこころみた。

 「DI、O! 待っ、んうッ」

 言えたはずだった。待て、これ以上はマジにやばい、と。きっぱり言ってやれるはずだった。DIOにもう一度、口を塞がれていなかったら。あるいは、噛み付けたはずだ……口に触れるもの、それがまた、手であったのなら。

 「うう」

 母にされるとホッと安心する……祖父のくれるものはくすぐったさを覚える……DIOとのキスは、泣きたくなるほどに、甘い。

 「でぃ、DIO、今の、なん……何でキスなんか」
 「いい、よな? 承太郎」
 「あ……あ」

 切羽詰まったDIOの顔を見たら一瞬頭が真っ白になって、気付くと、汗に濡れたその背中、抱き締めていた。

 「あ、はッ……あ、いッ、た」
 「いい声、だが、少々大きいな」

 しいィィ……、と、わざとらしい音を鳴らしてDIOは静かな良い子を求めてくるけれど、承太郎は頭を振る。短い黒髪が乱れて額に貼りつく。顔に首に胸に脇にと汗の玉は際限なく浮いてくる。承太郎は仰け反って、悶えて、後頭部で敷布団を皺くちゃにしながら、辛さに耐えている……耐えられていないかもしれない。これはちょっと本当にきつくて、DIOの背中を引っ掻き続ける。そんなもの気にならないのかDIOはひたすら集中している……自分のもので穴を裂いたり中を傷付けたりしないよう慎重に腰を進めていっている。身を持って感じている承太郎には、DIOがどれほどの手加減と気遣いをしているのかがよく分かった。

 「んッ」
 「いてえ、ぜッこの下手く、う、うぁ、あぁッん」
 「ンンッ……あ、はァ! いい、ぞ」
 「あ!」

 半端な場所でぐずぐずと燻ぶっていた体内の熱が、ぐ、と増して一気に奥まできて、それで、ああ……、と承太郎は涙を流した。ああ、今、やっとDIOが来たんだな、と、思うと涙はいくつも生まれぽろぽろ零れていく。

 「いいこだ、ンン……グッドボーイ、承太郎、入った、ぞ」
 「はい、った?」
 「ひとつになっている……分かるな?」
 「あ、あ、ひう、わ、わか、わかるッわかってる、DIOと」

 一緒になっている。個体の差も性格の違いも肉体の垣根も。因縁をも越えて。ひとつに。

 固くきつく歯を食い縛っていたつもりがいつの間にか締まりなく開いてしまって、唾液が流れていく。その代わりに、DIOの汗が落ちてきて、承太郎はそれを飲み込んだ。



 布団に突っ伏した承太郎の頭はDIOに撫で梳かれている。それだけで体の疲れが癒えていく気がするのだから、ますます強く、顔面を擦りつけた。今は顔を上げたくない。

 「貴様のわたしを見る目といったら……絶対いけると思った」
 「表へ出な」
 「そうだな。今度の夜、教えてやろう。オトナのデートというやつを……どこへ行きたい?」

 海がいい。小さな呟きは枕に吸い込ませたのに、そうっと窺えば、DIOには心得たとばかりに微笑まれた。



おじいちゃんには泣かれた。



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