妖ノ唄

□三匹目
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『不入(イラズ)の森、かぁ…』



ざわざわと揺れる森。
近くに居るだけで分かる程の怨念。
これは、真弥にはある意味キツいものがあった。
今(気に当てられて)倒れずにいれるのは、祖父特製の呪具と結界のお陰だ。



『……ちょっと気を付けた方がいいかな』



そう言い、真弥はその場から離れた。



 *



私達が通う上院小では、てっちゃん達が事実上の番長なのだが、やはりと言うべきか…それを良く思わない連中もいる。
それは他ならぬ同級生にいた。
おそらくは人望も、女子からの人気もあるてっちゃん達への妬みや僻みだろう、と私は気にしてはいなかったけれども。



真弥はそこに自分は入っていないと思っているが、意外に人気はあるのである。
何時も一緒にいる三人と並んでも、違和感は無いが紅一点の真弥。
椎名とは別の、どこか儚げで中性的な美人で、どこか一線を引いている所はあれど面倒見も良く、さりげなく女子や年下に優しい。
そんな真弥だからか、隠れファンは多いのだ。
(実は女子からの告白も多いが、全て断っている)
知らぬは本人ばかりなり、と言われても真弥は、首を傾げていた。




さて、何時ものように地獄堂の四畳間。
寝転がりつつ、『森と影』の話を聞きながら真弥は思案していた。



『(……またひび割れてる)』



それは呪具の確認。
真浩(マサヒロ)こと、真弥の祖父の造った呪具は無事だけれど、また本家へ出向かなければいけない。
今度の長い休みに本家へ行かなければならないか等と考えていた。



『……やっぱり私は弱いなぁ』



ポツリ、と呟いても、空は憎たらしい程に彼の好きだった、澄みきった青空だった。



 *



その数日後、国語の書き取りテストが返ってきた。



『……椎名、何点?』



「九十二点」



『また負けた…』



五年一組。
椎名と#NAME1###の声が聞こえていた。



『…あと二点だったのに』



ちなみに真弥も成績は良い方なのだ。
椎名との競争───と言うよりは、本の貸し借りの口実のようなものではあるが。
(二人ともマイナー所の本を集めているため)



「シンヤ、今日何持ってきてるんだ?」



『とある友人から貰った黒猫の英字版。後は……っと、雨月物語くらいかな』



「雨月物語貸してくれ」



『わかった。椎名はどの話が好き?』



「吉備津の釜。あれって男側の自業自得だよな」



『だよねぇ…(そういえば磯良さんって結構な美人だったんだよなぁ…)』



椎名に、はい、とやや草臥(クタビ)れた表紙の本を渡す、そのやり取りを微笑ましく見つめるクラスメイト。
その視線に気づいていないのは、やはり本人達だけだった。



 *



更に翌日。



今日はてっちゃんとリョーチンの再テストがあった。
椎名に呼ばれて二人で教えていた為か、てっちゃんもリョーチン(何故か私が教えている最中は真っ青だった)もそれなりに満足のいく出来だったらしいが、その時に吉本に嫌味を言われたらしい。
(真っ青なのは後ろの椎名が怖いからだよ!!byてっちゃん&リョーチン)



ついでにその日の給食の支度の最中、ぶつかられてパンを落とすところだったとか否か…いやはや、恨みでも買ったかねぇ。多分嫉妬だろうけど───ということを図書室で(勿論声は控えて)椎名と語っていた。
ちなみに私は図書委員でもある(今日は当番ではないが)。



「…シンヤってさ、何時も興味無さそうだけど、興味あることって無いのかよ」



『………さあ』



真弥が集中していると、返事がおざなりになるなのは何時もの事だ。
おそらくは今、クライマックスのシーンなのだろう。
真剣な目をしていた。
片目は隠れて見えなくても、左目は見える。


蛍光灯の光を反射するラピスラズリが、一心不乱に頁を捲り、文字を拾い集める。



「それ終わったら、貸してくれ」



『…………ん、良いよ』



「……読み終わるの速いな」



席を立ち、本棚の方へ行こうとしていた真弥に椎名はそう問いかける。



『まぁね。本家の書庫、ここの何倍もあるから速く読まなきゃ欲しい文献は見つからないし』



「……ふーん」



そう言って、真弥が本棚の方に近づいた瞬間、カタリ、と本棚から幽かな音がした。



『────何?』



眉をひそめ、音のした方向を見やる。
本棚は小さめのとはいえ、真弥の肩ほどもあった。
倒れていれば、怪我は避けられなかったであろう。


幸いなのは、揺れた瞬間、小さな仕掛け───きらりと輝く糸のようなものを見破った事だ。



『危な───って、ピアノ線じゃないか』



また“アヤカシ”の仕業かな、全く。



溜め息を吐き、本棚の陰をぎらりと睨む。
本棚の陰に蠢いていた、影よりも濃い闇のような翳に浮かんでいる三日月のような赤い口。
兎程の大きさをした“それ”を睨むと蒼い焔が立ち、勝手にそれを燃やした。


その一連の動作が終わった後に溜め息を吐く。



「シンヤ?」



溜め息が聞こえたのか、椎名が声をかけてきた。



『あ…何でもない』



そう言ってはいたものの、真弥の心は他の所へ行っていた。



『(近々、何かが起こる)』



そう、本能にも似た直感で。



 *



更にその翌日、昼休み。



『……吉本の様子が変?』



真弥は本を読みつつ、何を今更、と呟いていた。
今日は当番なのでカウンター越しに会話をしつつ、同時に本の貸し借りの受付も行っている。



今は椎名から吉本とぶつかった時の事を聞いていたのだ。
ちなみに私はクラスメイトから聞いて知っていた(ありがとう奈美ちゃん)。



『……今日は何があったんだ…?』



「吉本にぶつかって謝ったら両手で突き飛ばされた」



本から目を離し、椎名を見る。



『……怪我しなかったか?』



「大丈夫。びっくりしただけ」



怪我はないと言った椎名の返答に安堵する。



『そうか…なら良かった』



そう言って、幾らか低いところにある椎名の頭を撫でると、目を細めた椎名を見て、可愛いな。と思った。



あ、猫に似てるんだ。
黒猫に。毛色とかそうだし、猫目だし。
ガラコとかかな、艶々だし。撫でると気持ちいいよね、猫っ毛。
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