妖ノ唄

□五匹目・第二章
1ページ/8ページ




翌々日の事。
学校を休んだのだろう、三人は朝から地獄堂にいた。
それは私も同じだが───ただし、“私”の身体は学校にある為に半ば意識は飛んでいるが。



『竜也さん、に……何か、あったの?』



「違うよ、シンヤ。ミッタンとこに小夜子が来たんだ」



『………………小夜子が?
小夜子って、あの掛け軸の?』



「うん、竜也兄が話してた」



『…絵から、抜けたのか……』



その言葉で、うとうとと眠りに落ちかけていた意識もしっかりと冴えた。



「でもなんで? なんでミッタンとこへでたんだ?」



「男だろ」



と、冷ややかに椎名が言った。



『小夜子はきっと、三田村さんを嘗ての恋人と重ねて───いや、同一に見ているんだろう。
……三田村さんは、似ていたんだろうねぇ。その嘗ての恋人と』



「そうだ……。 あの時、小夜子の絵を見た時、ミッタンもいたんだ。
……俺、小夜子の恋人がミッタンに似てるって言ったんだ。
……ほんとに似てたのか……」



「じゃあ、別に祟るとかそんな心配は無いよね?」



その言葉を聞いて、真弥はあの時とは打って変わって、沈んだ声音で言った。



『……すまないリョーチン、私にはそうとも言いきれないんだ。祟るとかそういう訳ではないのだけれども。
……もしも万が一に、あのまま小夜子が死霊に成ったとしたら……』



「あのまま?」



「ミッタンを恋人と勘違いしたまま、って事だろ、シンヤ」



『流石椎名。
あのまま、生霊に成る程の情念を抱えたまま───もしも何らかの理由で小夜子が死んだとしたら、死霊に成った小夜子は、まず間違いなく三田村さんを連れていくだろうから』



「連れていく、って……」



くっ、と口を三日月のような笑みの形に作って、真弥は言う。





『彼岸に』





真弥がくつくつと喉奥で笑う以外の沈黙を破るように、てっちゃんが口を開く。



「……なぁ、小夜子は療養所にずっと入院してるんだろう」



「おお、入院して十年にもなろうかの。
このごろはほとんど昏睡状態よ。もう目覚めることもなかろうて……」



「コンスイってなんだ?」



と、リョーチンが椎名に聞く。



「死ぬ一歩手前ぐらい深い眠りのことさ」



『死ぬ一歩手前、ねぇ……』



猫のような目で、真弥は笑む。
美しく妖艶に、かつおぞましく。
まるで、嘲笑うように。



「どうして小夜子は、あの絵を描いたんだろ……」



『通路、だろうね』



というか、それ以外考えられない。
私の事を覚えていて欲しい、貴方の心の一部に居たい───そんな心で描いたのならば、あんな絵にはそもそもならない。
綺麗に微笑む絵だとか、心にすとん、と落ちてくるような絵になるだろう。


いや、私が貰ったわけじゃなくて───というより、これは誰に対しての弁解なんだ。
まぁ一旦、それは置いておこう。



「でもさぁ、今頃絵を抜けたって何にもならないだろ。
どうすればいい、おやじ?
ミッタンが小夜子の恋人じゃないって事」



───どうやったら分からせられるんだ?



てっちゃんのその言葉に、じいちゃんも私も沈黙した。
その奇妙な沈黙に、てっちゃんが口を開きかけたのを遮るようにして、じいちゃんが言った。



「まぁ、取り敢えず……様子を見てこいや」



「だな!
ひとまず今日も抜けるかどうか現場を押さえようぜ」



てっちゃんのその言葉に、椎名もリョーチンも賛成した。
……リョーチンの反応が賛成か、は一旦置いておく。



「じゃな、おやじ!」



ばたばたと地獄堂を出ていく彼らを、じいちゃんは厳しい目で見ていた。
そして、私のことも。



「───マヤ」



『分かってる、分っているさ。
“私は運命を変えてはいけない”。そうだろう?』



「そうだ。お前の“力”は余りにも強く、不安定過ぎる。
確かに“それ”を使えば、他人の運命を捻じ曲げることも容易い。
しかし、忘れてはいけないぞ。
お前が“どういう存在”かを。
────────よ」



そうだ。
それは、私の名前であり、罪の証。
私が─────だった頃の、祀られていた頃の、封ぜられていた頃の。
魂に付された、その名前。



祟り、呪う、荒御霊。



それが“かつての私”であり、“今の私”でもあるのだから。



『ああ、そうだね。
───だけど、今でも思うんだ。
私は、何でこんなにも無力なんだ、と』



産まれてからその特異性故に、家族以外に畏れ疎まれ、忌み嫌われてきた。
それでも尚、一族が─────として祀っていたのは、己を利用する為か。
それとも、畏れていたが故に抑え込もうとしたのか。
何れにせよ、それの所為で歪んでしまった物は、もう二度と元には戻らない。
その代償なのか、強く、不安定過ぎる力。
それは人の身には過ぎた力故か、それともその身に宿す炎の所為か。



『……私だって、本当は───』



真弥はその言葉を最後にして、空気に溶けたその跡には、一枚の破けた人型の式札。



それを拾い上げ、おやじは呟いた。



「……確かに、お前はそういう人間だな」



神でも、人でも、妖でもない。
その狭間で生きる彼女は、それでも尚、酷く人間らし過ぎた。
残酷なまでに優しくて、エゴイストで、強欲で。



「───精々、足掻け」



絶望するにはまだ、あまりにも早過ぎる。
定めはある程度なら変えられる。
それは、真弥が異端であるが故に。



「さぁ、どうなるか見ものよなぁ……」



ガラコとおやじは、そう言って笑った。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ