恋敵と私と彼

□嵐の準備
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ふぅ…。

今、私は部屋に戻りシャワーを浴び終わってベッドにいる。お気に入りの薄ピンクのワンピースのネグリジェに包まれながら食堂での出来事を振り替えってみた。

何度でも思い出してしまう。あんな瞳で見つめられて…『キスしていいか?』なんて――――きゃぁぁ〜‼ボフッ、ボフッ。思い出すたび顔は赤くなり一人悶絶しながら枕を叩く。あれからの私は上の空だった。どうにか平然を装うとするが、

「なぁスノウ」
「はっ!はい」

「あんたはどう思う?」
「あっごめん、何?…聞いてなかった」
「……」

と終始こんな感じであった。ちょっとフィーラに怪しまれたが流石にディオンとキスしたなんて思わないだろう。
そう、キスしたなんて。キスした…キス…キ――…

「キャー‼もうっ死んでもいいっ‼‼」
「ちょっとうるさいわよ!」
「‼‼」

ドンドンッと部屋の扉が叩かれる。フィーラだ。扉に近づきニヤけた顔を元に戻しつつフィーラを招き入れる。

フィーラもシャワーを浴び終えた後なのか、黒の気だるげな綿のシャツにズボンとラフだ。シャツから少し覗いている女のそれではない胸に少し男の子っぽさを感じてしまうが、しかしそれでも顔は相変わらず綺麗で。髪も結わえてるわけでもなく肩に流している。
常日頃ディオンを取り合っている恋敵の私にとって男っぽいフィーラは何故か違和感ありまくりだ。

「どうしたのフィーラ」
「さっきからあんたの奇声が隣のあたし達の部屋まで届いて煩いのよっ」
「嘘っ、ごめん」

あの羞恥の叫びを聞かれていたのか。いや、聞かせていたのか。フィーラが部屋の中を歩き進みベッドに腰をかけて息をつく。

「結構広いわよね〜、ここの部屋。私も一人にしようかしら」
「じゃあ交換」
「しないわよ。」

ちぇっ、と舌打ちしながら隣に座る。いやでも今日はそれで良かったのかもしれない、きっと今ディオンを見たら動悸が激しくなってまともに話すことが出来ないだろう。あのキスが――

「あんたまた顔赤いわよ?」
「へっ?」

いかんいかんっ!熱よ静まれ。
何もないぞー、何もないぞー、なにも

「ねぇ、あたしが席を離れてる間…なんかあったの?」
「っ」

隣から心配そうに私を見つめるフィーラ。
その顔に何故だか罪悪感が湧いてくる。

「じゃあ、何かしたの?」
「な、何も…されてないよ!?」

あぁ何か話題をそらさなければ。えーっと、えーっと、あーもうっ頭が回らない‼
どうにかしようと無い頭で考えていると、フィーラが口を開いた。

「あんた今墓穴掘ったわよ」
「え」
「あたしは何かしたのか?って聞いたわよね。なのにあんた『何も…されてないよ!?』って。されたの?何か。」
「あ、あれは言葉のあやというか」

まずい、非常にまずい。何故こんなに勘が働くのだこのオカマは。聞き流してくれればいいものの、

「で?何されたのかしら?」
「だ、から何もされてないよ‼」

しつこく聞いてくる彼女。別にいいじゃないか!本人が何もないと言っているのだから。

「何か嫌なことでも言われたの?」
「そんなわけないじゃない!」
「照れるような事でも言われた?」
「いや、それは」
「じゃあ抱きしめられたとか?」
「だから!」
「手を握られたとか?」
「違うって!何も」
「キスされたとか?」
「っ…」

ビクッ。

あぁ馬鹿な私、こんな反応をしたらそうだと言っているようなものじゃないか。
案の定、フィーラの顔がだんだんと歪んでいく。

「キス…されたのね?」
「………」

グイッ、と肩を掴まれ座ったままフィーラのほうへ向かされる。化粧はしてないのにあぁ、美人は怒っても美人なのか。羨ましい、と場違いな考えを頭の中で広げた。現実逃避か。

「ねぇ、ちゃんと答えて」
「………」

凄く泣きそうな顔をしている。只でさえ普段より男っぽいのにそんな顔しないでよ。だってそんな悪いことはしてないのに。
心がこんなに痛い。

「ねぇ、スノウ」、
「した…の。…キスした」

フィーラの瞳が大きく開かれ私の肩を掴んでいる手が震えはじめる。

「フィ「裏切ったわね‼」
「そんなつもりじゃ」
「キスしたんでしょ!?」
「だって」
「だってもクソもないわよ!なんでキスなんかするのよっ」

翠青の瞳が私を睨み興奮しているせいか顔が赤くなっている。これは相当怒っている証だ。グィッと顔を近づけられて、金色の髪が私の頬に引っ掛かる。

「あんたから誘ったの?」
「なにが、」
「キスよっ!」

真剣な瞳で問われる。

「違うわよっ、そんなこと私ができるわけないでしょう!?」
「本当かしら?」
「信じなさいよ‼」

信じなさいよ‼と言った私だが、さっきまでキスをしたことをひた隠ししてた張本人である。我ながら信用のない女だと思う。

「それは嘘じゃないのね?」
「もちろんよ!」
「そぅ。………はぁ…」

私から顔を離し項垂れるフィーラの肩は下がり、意気消沈している。そりゃそうだろう、自分がトイレに行っている間に恋敵が抜け駆けして意中の相手とキスしていたというのだから。

「フィーラ」
「…なによ、」
「ごめん」
「嫌よ。」
「っなんでよ‼」

今度は私がフィーラの肩を掴み此方へ向けさせる。

「不可抗力だったの!」
「でもしたのには変わりないじゃないっ」
「〜っ‼」


あーっもう‼‼だったらっ―――…ちゅっ

「これでおあいこよ‼」

何が起きたのか一瞬わからなかったのかフィーラの顔が驚きに染まり硬直した。その姿を見て私はちょっと可笑しくなってしまう。

「良かったわね。ディオンと間接キスじゃない、これで文句無いでしょう!?お裾分けよ!」
「あんた…」

私はフィーラにキスをした。ディオンのキスをお裾分けしてやったのだ。我ながら強引で馬鹿げていると思うが、それ以外に激怒りしている奴を、意表を突かせて宥める方法が思い浮かばなかった。こういう時私は自分の脳みそを呪う。でも馬鹿なんて言わないでよね。

「くっ、ぷっ…アッハッハ!」
「な、なによ!」

突然フィーラが腹を抱えて笑いだした。笑い過ぎて半分涙目になっている…なにがそんなに可笑しいのだろう。

「おっ、お裾分けって。あんた馬鹿じゃないの?」
「だって他に思いつかなかったんだもの」

またヒィヒィと笑いだすフィーラ。だから何がそんなに可笑しいのだ。お裾分けしてやったのに寧ろ感謝して欲しいくらいだ、失礼なヤツ。

ひとしきり笑い終えた彼女はベッドの上で座り直し私のほうを見やる。

「っはぁ。…本当可哀想な頭してるわよね」
「何よ、悪い‼?」
「いいえ?」

「あんたらしくていいんじゃない」そう笑って私の頭を撫でるフィーラ。なんだかわからないけど機嫌は直ったようだ。

良かったぁ、もうあんなフィーラは見たくないし仲直りも出来て万々歳だ。安心したら自然と笑みが溢れた。笑顔のまま彼女のほうを仰ぎ見ると、何故だか表情が艶やかに染まり微かに熱が籠ったような瞳をむけられた。どうしたのだろうか?

「フィーラ?」
「ねぇ」

さっきよりもずっと近くに寄られる。フィーラの手が私の腰に触れて、もう片方の手は頬へと添えられた。黒のシャツから覗く、男にしては白い鎖骨が目の前にある。
ゆっくりと私の顔を覗きこむ彼女は、…本当にどうしたのだろうか?

スノウの瞳を見つめながらフィルレイトが口を開いた。

「ねぇ、もう一回キスさせて?」

どうしよう。いきなり変な事を言い出した。

「え ゛!?なんでよ」
「裏切った罰よ。しかもあんなのじゃディオンと間接キスしたなんて全然思えないもの」
「そんなの、」
「しかもあんなキス、キスとは言えないわよ」
「なんで?口と口がくっ付けばキスでしょ?」

物語に出てくるお姫様や王子様は皆そうだった。眠り姫のお話では王子様がお姫様に口付けすると眠りから覚める。カエルの王子様のお話ではお姫様がカエルに口付けすると見目の良い王子様の姿に変身するのだ。口と口が合わさる=口付け=キスで、なにも間違ってはいないと思う。フィーラはなにが違うというのか?

「いいわよ、あたしが教えてあげるわ」
「い、嫌よっいいわよそんなの」

顔を近づけてくるフィーラに顔を背けるスノウ。おかしな展開になっている気がするのは、気のせいではない。

「いいからこっち向きなさい」
「や、やだ」
「向くのよ!」
「ぜっ絶対嫌!」
「向け!」

「そ、!っんぅ」

唇に熱くてしっとりとした物が触れた。フィーラの唇だ。突然の事に目は開きっぱなしの私は頭が追いつかない。手で後頭部をしっかりと抑えられ角度を変えながら唇をフィーラに啄まられる。

「っふ…ん…っっ…」
「…っスノウ…」

頭の中が真っ白だ。熱を孕んだ声で名前を呼ばれる。

「スノウ目を閉じて…」
「ぁ…」

何も考えられない私は頭に響いた言葉に、フィーラの言うことに素直に従ってしまう。

「っいい子ね…」

何度もキスが降ってくる。なにこれ、こんなの知らない。ディオンとのキスはこんなのじゃなくて――頭が溶けてしまいそうになる。

「…っフィ…んっぁ…ラ!」
「…っなぁに?」
「もうっ……やめ」
「ダメよ」

グッ、と肩を押され視界が反転すると、フィーラ越しに見えたのは部屋の天井。ベッドに押し倒されのだ。重力に逆らえない彼女の金の髪が、私の顔や頭に降りかかる。

「もっと…」

と頬を撫でられながらさっきよりも性急にキスをされ、よくわからない柔らかい何かが時折口の中へ入ってこようとしている。うっすら目を開くと、フィーラの熱い瞳が私を捕らえた。

フィーラが知らない男の人に見える。なんで?フィーラはディオンが好きなんでしょう?恋敵の私にキスなんてしてどうするの?
わからない、訳がわからない。

「ん…すっごく気持ちいわ」
「‼…っ!」

カァァッなんてこと言ってんの!?頭おかしいんじゃないのっダメよ駄目‼もぅっ…もぅっ

「っお、終わりーーーっ‼」

ドンッとフィーラを突き飛ばす。突き飛ばすと言っても私の腕を伸ばした距離ぐらいに離れただけだが。
上体を起こしフィーラをキッと睨む。

「なんで私にキスするの!?」

そんな息巻いてる私に、フィーラが馬鹿にしたような顔で口を開く。

「あんた、それあたしに言うの?だいたい最初にしてきたのスノウじゃない」
「う…」

それはそうなのだが。

「それにいきなりこんなちんちくりんに唇を奪われた私の身にもなりなさいよ。私のほうが被害者だわ」
「だって、」
「それに言ったでしょ?罰だって。これに懲りたらもう抜け駆けするんじゃないわよ」

罰と言ったってやり過ぎだ。しかし一番最初に突然キスをしてしまった私も悪い。ある意味程度の差こそ違うが同じことをしたのだ。

「なんか…ごめん。もうしない」
「ディオンに誘われても絶対しちゃだめよ」
「っ……わかった」

「よろしい」

フィーラは安堵した様子で私の頭を撫でると、じゃあもう遅いから部屋に戻るわね――――と部屋に戻って行った。

なんだったのだ一体。突然来て突然帰る自由過ぎるフィーラに、まったく心臓に悪い嵐みたいなヤツだと呆れながら思う。あんなのがディオンと一緒の部屋にいるなんて…

…はっ!
ディオンが危ない‼

ディオ――ン‼
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