でゅら

□アンハッピーエンド
1ページ/1ページ





「波江さん、今日外冷えるかな?」
「そうね」
「何着たらいいと思う?」
「そうね」
「ねー、何着たらいいと思うー?」
「ワンピースが楽よ」
「話聞いてないでしょ」
「そうね」

臨也は浅く息を吐いた。まだ寒さの残るこの季節、どの程度の防寒が必要かという他愛もない会話ではあるが、全く話を聞く姿勢を見せない波江。いつものことではあるが、彼女にとって自分は本当に取るに足らない存在なのだろうと思うと妙に虚しい気持ちに襲われる。

「波江さんほんとテキトーだよね」
「そうね」
「相槌打てばいいのかって話だよね」
「そうね」
「君の弟ってかわいい彼女がいるんだっけ」
「そうね」

臨也は僅かに眉をひそめる。話を聞かないのはいつものことではあるが、今日はなにか異常だ。弟の話題を出しても反応をしない。体調でも悪いのだろうか。
波江にとっては弟の存在が全てであり、彼のためには何をすることも厭わない。その「弟」というワードに対して反応を見せないなど、異常としか言いようがなかった。
窓際の椅子に足を組んで腰掛け、肘をついて外を見ている波江の髪を、指にくるくると絡ませて弄ぶ。いつもなら「やめなさい鬱陶しい」と苛立たしげに振り払われてしまう臨也の指は、波江の艶のある黒髪に心地よく埋もれていく。

「どうしちゃったの、波江さん」

できる限り優しく問いかけると、波江はこちらを一瞥して視線を窓の外に戻した。

「生理前よ」
「それ言っちゃうのは女としてどうなのさ」
「あなた相手に私は女をアピールしないわ」
「傷つくー」

今日はなんか機嫌悪いな。
触れてやらないほうがいいときもある。しかし、臨也はそういった思いやりを持ち合わせていない。むしろこの澄ました女の顔をどうにか歪ませてやりたいという欲求にかられる。

「また弟に振られちゃったの?」
「…」
「まあ当然ではあるけどね。近親相姦は遺伝子の多様性を狭めてしまう。弟くんは実に人間として合理的な立場で君に接していると思うよ」
「折原」

波江は億劫そうに臨也の方へ顔を向け、その襟を掴んで強く自らの方へ引き寄せた。苛烈な態度ではあるが、無表情のままである。そして薄く紅に色づいた唇が、臨也のそれに押し付けられた。
固く色気のないキス。臨也は波江の考えを掴めずに軽く首を傾げる。それに構わず波江の熱い舌が臨也の唇を抉じ開けて侵入する。臨也はそれに自らも舌を絡ませて応えた。先程の無機質なものと違い、怠く甘い接吻に、下腹部へと熱が集まる。

「んんん、ちょ、どうしたのさ、ん」
「……黙って」
「なみ、んんー、む、っ」

ちゅちゅちゅと音をたてて下唇を吸われ、臨也はひくりと体を震わせた。香水などではない、女特有の甘い匂いに目眩がする。
波江はキスをしながら立ち上がり、臨也を窓際に追い詰めて押し付けた。襟を掴んでいた手は臨也の首にまわされ、もう一方の手がその胸板を撫で回す。

「んん、んっ、ん…っ、波江、っ」
「…っ、は、黙ってなさい」
「は、つぅっ!、ぅ」

耳を舌が這う。耳を犯すぐちゅぐちゅという唾液の音が官能を高め、臨也は身を捩る。すると、首にまわされていた手がその髪を掴み、逃げるなとばかりに窓へ押さえ付けた。頭がガラスにぶつかる鈍い衝撃と痛みに抗議の声をあげようとするが、波江に強く髪を引かれてそれは呻きに変わる。更にもう一方の手で股間を撫で上げられ、呻きは喘ぎに変わった。

「っん、波江っ、は、ぁ」
「勃起しているわ」
「あは、当たり前っ、だって、おれ、ぇっ、男、だよ」
「あらそう。好きでもない女に勃起するなんて節操がないのね」
「は、おと、こ、なんて、そんっ、なもん、んんっ!、ん、は」

勃起したそれをズボン越しに上下に擦られて、支えきれなくなった体を窓に預ける。びくびくと震える腰は波江の手の動きと連動して自らに快感を与え続けた。

「きもちわるいわ。女みたいに喘ぐのね」
「波江が、うまいっ、から、ね」
「そう。光栄だわ」

抵抗なくズボンと下着が下ろされる。波江は特に表情を変えずに勃起したそれに指を絡めた。細い指が先端を擽り、茎をゆるく擦る。思わず声を漏らし、臨也は波江の背に腕を回して抱き寄せた。

「もう濡れてきたわ。わたしの手をこんなに汚して」
「んん…、ん、まったく、っうま、い、んだから、ぁ」
「もういいかしら。さぁ」

臨也を椅子に座らせて、波江はその場でタイトスカートを捲し上げてショーツを脱いだ。そのまま臨也に跨がり、腰を落としていく。

「あ、入っちゃ、う」
「…っ」
「ゴム、つけなくていいの?」
「うるさい、って言ってるでしょ、う」

ぐちゅん、と淫靡な音をたてて、臨也のそれは波江の中に収まった。そのぬめった熱さに思わずびくんと腰を跳ね上げ、波江を突き上げる。波江は臨也をきつく締め付けた。

「波江の中、っ、あ、あっつくて、すごい、イイ」
「そう、っ」
「っああ!それっ、すごっ」

波江が激しく腰を動かす。官能が一気にせり上がってくるのを感じ、臨也も波江の腰を掴んで深く出し入れを繰り返した。波江の形のいい眉が苦しげに寄せられ、唇が薄く開いている以外は、その顔に乱れはなかったが、荒い息遣いや臨也の肩にきつく立てられた爪が、その快感を物語っていた。
きもちいい。
夢中で腰を動かしながら、臨也はきつく目を閉じる。
いい。いい。すき。すき、すき、すき。
ああ。

「おりは、ら、あなた、いまっ、」
「う、ん?っ」
「誰を、想像してる、のよ」
「っ!あ、あっ」

耳元で囁かれた吐息混じりのその言葉に、臨也は電流を流されたようにびくびくと震えた。

「ねぇっ、折原、想像してるんでしょ」
「はっ、はぁっ、はっ」
「平和島と、セックスしてる、って」
「っ、うる、さっ」
「いいじゃない、私たち、どうせっ」

どうせ傷を舐め合ってるだけだもの。
耳朶を甘く噛まれながらそう囁く波江の腰を掴み、臨也は自らの体と引き離した。そのまま立たせて窓に押し付け、背後から思いきり突き入れる。
本当に、俺がこうして抱きたいのは。壊れるほどに突いてやりたいのは。こんな女じゃなくて。

「シズ、ちゃん」
「…!ぁっ、んっ」

怪物の名前を口にすると、臨也のそれはぐんと固さを増し、波江の中を圧迫した。 波江の口から悩ましい声が漏れる。臨也はきつく目を閉じながら一心に腰を動かした。
シズちゃん、君の中に、こうして、入れて、たくさん突いて、もう嫌だって怒られるくらい、何度も。

「シズちゃん、シズちゃんっ、あっ、シズちゃんっ」
「んっ、や、ぁっ、せいじっ、せいじぃ…っ」
「シズちゃんっ、すきっ、好き、シズちゃん、すきっ」
「誠二、誠二っ、愛してるっ、愛してるのっ、誠二っ」

互いでない者の名前を呼びながら、臨也は波江の中に精を吐き、波江は絶頂に身を震わせながらそれを搾り取るように締め付けた。









「結局なんだったの」

ピロートークなどヘドが出るとばかりに、事後すぐに立ち上がって風呂場に向かおうとする波江の腕を掴んで問いかける。波江は小さく嘆息し、臨也の手をほどいた。

「誠二とあの女の行為を聞いたの。興奮したわ。それだけよ」
「…あ、そういう。」
「はやくシャワーに行かせて。あなたの精液が垂れてきて嫌なの」

そういうことね。盗聴器でアノ音ひろっちゃったんだ。
聞こえてくるシャワーの水音を聞きながら窓の外を眺める。弟の性行為の様子を聞いて昂り、他の男と耽る哀れな女。それを享受し、好きな男と重ねる哀れな男。この不毛な関係の行き着く先は、どう転んでもハッピーエンドにはならない。














不毛な波臨がすき
*

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ