06/10の日記

13:43
0610
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わたしの大すきな雑貨屋さん スイマーのブランド終了が発表されました

いままで幸せなことに 身近なひとを失うとか 大事なものを無くすとかって経験のなかったわたしにとって
終わりのないものはないって言葉をはじめて実感するできごとになりました


以下 きのうきょうのSNSにあふれている 月並みな文章に なりますが わたしとスイマーの思い出をここにのこしたいとおもいます


はじめてスイマーの雑貨を手にした日は覚えていません


お店、、いまは無き 代官山本店に行ったのは 幼稚園の年中さんごろとおもいます
幼馴染の男の子とそのお母さん
そしてわたしとママ

ママたちはスイマーがすきでした

木造の一軒家に所狭しと置かれた小さな雑貨たち
つぶらな瞳のキャラクター きのこの座椅子 こんな食器しかおうちになければいいのに!っていう食器

それからは休みの日にどこにいく?ときかれれば
スイマー! ディズニー! の2択だけ


わたしたちの世代にはもうひとつ ナルミヤというかわいいのアイコンがありますが
ZARAやGAPのボーイッシュな格好をさせられていたわたしにとって
両親に買ってもらえる 唯一のかわいいはスイマーなんだとおもえました
そして わたしがもってもいい 身につけられるかわいいも スイマーだけなんだと
スイマーは幼いわたしの心の拠り所でした

かわいいを抑制されたと 未だに親のせいにして生きていますが
そんなコンプレックスから
わたしは人よりも かわいいに執着しています
モノにも ひとにも 音楽にも 生き方にも当てはめている かわいい という基準
その価値観の前提は スイマーなのです

辛かったお受験勉強
campusなんて使わなくて わら半紙のリングノートに涙をいくつも落としました

苦しかった中高6年間の部活動
黄色地にウサギが描かれたクリアファイルを破れるたびに補強しました
読めない楽譜も なんとか音にできる気がした


友だちに漫画とアツい手紙(きまってルーズリーフ)を渡すときも いつもスイマーの袋だから すぐわたしのってわかる
別に貰ってくれてよかったけれど
わたしの友だちは そのまま返してくれました笑

危なっかしいこともいくつかしてきました
高校1年生 世間をなにもしらなかったわたし
はじめてスイマーで 黒地にさくらんぼ柄の フリルがふんだんにあしらわれた それを ぼんやりと買いました


筆箱はいつだって スイマー
今までで一等気に入っているのは 中学2年生ぐらいの福袋にはいっていたクリーム色のウサギが踊っているポーチ
なんで中学2年生ってわかるかっていうと
当時必死に集めたコピックのシミがべっとりついてしまってショックだったから!

今年の福袋はひさびさのヒット
黒のデニムにお花を摘む白ねこが刺繍されたペンポーチ
一生大切にしようとおもいます


黒のスリムな携帯を台無しに!って不評だったモコモコジャラジャラのストラップ
iPodを隠したドクロ柄の正方形ポーチ
お店のいかにもなお仕事かばんが気に食わなくて 自腹で買った白い犬のバックは自ら手を伸ばした荒む気持ちを やらわげる相棒でした 眉毛全剃りで ブサイクだったけれど



日本のかわいいって サンリオとか サンエックスとか いまは ゆめかわいいってマストな言葉と原宿生まれのジャンルもあって


世界にどんどん発信されているけれど
わたしが心からすきだというのは
スイマーの ゆるくて チープな フレンチとアジアとアメリカンのテイストがごっちゃになった
つまり なんだって だれだって かわいくなれるよ っていう やさしい世界観に他ならないのです 代わりになるものはまだ見つけられていません


スイマーを買わなくなったら
それがわたしがホンモノの大人になるときなんだろうなぁ

いつからか ずっと 繰り返し浮かんでいたこの考え


こんなに早く 突然子どもの終わりを突きつけられてしまうなんておもっていなかった


こんなことになって
もっと頻繁に買っておけばよかったとは 正直おもえない

それぐらい 日常に溶け込んで 日常のペースで スイマーの世界を享受していたから

スイマーはそんな女のこたちにかわいいを提供し続けてくれていたから


悔しいのは
わたしが大学生になったころに ブランドのテーマが流行の加速したゆめかわいいに寄せていったときに
これはスイマーではないなと わたしは少し距離をとったのですが
ここ1年少しでまた 全盛期のテイストに戻ったんですね
喜んで またちまちま買い物にいったけれども
いま思えば あのとき時代に乗り切っていたらもう少し長く 世界が回り続けたんじゃないかな なんて

でも それを踏まえてのこの結果こそ スイマーの掲げる正義の証明のように感じます


突然の発表に動揺しきりだったのですが
親しい友だちや両親から わたしとスイマーの思い出をきいて 悲しみとともに感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました 張り裂けそうなくらいに

『30年間ってスゴイね…、、・・のスイマー好き知ってるだけに…わたしまで何かが失われた気分だわ…げんきだして…😭😭』

そう

スイマーは 間違いなく ある時期のわたしの全てでした
そして いまと未来のわたしにとって血であり 骨であり こころであり続けることは絶対的な事実です


育ててくれてありがとう


たくさんのときめきと励ましをくれたスイマーとの 残された時間を 楽しく 噛み締めて 過ごしたいとおもいます


こんなにつらい別れがあるのだなと またひとつあたらしい感情を教えてもらいました







・・ぴょん

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