狼と山猫
□狼と山猫 三章
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数日は何事も無く過ぎて行った。
品田がリンクスに来た男達を追い払って以来、彼らは来なくなり、店にもポツポツと客が戻って来ていた。
白く覆っていた雪もすっかり溶け、神室町もいつもの灰色の風景へと戻っている。道の端に、少し汚れた雪の塊が、辛うじて先日の大雪の名残りを残していた。
品田は、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な顔で、劇場前通りを歩いていた。
かねてより待ち望んでいた原稿料が、今日振り込まれたのである。これで、名前に金が返せる。それに、風俗店で遊……いや、取材も続行出来そうだ。
「さて、と」
品田はニンマリと笑うと、以前足を運んだ“アフロディーテ”へと足を向けた。
「駄目駄目。マリンちゃんは取材NGだって知らないの?この業界じゃ有名な話だよ?」
「いや、知っててお願いしてるんですよ。彼女の取材出来ないと俺、名古屋帰れないんすから。なんとかお願いします」
自分の顔の前で合掌しながらペコペコ頭を下げる品田に、アフロディーテの店長は、まいったなと言うように渋い顔で頭を掻いた。
「それじゃあ、一生神室町に居るんだね。彼女のメディアやマスコミ嫌いは半端じゃないから」
「そんなぁ……。そこをなんとかっ」
「しつこいね、あんたも」
言うと、男は神妙な顔になった。
「なんでも彼女、昔あんたのようなライターにだいぶしつこくされたらしいよ。それからだろうね、その手の人間を毛嫌いするようになったのは……」
「…………」
そんなやり取りをしていると、扉を開けて他の客が来店してきた。
「いらっしゃいませ。……ほら、店利用しないんなら営業の邪魔だよ。さっさと帰ってくれ」
店長は片手でシッシと追い払う仕草をすると、男性客へと営業スマイルで近づいて行った。
「やっぱ駄目かぁ……」
残念そうに看板を見上げる品田だったが。
グゥゥゥゥ───。
突如、品田の腹が空腹を訴え、思わずそこに手を添え苦笑いをする。
「……帰ろ」
そう言うと、トボトボと歩き出した。
ランチタイムが過ぎたリンクスは、昼時の客も捌け、名前はその後片付けをしていた。
「いらっしゃいませ。……あ、お久しぶりです」
カランというベルと共に、店に訪れたのは綺麗な女性客だった。
「うん。最近ここが平和になったって聞いてね」
「あー……すいません。でも、うち最近用心棒雇ったんで」
「え、“用心棒”?ふふふ、何だか時代劇みたいね」
そう言って彼女は、綺麗なアーモンド型の目を細めて笑った。
カウンターに座る女性客に料理を提供し、他のテーブルを拭いていると、「ただいまー」と言いながら品田が帰って来た。
「お帰りなさい。そろそろ帰って来ると思ってたんだ。今日は何食べるの?」
問われた品田は、カウンターの女性客とひとつ間を空け座りながら「うーん……」と悩んでいた。が、その目が女性客を捉えると、大きく見開かれた。
「品田さん?」
どうしたのかと名前が声をかけるが、それには答えず、慌てた様子でバタバタと二階へ上がって行った。
「……彼が例の用心棒?」
「あはは……すいません、騒がしくて……」