戦国BASARA

□舞い続けた鶴
1ページ/1ページ

むかしむかし、日ノ本の伊予という国に一羽の鶴がおりました。

その鶴は若く美しく、純白の羽で可憐に舞うその姿は誰もが見惚れるほどでした。

さらに、その鶴は未来を見通す不思議な力を持っていたため、お社の中で人目に触れぬよう、それはそれは大切に育てられました。

鶴にとって、お社の中だけが世界のすべてでした。
危険な物が何一つないその場所は、鶴にはとても幸せな場所でした。
ですが、いつしか鶴は広い外の世界に興味を持つようになりました。

ちょうどその頃、鶴の暮らす伊予の国に、一匹の鬼が迫っていました。
鬼は、周辺の海をすべて自分のものにしようとしていたのです。

「まあ!それは大変!ここは私の海!ドーンと守って見せますよ!」

鶴は故郷の海を守るため、大切に育ててくれた人々を守るため、立ち上がりました。

幸いにも勉強が好きだった鶴は、社の人々から教わった戦の知識や武術をしっかりと身に付けていました。

それでも伊予の人々はとても心配しましたが、いつまでも狭い社に閉じ込めておくのも可哀想だと思い、鶴を広い空の下へ放つことを決めました。


青空の下、鶴は今までにないほど美しく舞いました。
その舞いを前にして、鬼の子分たちは次々と倒れていきました。

鬼は「覚えてろよ!」と捨て台詞を残し、伊予の海を去っていきました。

鶴の初勝利を祝い、その夜は人々による大宴会が催されました。


この戦いによって、鶴は自分の腕に自信を持ちました。
次の戦も、その次の戦も、ばったばったと敵を倒し、勝利を納めていきました。



そんなあるとき、伊予の海の向こう側、安芸という国から、自らを日輪の申し子と名乗る人物が攻めてきました。

鶴はいつもの通りに戦いました。
けれども、敵はいっそう手強く、さらに本当にお天道様を操ってきたのです。

お天道様の力によって、伊予の人々は一瞬にして焼かれてしまいました。
それでも、鶴は強い気持ちをもって戦いました。
故郷のために、最後まで諦めるわけにはいきませんでした。

ボロボロになりながらも、鶴はただひたすらに舞いました。
舞って、舞って、舞って……
恐怖する敵を前に、時に冷酷に見えるほど、夢中になって舞い続けました。


ところが――

ある一人の敵兵の矢が、鶴の翼を射ちぬきました。
鶴が痛みに足を止めたその瞬間――まるで雨のような無数の矢と、目が霞むほどの熱い光が、鶴をめがけて降り注ぎました。


――鶴の悲痛な叫びが戦場にこだましました。












気がつくと、鶴は空を見上げていました。
戦は終わったのか、あたりはとても静かでした。
ところどころで、ぱちぱちと火の燃える音がします。
起き上がろうと体をわずかに動かした瞬間、激しい痛みが鶴を襲いました。

「……っ!……あぁ、……ぅ……ひっ……い、たい……いた……」

思わず涙がこぼれました。
痛くて痛くてたまりませんでした。
溢れる涙を拭こうにも、痛みで腕を動かせませんでした。
痛みを叫ぼうにも、喉が焼けているのか思うように声が出ませんでした。

そういえば、伊予の皆さんはどうしたのだろうと、鶴は目だけを動かし、あたりを見渡しました。

涙で霞む視界には、おそらくもう冷たくなっているのであろう懐かしい人々の姿が映りました。
岩のように見えるあの黒い固まりや、朱に染まったあれもきっと……。


そう、鶴と伊予の人々は敗けたのです。
全滅でした。


鶴はもう一度空を見上げました。
清々しいほどに青々とした美しい空でした。

途端、痛みと共に恐怖が込み上げてきました。
死ぬことがこんなに怖いことなのだと、鶴はこのとき初めて知りました。

もしかして……今まで私が倒してきた人たちも……?

これほどまでに恐ろしい思いを、痛みを、自分も与えてきたのだと、鶴は激しく自分を責めました。
声にならない声で何度も何度も謝りながら、今度は自分の痛みのためではない、懺悔の涙を流し続けました。








美しい純白の鶴は、その身をすすの黒と血の朱で汚く染め、もう二度と舞うことのできない青空を見つめながら、静かに静かに羽を散らせました。





おしまい

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ