オリジナル

□一人
1ページ/1ページ


 僕はどこにもいない。いなかったんだ。
 それでよかった。それがよかった。

 小さい頃からそうなんだもの。僕の居場所なんてどこにもなくて。誰も僕なんかを見てもいなくて。
 確かに寂しい時もあった気がするけれど、でも次第にそれが僕にとっての普通になっていったから。僕は漂う空気なんだ。確かにみんなの近くにいるのに、誰にも認識されることのない空気。いてもいなくてもわからない存在。もしかしたら透明人間なのかもしれないな。
 多分、僕がみんなと関わろうとしなかったせいかな。引っ込み思案で恥ずかしがり屋で自分から話しかけられなくて、時々優しい子が話しかけてくれても緊張して上手く話せなくて。だから友達なんてものもできなくて。でも学校なんてそれでもよかった。クラスで一人でも空気だから平気だし。さすがに体育の時間とか修学旅行とかはちょっと辛かったけど、誰とも関わらなくたってなんとかなった。僕が学校で喋ったこと、多分授業で指名された時とか何かの発表の時しかないんじゃないかな。クラスメートも先生も、きっと僕の声なんてほとんど聞いたことないと思う。喋れないと思われてたかも。それはちょっと笑っちゃうな。

 そんな風に僕としてはごくごく平穏に暮らしてきたんだ。ずっとこんな風に、何事もなく人生終わっていくんだろうなと思ってた。
 なのにある時、僕の人生は急激に変わってしまった。ほんの数年前、地元の小さな会社に就職した時から。そこは社員が10人もいない本当に小さなところで、だから全員に重要な役割が任されていた。当然新入社員の僕にも僕だけの仕事が与えられた。僕がやらなければいけないこと。生まれて初めて居場所ができたんだ。僕がいてもいい場所。いなければいけない場所。
 会社の人たちは本当にいい人たちばかりで、僕の存在を認めてくれたし名前も呼んでくれる。僕はここでは空気じゃなかった。空気でなんていられなかった。最初は嬉しくてしょうがなくて、仕事もめちゃくちゃ頑張った。分からないことばかりだったけど、必死に教わって勉強して。時々失敗して死にたくなるようなこともあったけど、成果とか結果とか認めて褒めてくれる人たちがいたから大丈夫。僕一人に任された仕事だからプレッシャーもいっぱいあって、重すぎる責任に嫌になることもあるけど、ここは僕だけの居場所だから。それだけが支えだったから。

 でも慣れてきた頃から会社に来るのが嫌になった。仕事も人も好きなのに。どうしてだろうって考えたら案外簡単に応えは出た。空気でいられないからだ。
 会社では僕は空気でいられないから。どうやったって僕はその場所に必要だから。ずっと長い間僕はどこにもいなかったから、急に僕という存在が姿を現したことに慣れなかったんだ。初めは嬉しかったのに、だんだんと苦痛になってしまった。必要とされること。いなければいけないこと。みんなに僕が見えていること。喋らなければいけないこと。きっと普通のことなんだけど、僕にはそれがストレスだった。
 誰とも関わらずに今まで生きてきたせいなのかな。人と関わること、それ自体が苦痛と感じるまでに僕はおかしくなっていたのかな。だってみんな当たり前のように友達がいて、恋人がいて、楽しそうに笑っているのに。僕はずっと一人。
 一人が好きなんてよく言うけど、僕は誰かといたことがないから、比べることもできないんだよな。――ああ、空気に戻りたいな。誰とも関わらずに一人でいたいな。ちょっとは寂しく思うんだろうけど、一生一人でだって僕なら多分大丈夫だよ。

 ――うん、ちゃんと一人で生きていく覚悟をしよう。幸い好きなこともあるし趣味は充実してる。そうだな……一人でもできる仕事を見つけて、お金を貯めて、両親にも少しくらいは孝行して、自由に楽しく一人で生きていきたいな。
 人にどう思われても、それが僕にとっての最上の幸せなんだよきっと。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ