オリジナル

□友達
1ページ/1ページ

「ねぇねぇ、この前のあれ見た?」
「あーあれねー。見た見た」
「めっちゃ面白かったよねー」

 いつもの教室、いつもの会話。多分今話しているのは、昨日だか一昨日やってたテレビの話。毎日同じようなことばかり話して、何が面白いのかわからない。話している当人たちだって全然面白そうじゃない。
 今は授業の合間の数分だけの休憩時間。確かにそんな中身のない会話は、今みたいなちょっとした時間潰しにはちょうどいいのかもしれないけど。
「……ちょっと、聞いてんのー?」
 なんて他人行儀に眺めていたら、その内の一人に話しかけられた。そういえば、私もこのグループの一人だったっけ。
「あ、ごめん、なんだっけ?」
「もう……あんたいっつも話聞いてないよね」
「ごめん、ちょっと意識飛んでた。それで何?」
「もういいよ。多分興味無いと思うし」
 なにそれ。だったら最初から話振るなよ。なんて思いながらも、そっかー、と気持ちの悪い愛想笑いを作る。
 こんな無駄なこといつまで続けるんだろう。少なくとも卒業するまでは我慢しないといけない。友達もいないひとりぼっちの学校生活なんて絶対に嫌だから。


****


 一日の授業が終わって、いつものメンバー4人で下校する。どうでもいい話をしながら、時々寄り道なんかしたりして、一人また一人とそれぞれの帰路に着く。
 ようやく自宅に着くと、私は自室のベッドに倒れ込んだ。疲れた……今日も長い一日だった。毎日毎日、どうして学校なんてつまらない場所に行かなければいけないんだろう。
 制服で寝そべったままポケットを漁り、お気に入りのカバーを付けたスマートフォンを取り出す。電源を入れて、迷わずに鳥のマークのアイコンをタップした。もはや依存症だと自分でも自覚している。現実があまりにも単調でつまらなくて、ネットの仮想世界にのめり込んでからどれくらい経つんだろう。気付けばフォロワーも1000人を超えた。顔も名前も年齢も性別もわからない相手とのやり取りの方が、現実の友達との会話よりもはるかに楽しかった。私自身も個人情報は伏せ、もう一人の別の私として呟いている。大抵は現実での愚痴だったり趣味のことが多いけど、必ずと言っていいほど誰かが反応してくれる。現実では気を使って話を合わせて、愛想笑いが絶えなくて、自分が本当に言いたいことなんて何も言えないけれど、ネットではそれができた。私みたいなつまらない人間でも、人気者になれたように錯覚できる。本当に素晴らしい世界だと思う。

 しばらくすると、お母さんが夕ご飯が出来たことを伝えに来てくれた。ここで一旦ネットの世界からは離脱。手早くご飯を食べて、それからお風呂。
 最近は何をしていてもネットの世界のことが頭から離れない。早くあの世界へ戻りたい。私の大切な大切な居場所へ。

 翌朝は少しだけ寝坊した。寝不足のせいなのか最近は常に眠気に襲われているけど、原因はわかりきっていた――遅くまでスマートフォンを握りしめているせいだ。だって楽しくてしょうがない。フォロワーさん、みんな優しくて面白い人たちばっかりなんだから。現実の友達以上に深い話も親身に聞いてくれるから――もし、どっちの方が大切かなんて聞かれても、そんなの考えるまでもなく答えは決まり切っている。


****


 学校に着いたら、いつもの3人の様子がおかしかった。おはようって挨拶したのに、無視された。おまけに私を横目で睨みつけて、何やらこそこそ話している。嫌な予感しかしない。
「……え、ねぇ? なに?」
「…………」
 勇気を出して聞いてみても誰も答えてくれない。
「え、私何かした?」
 恐る恐る切り出してみた。なぜか最悪なことしか考えられなかった。
「何? ……じゃないよね。昨日家にいたんでしょ? LINE見たよね?」
「え、うん」
「あんただけ返事返ってきてないんだけど」
 しまった。そういえば昨日の夜、週末遊ばないか、と誘いの連絡を貰ってそのまま放置していたことをすっかり忘れていた。
「あっ……ごめん! ちょっと見てなかったというか……」
「既読ついてるけど?」
「……ごめん。後で返事しようと思ってそのまま……」
「……あんたさぁ、最近いろいろと忘れてばっかだよね」
「そうそう、私らの話も全然聞いてないし」
「もしかして私らといるのつまんない?」
 口々に責められ、直感でやばいと悟った。早くなんとかしなきゃ――。
「え、えっと、週末は大丈夫だよ。何も予定入ってないし……」
 慌てて取り繕ったけど、これはもう駄目かもしれない。
「あのさ、もうそういうことじゃないんだよね。今回のことだけじゃないでしょ。あんたいっつも返事遅いし話聞いてないしずっと上の空だしさ。うちらに対してもへらへら笑ってばっかで、本音とか言ったことないじゃん。だから、なんていうかさ……うちらのこと友達だと思ってないなら、もう無理に一緒にいる必要ないんじゃないかな」
 ――最悪。こうなることだけは絶対に避けたかったのに。謝らなきゃ、弁解しなきゃ、そう思っても泣きそうになってしまって声が出せなかった。
 私は一人立ち尽くしたまま、遠ざかる3人の背中をただ見つめることしかできなかった。
 

****


 午後4時。初めての一人での下校。明日からどんな顔をして教室に入ればいいんだろう。
 ――入学した時、一人でいるのが心細くて席が近かった子たちと他愛もない話をした。それがいつのまにかいつものメンバーになって、グループになった。だから、クラスの他の子たちとはあまり話したことがない。今さら他のグループになんて入れない。部活も委員会もやっていない私には、他のクラスに知り合いもいない。――あの学校で、私は本当に一人になってしまった。
 零れそうになる涙を堪えながら、昨日の自分をひどく責めた。どうしてすぐに返事をしなかったんだっけ? ――ああ、そうだ、フォロワーさんと会話してたんだ。楽しくて忘れちゃったんだ……。仮想世界にハマって現実で孤立とか……本当笑えないよ馬鹿。


****


 大通りをまっすぐ家に向かって歩いていると、目の前に奇妙な人たちが現れた。大きなカメラを抱えている人、その前でマイクを持って喋っている人。多分テレビの取材かな。ちょうどその脇を通りかかった、制服姿の女の子二人組に話しかけている。きっと何かの街頭インタビューでもしているんだろうけど、私はあまりこういうのには関わりたくない。
 今なら素通りできると思い、足早に通り抜けようとした時。ちょうどさっきの子たちへのインタビューが終わったようで、マイクを持ったお姉さんが私目掛けて突進してきた。なんてタイミングの悪い。
「すみません! 私たち○○テレビの××という番組で、今、学生さんを対象にインタビューさせてもらっているんですけど、少しお時間いいですか?」
 なるほど、学生目当てか。それなら制服を着ている私が目を付けられたのも仕方ないか。でも答える気はないよ。悪いけど、今はそれどころじゃないんだから。
「あ、すいませ……えっ……いや、あの……はい……」
 断ろうとしたらすごい剣幕で睨まれて、思わず了承してしまった。この人、美人だけど多分性格悪いと思う。
「ありがとうございます。では早速なんですけど、お友達は何人いらっしゃいますか?」
 ……なにこのタイムリーな質問。今の私にそれ聞く? 友達なんて今さっき無くしたばっかりなんだけど。
 でもまさか公共の電波を使って、自分はひとりぼっちの寂しい人間だなんて、そんなこと死んでも言いたくない。カメラも回ってるし、きっと顔も映ってる。
 ――あ、そうだ。大事なことを忘れてた。私にはまだ皆がいるじゃない。あんな奴らよりも、もっと大事な人たちがたくさんいる。私は嘘くさい笑顔を作って、馬鹿みたいに元気に答えた。
「友達は1000人以上います!」
 わかってる。あの人たちは友達じゃない。どんなに仲がいいと思っていても友達なんかじゃない。ただのフォロワー。ネット上だけの繋がり。それでも、自分に言い聞かせるようにそう言った。
 大丈夫、私は一人なんかじゃないんだから。――そうでも思わなきゃ、明日からどうやって生きていけばいいのかわからない。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ