おそ松さん

□十四松の言葉にちょっとだけ素直になってみようと思う一松の話
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「ねぇ、十四松。なんか俺に隠してない?」

唐突に問われたその言葉に一瞬おれはピクリと反応してしまった。

ーーーあ、マズイ。

自慢じゃないけど反応したのはほんの一瞬。ほとんど誰も気付かないレベル。
だけど目の前でおれを見つめるすぐ上の兄、一松の眉がピクリと動いた。

「じゅうし、」
「えぇ?!おれなんか隠してんの?」
「いや、こっちが聞いてるんだけど」
「え?そうなの?!」
「・・・・」

兄さんの声に被せるように言葉を繋げれば黙り込んでしまう。

一松兄さんはじーっとおれを見つめていたと思ったら、『はぁ・・』ってため息をついた。

「分かった、聞かない。でも」

兄さんの手が伸びてきてポンっておれの頭に乗せられる。

「でも、もし話したくなったら、聞いて欲しくなったらいつでも言って。俺、こんなでもお前のお兄ちゃんだから」

よしよしと撫でる手はおそ松兄さんみたいに乱暴じゃないし、カラ松兄さんみたいに優しくはない。
遠慮するみたいに、戸惑うみたいに恐る恐る、だ。

一松兄さんは自分に自信がなくて臆病でまるで人間を信用してない野良猫みたいだ。
それにすぐ自己否定するし自分をゴミクズみたいに言う。
でもそれは相手に過度に期待して、裏切られた時に自分が傷付かないための自衛手段なんだと思う。

カラ松兄さんに辛辣なのも同じだ。

カラ松兄さんは誰よりも優しくて何をされても、言われも笑って許してくれる。
だからおれも、他の兄弟も、もちろん一松兄さんも甘えてしまってるんだ。

『愛しているぞブラザー』

って言葉は裏表のないカラ松兄さんの本心で、一松兄さんもそれは分かってるんだろうけど信じ切れてない。

だから

『黙れクソ松殺すぞ』

って本当に殺しそうな勢いでキツく当たってる。
カラ松兄さんの優しさに包まれて寄りかかって頼ってしまった後で突き放される事を恐れているから。

カラ松兄さんに限ってそんな事はないのに。

いや、『なかったはず』だったのに。

『あの時』の出来事が頭に浮かんでぎゅっと目を閉じる。
忘れたくても忘れられない、たぶん一生心に残るであろう出来事。

不意に、話してみようか、って思った。

全部おれの勘でなんの確証もない事だけど。

「十四松?」

一松兄さんの声でハッとする。

おれの頭を撫でながら見つめる兄さんの目が不安に揺れている。

俺みたいなゴミが兄ぶって何様のつもり?

そんな声が聞こえて来そうで、おれは安心させるように、にぱっと笑った。

「おれ、にーさん大好きですぜ」
「は?」
「一松にーさんはおれの大好きなにーさん!」
「・・・」

普段は眠たげに半分閉じられてる目が丸くなる。それと同時に顔が赤く染まっていく。

「でもね、にーさん。おれはカラ松にーさんも大好きなんだ」
「・・・・知ってる」

頭をなでなでしながらぼそりと言う。

「よく、知ってる」
「だからおれ、一松にーさんとカラ松にーさんが仲良くしてくれると嬉しいなぁ」
「・・・・何で俺がクソ松と」

いつものように吐き捨てる。
だけど視線は斜め下に向けられてる。

「ねぇ、にーさん覚えてる?カラ松にーさんが誘拐された時の事」

びくりと一松兄さんの肩が震えた。

チビ太の所のツケが貯まりに貯まってぶちギレたチビ太がカラ松兄さんを誘拐した所謂『カラ松事変』。

あの後カラ松兄さんは包帯ぐるぐるでまるでミイラ男のようになって帰ってきた。とても酷い怪我で包帯が取れるまでずいぶんかかったけど、カラ松兄さんは何事もなかったようにおれたちと接してくれてる。

相変わらずイタいし、相変わらず優しい。

そんな兄さんにおれたちは最初こそ腫れ物を扱うみたいにしてたけど、気が付けば普段通りに戻っていた。
だけどおそ松兄さんは時々心配そうにカラ松兄さんを見つめてるし、チョロ松兄さんの言葉にもトゲが少なくなった。
トド松は『イッタイよねぇ』なんて言いながら前よりもくっついてる時が多くなってる。

おれだって前より一緒に歌うことが増えたし、散歩だって野球だって一緒に行ってる。

ーーー目を、離したら・・・何処かに行ってしまいそう、だったから。

カラ松兄さんは誰よりも優しくて、何をされても、言われも笑って許してくれる。
それは以前から変わらない。

だけど決定的に変わってしまったものがあった。

「カラ松にーさんの自意識ってね、まるで空みたいに蒼くて透き通ってるんだ。すっごく綺麗なんだよ」
「・・・・・知ってる」
「だけどおれ、知ってるんだ。その真っ青な自意識に黒い点があるの。最初は小さな点だったのに少しずつ大きくなってるんだ」

ふっと一松兄さんの目がおれに向けられる。

おれの頭にあった手はいつの間にか下ろされていた。

「カラ松兄さんはいつも許してくれる。だけど『本当に』許してくれてるのかな、なんて」

あんな事があって何も感じない人なんかいないと思う。
たくさん傷付いたし悲しかったと思う。

だっておれたちは誘拐を本気にしなかったし、もちろん助けにも行かなかったし、その上火炙りにされてる兄さんに鈍器をぶつけたんだ。

本当なら許されない罪。

だけどカラ松兄さんは笑って許してくれた。

『もう済んだ事だ。気にするなブラザー』

その言葉におれたちは甘えてしまったけど。

だけどにカラ松兄さんの自意識にある黒い点は大きくなっている。

「あの黒い点が大きくなって、カラ松にーさんの自意識が黒く染まってしまたら・・・」

カラ松兄さんは変わってしまうかもしれない。

おれたちが知らない『誰か』に。

「・・・・カラ松が、俺たちを許してないとして。じゃあ、どうすりゃいいの?どれだけ謝ったってアイツはきっと気にするなって言うよ?」
「うん。だからね、一松にーさんとカラ松にーさんが仲良くなったら良いと思うんだ」
「何で俺が・・・」
「だってカラ松にーさんは一松にーさんが大好きだから」
「はぁ?」
「で、一松にーさんもカラ松にーさんが大好きでしょう?」
「はぁぁああ?!」

2回目の『はぁ?』は聞いたことがないほどすっとんきょうな物だった。

おれ、一松兄さんがあんな大声出すの久しぶりに聞いた。

「おまっ、何言ってくれちゃってるの?!俺がクソ松を?!あり得ねぇ!!」
「そうかな?」
「そうだよ!当たり前だろ!!何で俺が男を、しかも寄りによってクソ松を!あり得ねぇって!!」

口調がチョロ松兄さんになってる。
いつものぼそぼそ喋る低い声じゃなくて捲し立てるような早口に何だか六つ子の神秘を感じる。

「そうやって喋るとまるでチョロ松兄さんみたいっすね」
「っ!!」
「昔は個性なんかなくて誰が誰でも同じだったのに。今は誰も誰かの代わりにはなれないよね。一松にーさんは一松にーさんで、おれはおれ。カラ松にーさんも一人っきり。おれは大好きなにーさんを失いたくないんだ」

何かを話したくて口をはくはくしてた兄さんがぎゅっと目を瞑った。
同時に両手をぐっと握りしめる。

「俺が、クソ・・カラ松を、す、好き、か、どうかは別にして、俺だって兄さんを失うのは嫌・・・だよ」

吃りながら告げたのはたぶん一松兄さんの本当の気持ち。
現に俯いた首筋や耳が真っ赤に染まってる。

「アイツは馬鹿でイタくて空っぽだけど・・・・アイツの声は、好き・・だから」
「うん!おれも!カラ松にーさんと歌うの楽しくって好きだよ。子守唄も好き」
「・・・・俺も。あの歌聞くと眠くなる。ムカつくけど」
「あはははは!ムカつくんだーーっ」
「ムカつく。絞め殺したくなるけどそうしたら聞けなくなるから、余計にムカつく」
「矛盾してんね!」

あははははって笑うおれと一緒にくすくす笑う兄さん。
しばらく二人で笑いあって、目に涙を浮かべながらおれはもうひと押しする。

「そう言うことをね、言えばいいと思うんだ!」
「え?無理!」
「無理じゃないよーー。一松はやれば出来る子だっておれ、知ってるから」
「お前何者・・・?あれ?まさか十四松じゃないの?」
「十四松だよ。分裂してないよ、分裂しようか?」
「やめて!!」




『ねぇ、十四松。なんか俺に隠してない?』


うん。隠してるよ一松兄さん。
あ、半分くらいは暴露しちゃったかな。

カラ松兄さんの自意識にある黒い点って本当は『黒』じゃなくて『濃い紫』なんだよ。
一松兄さんの色。
それがカラ松兄さんの自意識に染み付いて大きくなってるってことがどういう事か。

あの点、紫の星がいつからあったのか覚えてない。だけど最初は確かに小さな星がいつの間にか大きくなっていた。
カラ松事変を越えてもなお輝く星。
その意味を。

カラ松兄さんの自意識が一松兄さんの色に染められてしまうのは正直恐い。
だけどそれでも。




ガラガラガラって玄関の戸が開く音がして兄弟の中で一番低い声で『ただいま』が聞こえた。

「あ!カラ松にーさん帰ってきた」
「げっ!」
「じゃあ、まず手始めに一緒におかえり言おうよ」
「え?!今!?今ここで!?」
「なら告白する?」
「ご挨拶させていただきます。」

トントントンと階段を上がってくる音と一緒に

「一松、十四松いるのか?」

って声がして子供部屋の襖が開く。

「せーの、」
「「おかえりなさい」」

綺麗に揃った声にカラ松兄さんの目が真ん丸くなっていた。








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