おそ松さん

□十四松のお陰で何かに気づきかけたカラ松の話
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松野カラ松は何時ものように橋の上に居た。

何時ものようにきらびやかな、長男辺りの肋をへし折る破壊力を持った衣服に身を包み、橋の欄干に寄りかかって周りに視線を巡らせる。


まだ見ぬカラ松girlはなかなかにシャイだな、とか何とか思いながら。


二十歳をいくらか過ぎた若者が、欄干に背中を預けて日がな一日何をするでもなくサングラス越しに道行く人を眺めている光景は問答無用で通報案件だ。
だが、それも毎日ともなれば見慣れてしまうらしい。

今では時々不審げな視線を向けるものの大抵の人は見て見ぬふりをしてくれている。

確かにそこに居るのにまるで居ない者のように扱われている事をカラ松は正確に理解していて、はぁー、っとため息を吐き出した。

「・・・・空しい・・・・」

ぽつりと呟いて道行く人々に背を向け川に視線を向けた。

以前は思わなかったその気持ち。
それを振り払うようにカラ松は頭を振った。
ついでにポケットから煙草を取り出し火を付ける。
思う存分肺に煙を吸い込み吐き出せば空しい気持ちがいくらか薄まるような気がしてほんの少し気分が楽になった。

本当は、外に出るのも億劫だったのだ。
ただ家に居たくなかっただけで。
家には一松がいるから。いや、居るのは良いのだ、良い筈だ。自分は兄弟みんなを愛しているしそれは一松とて例外ではないのだから。

もやもやっとした気持ちを煙草の煙と一緒に吐き出す。

「俺はどうしてしまったんだ」

最近兄弟たちの様子がおかしい。
何処がどうおかしいのか、それを表す明確な言葉はカラ松にはわからないけれど。

例えば何となく視線を感じて振り返ると何時もそこにはおそ松がいる。
目が合うと何時ものヘラヘラした笑みを浮かべて『お馬さん行こーぜ、お前の奢りで』等と誘ってくるけれど、振り返ったその一瞬、ほんの瞬きの間の僅かな瞬間に見える表情は不安そうな、泣き出しそうなそんな顔だ。

問い詰めてもきっとおそ松は何も言わないだろう。
アイツはクズのくせに弟に弱味を見せるのを嫌う。
強い兄でいようとする努力を知らない訳でもないから敢えてカラ松も突っ込んで聞きはしない。

それに、いつも見ていてくれていると思うと・・・・嬉しいのだ。

それもまた、以前は思わなかった感情だ。

すぐ下の弟のチョロ松は相も変わらず『就活をしろ』だとか『ダラダラするなそれでもいい歳をした大人か』だとかを言ってくる。
けれど以前に比べて言葉の端々から感じられていたトゲが丸くなっているような気がする。

まぁ、いざとなったら僕が養ってやるけど。

ぼそりと呟いたのは何時だったか。

カラ松が目を丸くしてチョロ松を見れば照れたような顔で『お前はお前のペースでやればいいんじゃない?』なんて言う。

そんな事、長男以外から言われたことがなかった。そんな、カラ松自身を認めているような優しい言葉など。

何時からだろうか。
川を眺めながら考える。
何時から兄弟たちが変わったのだろうか。

思い出そうとして、ズキリと、頭の奥でまるで何かに弾かれたような痛みか走って思わず眉を寄せた。
同時にくらりと目眩がして欄干を持つ手に力が入る。

頭痛も目眩もすぐに治まるけれど唐突に何の前触れもなく襲われるから少し厄介だなと、声に出さずに笑う。

これは『あの時の』後遺症だそうだ。
カラ松自身は終わったことだと納得していても体はまだ覚えているらしい。
けれどそうだ。
あの後から兄弟たちのカラ松に対する扱いが変わった。

おそ松は何時もカラ松を気にかけているようだし、チョロ松はほんの少しだけ優しくなった。
末弟トド松は相変わらず『イッタイねぇ!!』等とディスって来るけれどそれでも二人で過ごす時間が以前に比べると増えた気がするし、あからさまに甘えて来ている気もする。
十四松は以前と変わらずカラ松を誘って出掛けたり屋根の上で一緒に歌ったりするけれど、時々置いて行かれた子供のような目をしている。
そして
『カラ松にーさん大好き!』
そう言葉にすることが多くなった。

兄弟たちの変化はカラ松には嬉しいことだった。

ブラザーに気にかけてもらえる。構ってもらえる。

それは何物にも変えがたい幸福だと思う。
・・・・以前が以前だけに。

「・・・・帰るか」

煙草を携帯灰皿に押し付け呟く。

本当は帰りたくない。
だけどニートで金もないカラ松には他に行く場所もなく結局は家に帰るしかないのだ。

例え家に四男がいても。

兄弟たちがなんとなくカラ松に優しくなったのに対して一松だけが何も変わらなかった。

相変わらず話しかければ無視を決め込み気に入らなければ胸ぐらを掴んで締め上げる。
向けてくる視線は射殺すみたいに鋭くてそれだけで心臓が縮み上がる気がする。
言葉も辛辣だ。
『死ね消えろ殺すぞ』
それが常套句。
何も変わらない。
以前と変わらず一松に強く当たられると何も言い返せないし、ちょっと涙ぐんでしまう。

でも一松は本当は優しいのだ。
優しくて、とても臆病なのだ。

夜、深く寝入っている時に限って。
隣で眠る一松はすがり付くようにカラ松へ手を伸ばしてくる。
震える手を躊躇いがちに伸ばしてカラ松のパジャマを掴み顔を押し付ける。そして『ごめん』と囁いてくる。

それは一松の、カラ松への態度が変わってしまった学生時代から変わる事のない隠された本当の姿だと思う。

そんな時何時もカラ松は頼りなさ気な背中へ腕を回し安心させるように軽く数回叩いてやる。
そうすると一松は安心したように眠ってしまうのだ。

そんな姿を知っているから日中の仕打ちにも堪えられたし気にすることもなく過ごす事ができた。
けれど『あの時』から一松以外の他の兄弟が変わってしまった。
それは微々たるものだったけれど、他の兄弟たちが変わったのだから一松にも変わって欲しいと、望むようになってしまった。

せめて寝ているときの十分の一だけでも。
無関心な態度だけでも変えてもらえないだろうか。
そうすればこのもやもやした気持ちも落ち着くのに。

けれどそれは口に出して望めない。
そんな事をすれば確実に息の根を止められてしまう。

身内から犯罪者を出すわけにはいかないからな。

つい先日その身内から鈍器を投げ付けられ生死の境をさ迷ったはずのカラ松が一人うんうんと首肯く。

カラ松にとって俗に言う『カラ松事変』は本当に終わったことなのだ。
確かに大怪我をして暫くは動くことも儘ならなかった。
今も後遺症が残っている。
けれど起こってしまった事は変えられないし、なら気にするだけ無駄だと。
早々に結論付けて今に至る。

元々兄弟たちのカラ松に対する扱いは雑なのだ。
『あれ』はそれが大袈裟になっただけの事。

よく言えば器が大きく優しすぎ、悪く言えば自分に無頓着で何も考えない空っぽカラ松に兄弟たちがどれだけ救われ、危機感を抱いたのか、知らないのは本人だけである。

そんな事をつらつら考えていたらいつの間にか家についてしまっていた。

ガラガラガラと少し重い引き戸を開け玄関を見れば黄色と紫の履き物がある。
黄色は5男の。
紫は4男の物だ。

カラ松はそれを視界に置きながら何時ものように『ただいま』と声をかけた。

一松からは返事はないけれど最近他の兄弟は『おかえり』と答えてくれる。

以前はもちろんそんな受け答えはなかった。
逆に帰ってくるのが意外だと言わんばかりの対応をされていたように思う。
だから『おかえり』と言うたった一言がとても嬉しい。
けれど今日はその声が聞こえない。

居間を覗けば誰の姿もない。
台所にも居ないとなれば後は二階だけだ。

・・・・別に何か用があるわけではないけれど。

「一松、十四松いるのか?」

声をかけながら階段を上がる。

襖を開けた瞬間

「「おかえりなさい」」

二人分の声が綺麗に重なってカラ松の耳に届いた。
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