おそ松さん

□片割れの事が心配で堪らないチョロ松の話
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・・・・ごめん・・・
ごめん・・・ね・・・

何処からともなくそんな『聲』が聞こえてきた。

正確には『耳で』聴こえた訳じゃない。

心に直接響いたと言うか・・・。

松野チョロ松は一卵性の六つ子の上から三番目だ。
一卵性とは不思議で流石たったひとつの卵子から発生しただけはあると思う。
昔、まだ個性がはっきりする以前はお互いがお互いの考えていることが言葉にしなくても分かった。

『僕があいつで僕たちが僕』

まさにそんな感じだった。

でもそれぞれ個性が芽生えて大人になって。
そうやって年月が経つ内に兄弟たちの事は分からなくなった。
それでも時々は繋がったりする。

同じ日に同じようなトラブルに巻き込まれたりとか、相談してないのに同じものを買ったりとか。
ーーー心の聲が聞こえたり、とか。


・・・・ごめん・・・・


聲に誘われるように大通りから外れ、裏路地に足を向ける。

心の聲は相手が心の底から強く思った時に漏れ聞こえるらしい。
でも何時でも聞こえる訳じゃない。

相手が心の底から叫ぶように思っていても全く聴こえない時もある。

『あの時も』そうだった。

聴こえていれば嘘だとか冗談だとか思わずに真っ先に半身の元へ駆け付けたのに。

ーーー後悔しても遅いけど。

だからチョロ松は『聲』が聴こえたときには何を置いても駆けつけるのだと決めていた。



その裏路地はすぐ下の弟がよく立ち寄る場所だ。
弟には猫の友達が大勢いて弟は毎日彼らが集まる場所を廻っている。チョロ松も猫好きだから時々一緒に訪れていて。

案の定裏路地を少し進めば見覚えのある紫のパーカーがそこにあった。

「ごめん・・・」

弟、一松は此方に背を向けて座り込んでいた。
たぶん猫を抱き締めているのだろう。
脇から長い尻尾が揺れているのが見える。

「ごめん・・・なさい・・・」

絞り出すような言葉は常なら決して聞くことのない言葉。

中学卒業ぐらいまで一松は真面目が制服を着て歩いているような少年だった。
誰よりも真面目で勉強も出来て素直だったと思う。
けれど気がつけばいつの間にか弟から『素直』が剥がれ落ちていた。

口を開けば憎まれ口ばかり叩き、特に次男に対しては辛辣な言葉しか吐かなくなった。
ふわふわして優しげだったのに今では卑屈で闇オーラを纏っていて、いったい彼に何が合ったのかと思う。

だけど今目の前にいる弟は中学の頃と変わらない。

反射的にチョロ松はヤバイと思った。
これは見つかったらヤバイ。
一松はたぶん今、素の状態で、それは一松自身が誰にも見られたくない姿の筈だ。

そっと足をひく。

何も告げず見なかったことにして立ち去るのがベスト。

けれどそんな時に限って思いとは裏腹な事が起きるのはお約束なのだろうか。

ーーージャリッと、足元で何かの音がした。

目の前の一松の肩が大袈裟なほど跳ね上がる。
同時にチョロ松の血の気がザァーッと引いていく。

ゆっくりと振り向く一松の目がチョロ松を捕らえた瞬間。

頭で考えるよりも早くその場から飛び離れていた。

同時に『ヒュッ』と風を切る音が耳に届く。
今の今までチョロ松が立っていた場所を何かが横凪ぎに通り過ぎる。

「ーーーえ?」

それは白銀に輝く細長い何かだった。

視線を一松へ向ければ俯き加減に此方を見ていて手には鉄パイプが握られている。

・・・・あぁ、今の、鉄パイプか。

成る程ね、と考えて我に返った。

「えぇっ!?ちょっと一松!今のは危ないでしょ!!」

チョロ松が避けてなければクリーンヒット間違いなしだった。ヒットどころか大怪我だ。
けれどチョロ松の抗議にも一松は顔を上げない。

「えーーっと、一松?」
「何でここにいるの、チョロ松」
「へ?」
「何でいるの」

低く呟く声にゾッとする。

一松は六つ子の4番目だ。
彼は次男以外の兄を呼ぶとき必ず『兄さん』と付ける。元々の真面目な性格故か下の弟たちの見本になろうとするためかは分からないけれど、それを崩すことはあまりない。

・・・キレた時以外は。

一松はキレると兄であろうが呼び捨てにする。
そして何時もより闇のオーラを深くするのだ。

今チョロ松の目の前にいる一松は真っ黒なオーラを身に纏い上目遣いにチョロ松を見つめている。

「何でいるのかって聞いてんだよ」
「た、たまたまだ!たまたま通りかかって、そしたらお前がいたんだ」

嘘ではない。でも本当でもない微妙な言い訳。
一松の聲が聴こえたから、とでも言おう物なら即座に攻撃開始だ。たぶん口封じの名の元に本気で殺しにかかってくるだろう。

それは困る。

チョロ松も決して喧嘩が弱い訳じゃない。それどころか強い方だと思っているし弟相手に負けるはずもない。ただ弟に手を上げたくないだけだ。
特に今の自分は正気だし、見てはいけないものを見てしまった後ろめたさもある。

出来るなら穏便に済ませたい。

「・・・・たまたま?」
「そう!そしたらお前が座り込んでて、どうしたのかと思ったよ」
「座り込んでたのを、見たんだ?」
「え?あ、あぁ。そうだけど・・・・」
「なら当然聴こえたよね?俺の・・・・」
「っ!」

ゆらりと一松が動いた。
ハッと思ったときには目の前まで詰められていて、鉄パイプを大きく真横に振りかぶっているのが視界に映った。

「っっっ!!どぅわぁぁあ!!」

それを体を低くすることで避けると唸りをあげて頭の上を通過していく。

「あんなの聞かれたなら死ななきゃ・・・。無理・・・生きていけない・・・。でもその前に、チョロ松始末しないと・・・・」
「始末言うな!バカヤロウ!!あと簡単に死ぬとか言うな馬鹿!」

4男に武器を持たせたらヤバイ。

これは高校の頃からその界隈に伝わる事柄だ。
一松は6人の中でもスタミナがない。だから物理的な肉弾戦は不得意だ。もちろん不得意なだけで戦えないこともないし、武器がないときはまるで猫のような身軽さで足技を中心にして戦う。
そんな一松が武器を手にすると動きが変わるのだ。

体力の無さを上手く武器を利用して補い、相手の攻撃を受けていなしてカウンターを叩き込む。
棒を持てば長いリーチを使い、飛び道具を持てば遠距離から確実に急所を狙う。

・・・・こいつ相変わらず器用だよな。

縦横無尽に振り回される鉄パイプをかわしながらチョロ松は感心していた。

チョロ松はスピードタイプだ。
素早い動きで相手を翻弄し、間合いに入り連続した蹴りで相手を沈める。

今も、振りかぶった鉄パイプを上段蹴りで弾き飛ばし反対の足で回し蹴りを叩き込めばこの喧嘩は終了なのだけど。

一松蹴り飛ばす訳にもいかねぇよなぁ・・・・。
こいつに怪我させたら十四松がやべーし、クソ長兄どもがうるせぇしな。

そんなことを考えながら体を捻って攻撃をかわす。

このまま避け続けていればいずれ一松の体力が尽きて喧嘩は終わるだろう。
けれど自慢でないがチョロ松はそれほど気が長くない。

もういっその事殴って落とすか?
蹴り飛ばすよりそっちの方がダメージもちっせぇし。

そんな物騒な事を考えていたときだった。

「楽しそうなことしてんねぇ」

のほほんとした声が響いた。

「「おそ松兄さん」」

チョロ松と一松の声が重なった。

「ナニナニ?兄弟喧嘩?お兄ちゃんも混ぜて」
「アホか!見てないで助けろクソ長男!!」
「えー?だってお兄ちゃんめんどくさぁい」

にやにや笑いながらおそ松が二人を眺めてる。

「穏便にすませられるだろ?チョロちゃんなら」
「うっせ!チョロちゃん言うな!!」

因みに長男が姿を現しても一松の攻撃は止まらない。もちろんチョロ松も止まることなくかわし続けている。

「あぁ!!もう!めんどっくせぇなぁぁあ!!」
「ーーーう、わっ!?」

一声吠えたチョロ松が一気に一松の間合いに入り込む。
驚きで目を見張る一松を真っ正面から見据えて鉄パイプを握る手を掴んだ。
反対の手で紫のパーカーの胸元を握り、そのまま体を沈め投げ飛ばせれば教科書通りの背負い投げの完成だ。

もちろん一松もただでは投げられない。
どうやったのか投げられる寸前チョロ松の腕から逃れ、同じタイミングで飛んで両足で着地する。

「ーーーっ、と。あっぶな!」
「おぉーー。すごいじゃん。いちまっちゃん」

その場にそぐわない、何処までも暢気気な声と拍手の音が響いて。

完全に二人の気が削がれてしまった。

「なんなのお前。マジで猫なの?」
「にゃーーん」
「えぇ?せめてもっと可愛く鳴いてよ」
「そのツッコミもどうかと思うよ?チョロちゃん」
「だからチョロちゃん言うな!」
「て言うか、どうしたの?おそ松兄さんまで」

一松からはさっきまでの闇オーラが嘘のように消え去っていた。
雰囲気もすでに通常モードだ。

こう言うときチョロ松はおそ松を『長男』だと強く感じる。

何れだけ荒れた空気でもその存在ひとつで和ませて無かったことにしてしまう。認めたくはないけれどさすがカリスマレジェンドだ。
認めたくないけど。

「んー?あぁ、一松の声が聞こえたからさ。で、来てみたら愚弟どもが大喧嘩おっ始めてた、と」
「・・・・おそ松兄さんにも聞こえてたの?何処まで駄々もれ・・・・、やっぱり死ぬしかない?」
「だから軽々しく死ぬとか言うなって!おそ松兄さんも余計なこと言わない!」
「で、どうしたの一松は」
「え?」
「何で謝ってたの?またカラ松?」
「・・・・」

一松が何かを言いかけて口を閉ざす。

まぁ、一松が必死になって謝る相手と言えば次男以外思い付かないけど。

昔はチョロ松よりも気が短くて喧嘩早かったカラ松はいつの間にか穏やかで優しい性格に変わった。
いや、昔から優しかったから根本的には変わってないのかも知れないけど。
カラ松がそうなったのはたぶん中学くらいの頃だ。

それぞれ個性が出てきて、横並びの六つ子に兄や弟の概念が生まれた頃。

おそ松、カラ松、チョロ松が兄で
一松、十四松、トド松が弟。
気がつけばそうなってて、カラ松は兄として弟たちの面倒を見ていた。
一松がカラ松に絡み出したのも同じ頃だ。

あの頃の一松はいじめと言うほど大袈裟ではなかったけれどクラスの中で少し浮いた存在だったらしい。
真面目で優等生と言うやつはいい意味でも悪い意味でも目立つものだ。

自己主張があまり上手くなかった一松は日々のストレスを内に内に溜め込んでいた。
それはおそ松もチョロ松も知っていたしカラ松も気づいていた。
ただおそ松もチョロ松も自分の事で精一杯で結果的にカラ松に任せてしまっていた。

きっかけが何だったのかはチョロ松は知らない。

けれどたぶんカラ松が『そうなるように』一松を誘導したのだと、後で思った。
日頃の八つ当たりをしたのがきっかけで、一松はカラ松に当たり散らすことでストレスを発散するようになった。

カラ松は基本的に何をされても言われても笑って許してしまう。
でも傷付かないはずがないのだ。

それもちゃんと分かっていたけれど、優しい次男に甘えていたのだと思う。

一松も、そしてチョロ松も。

「もうさ、一松も子供じゃないんだからカラ松に当たるの止めれば?」
「当たってる訳じゃ・・・・。あいつ見るとつい・・・・言っちゃうんだ」
「つい、って。そんな条件反射で当たられたらカラ松が可哀想だろ」
「・・・・分かってる、けど・・・」
「まぁまぁチョロちゃん落ち着いて。片割れが心配なのも分かるけどさ、一松だって悪気がある訳じゃないんだから。ただちょーっと、素直になれないだけだろ?」
「・・・・・・・うん」

こくりと頷く。

素直に『うん』とか可愛いじゃねーか。
とか考えて思わず頭を抱える。
弟に可愛いとか、何なの自分。いや、可愛いんだけどさ。

「十四松にも言われた。だけどなかなか直せなくて・・・」
「それでこんな場所で謝ってたのか。そうかそうか」

おそ松が手を伸ばして一松の頭をゆっくりと撫でる。

「大丈夫。カラ松はちゃんと分かってるから。だけど次はあいつに直接言おうな」
「うん・・・・」


『カラ松はちゃんと分かってるから』


おそ松の言葉を聞きながら、それはどうだろうか、そう思った。
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