おそ松さん

□カラ松が大好きな兄弟たちといろいろ察してる末松の話
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松野家の六つ子は意外にもアグレッシブだ。
ニートのわりに趣味も多く日中は外出している時が多い。

末弟トド松もそうだ。

体を動かすことが好きなトド松はその日もいつも通りジムで汗を流していた。

程よく運動をし、ついでに可愛い女の子の連絡先もゲットしてほくほくしながら帰る準備をしていた時だった。

言葉に現せないほどの『嫌な感じ』に襲われたのは。

兄弟の中で一番勘が鋭いのは十四松。
次がトド松だ。
そしてトド松が『嫌な予感』を感じ取ったときは高い確率でそれが当たる。

「ねぇ、トッティ。この後ヒマならご飯行かない?」
「ーーー、えっと・・・」
「美味しいスイーツのお店、知ってるんだぁ」

にっこり笑って誘ってくるのは最近知り合ったジムの女の子。
顔はそれほど可愛くないけれど話すと楽しくてちょっとお気に入りだ。
トド松がニートだと知っていても『そうなんだ』の一言で会話を終わらせてくれるのも気に入ってる。

「あーーー、ごめん!!また今度でもいいかな?!」

普段なら女の子からの誘いを断る事なんてない。当然だ。こんなチャンス滅多にないのだから。でも。

「ちょっと兄さんから連絡あって」
「あぁ、噂の5人いるお兄さん?仲いいよねトッティ」
「うん。みんなクソニートなんだけどさ。て事でごめん!」
「ううん、いいよ気にしないで。じゃあ、またね」

ほんとに良い子だ。これでもうちょっと可愛かったら言うことないんだけど。

なんて罰当たりな事を思いながら彼女に手を降って走り出す。

ざわりと感じた嫌な予感はまだ胸の奥で燻っている。
現に運動の後だと言うのに二の腕には鳥肌が立っていた。

「もう!なんなのさ!!」

腕を擦って走りながら家に電話をかける。

「誰もいないの?!あぁ、もう!どうしろ、つーの!!」

家に誰もいないならもう誰にも連絡は取れない。
兄弟でスマホは1台だけでそれは今トド松の手にあるのだから。

今度バイト代出たらあいつらのスマホ契約してやろうか。一番やっすいプランで。じゃないといちいちめんどくさい。

そんな事を考えながら全速力で街を走り抜けていく。

足の速さならチョロ松や十四松には敵わないけれど持久力ならトド松も負けてない。伊達に六つ子なんかやってないのだ。逃げ足の速さくらい磨いておかないと余計な喧嘩に巻き込まれてしまう。
ただでさえ目立つ六つ子。
その上喧嘩早いのが3人もいるのだ。
学生の頃は兄達に間違われて、とか憂さ晴らし的にとかで大変な目にも遇ってきた。
だからトド松の足の速さは折り紙つきだ。

ほとんど休憩もなく駆け抜けて家に辿り着く。

玄関の少し重い引き戸を開け、ただいまもそこそこに階段を駆け上がって『スパーン』と子供部屋の襖を乱暴に開けた。

「十四松兄さん!!」
「トッティ!」

6畳の部屋の真ん中にすぐ上の兄がいた。
驚いて見上げる顔は泣きそうに歪んでいる。
その兄の膝の上に、次男が俯せで頭を乗せていた。

「カラ松兄さん!!」
「急に頭が痛いって気を失って・・・。でも大丈夫だよ」
「何が大丈夫なのさ!カラ松兄さん!」

慌てて駆け寄って次男の肩を揺らす。

「・・・・ん。トッティ、大丈夫だ」

意外なことに次男がトド松の声に答えた。軽く手も上げるけれど俯せのまま動かない。

「どうしたの?!カラ松兄さん!」
「少し眩暈が酷くてな。でも心配には及ばないぞ。しばらくこうしていれば治まるから」
「本当に・・・大丈夫なの?」
「あぁ。十四松もすまんな。足が痺れただろう?」
「おれは全然平気。だけどにーさん、やっぱり病院で診てもらおうよ」
「大丈夫だ。お前たちは心配性だなぁ」

僕たちが心配性なんじゃなくてカラ松兄さんが自分に無頓着なの!

ってツッコミをぐっと飲み込む。

「カラ松兄さん、薬は?眩暈止めの」
「あぁ、そこの本棚に」
「分かった」

言われた場所を見ると確かに薬の袋が合った。それを持ってカラ松の頭の方で座り、まだ掛けたままだったカバンから水のペットボトルを取り出す。

「薬、飲んで」
「悪いな」

そう答えるものの頭は上げない。

『あの時』以降時々こうしてカラ松は動かなくなる事があった。

頭痛と眩暈

それが後遺症らしい。

頭痛と眩暈も一瞬で治まるときもあれば今みたいに長い時間眩暈で動けないときもあるそうだ。

初めて見たのは家族が揃った食事時だった。

急に頭を押さえて蹲ったカラ松にトド松も他の兄弟たちもただ呆然と見ているしか出来なかった。

一瞬早く立ち直ったのがチョロ松で、さすがは片割れだとちょっと感心した。
トド松的には次男三男の双子説は信用していないけど。
それでも冷静に対応したのは凄いと素直に思ったのは確かだ。

だってやっと怪我が治って動けるようになった後だったから。ようやく元気になったんだと安心した直後だったから、トド松は体がすくんで動けなかった。

そんな兄弟達に、症状が治まったカラ松は『すまないな』そう言った。その一言で済ませようとした。
その痛みが何なのか、どうして起きるのか一言も喋る気がないのが明らかで、十四松の卍固めとおそ松の擽り攻撃でようやく教えてくれたカラ松は自分たちよりも申し訳ない顔をしていた。

『大したことではないから気にすることはないぞ』

そんな筈がないだろうと兄弟全員が考えたのは口にしなくても分かった。
その後だった。
『カラ松にもっと優しくしよう』と突然チョロ松が言い出したのは。

正直トド松には意味が分からなかった。いや、言った言葉の意味は理解できる。ただ、優しくするのが『どうやるのか』が分からなかったのだ。
だって自分は兄たちよりもカラ松を大事にしてる。
学生の頃までは相棒としてすぐそばにいたし、誰よりもカラ松を分かっていたはずだから。

『じゃあさ、優しくするんじゃなくて素直になる、ってどうかな?』

途方に暮れてすぐ上の兄に相談したら十四松はそう答えてくれた。

それもまたトド松には難しい事だったけど、次の兄の言葉に胸がどきりとした。

『ちゃんとカラ松にーさんに伝えないと、にーさんどっかに行っちゃう気がする』

それはチョロ松が口にした言葉と同じだったから。

不思議なことに三男から聞くと反発したくなる台詞も五男が言えば素直に心に響く。

だからトド松はそれ以降出来る限り次男に素直でいようと心掛けている。


「カラ松兄さん、まだ起きれないの?」
「・・・ん?いや、どうだろうか」

次男がむくりと頭を起こしてトド松を見る。
兄弟の中でもくっきりした眉毛のカラ松は表情を消すと一見強面に見える。現に寝起きの顔は凶悪で、三白眼のチョロ松にそっくりだ。
けれど兄弟、特に弟たちを見ると途端に眉尻を下げてふわりと笑う。

それはまるで花が咲くようで、トド松はその笑顔がとても好きだ。

・・・男の兄弟、しかも一卵性の兄にに使う例えじゃないけど。

「あぁ、大丈夫そうだ」
「そう?良かった。じゃ、十四松兄さんから降りて」
「トッティ・・・。おれはこのままでもいいんだよ?」
「兄さんが良くてもね。もうすぐ他の兄さんたちが帰ってくるから。見られるとめんどくさいでしょ、いろいろと」
「あーーー・・・」

十四松の目が大きな猫目になる。
長い袖で口許を押さえてチラリと膝の上のカラ松を見た。

「すまない。すぐに退く」
「ううん、いいの。カラ松にーさんがおれに甘えてくれるって激レアだし」
「激レアって・・・」
「確かにそりゃ激レアだけどさ。でもほんとめんどくさいよ?」
「いや、それ以前にトド松。みんなが帰ってくるって何故分かるんだ?お前には時の女神の加護があるのか?」
「うん、いやいやそんなご加護はないけどね。でもそのくらいは分かるんだ」
「何故?」
「だってみんなカラ松兄さんが、・・・・大好きだから」

カラ松や十四松は再々口にするけれど『大好き』と言う言葉はなかなかに恥ずかしい。
だって女の子に言うならともかく男に言う大好きって、ないわー。

なんて思うからつい言葉尻が小さくなる。
けれどカラ松にはちゃんと聞こえたようで、トド松を見る目が丸くなった。

「大好きって、誰が?」
「だからみんなが」
「誰を?」
「・・・カラ松兄さんを、だけど」
「・・・・・・あの時は迎えにも来てくれなかったのに?」

トド松の心臓に鋭い痛みが走った。
十四松も同じだ。
目を大きく見開いてカラ松を見ている。

カラ松が言う『あの時』は間違いなくあの時の事だ。
何度謝っても『気にするな』と言われ、謝罪すら受け取ってくれないのかと激しく落ち込んだあの時の事はたぶん死んでも忘れない。

カラ松は二人のそんな様子を不思議そうに見て、不意に自分が口にした言葉に気付いたのか慌てて手で口を押さえた。

「っ!すまない!!今のはナシだ。気にしないでくれ」
「・・・・・・何で?むしろ気にして欲しいでしょ?」
「いや、だってもう済んだことだろ?」
「済んでないよ。済んでないからカラ松兄さん倒れちゃうんでしょ?何でそうやって何でも許しちゃうの?馬鹿なの?」
「それが・・・・・・兄だろう?」
「やっぱり馬鹿でしょ。知ってた。あのね、おそ松兄さんだったら死ぬ直前まで文句言ってるよ。そのくらいの事を僕らはしたんだよ?」
「俺をおそ松と一緒にするな。俺はあいつほどクズじゃないぞ」

真顔で言うカラ松に、ふはっ、と十四松が笑った。

「にーさん相変わらずおそ松にーさんには粗塩っすねー」
「まぁ、構ってちゃんはひとり居れば充分なんだけどさ。でもさ、カラ松兄さんはもっと僕らに甘えてくれても良いんだよ。僕たちちゃんと受け止めるから」
「だが・・・」
「兄だとか弟だとか、そんなの関係ないよ。だって僕ら六つ子でしょ?」
「おれ言ったでしょ?みんなカラ松にーさんが大好きなんだ」

カラ松が瞬きをしながら二人を交互に見る。
それは何か信じられないものでも見ているようで、トド松はクスリと笑った。

「もう少ししたら嫌でも分かるから」
「何が?」
「みんながどれだけカラ松兄さんが好きなのか、だよ」
「ビックリしちゃうよ、にーさん」

にっこり笑って十四松が言った。
その声に被さるように玄関の扉が開く音がして、物凄い勢いで誰かが階段を駆け上がる音が響いた。

そして。

『スパーーン』と襖が開いた瞬間、残りの兄弟たちが飛び込んできたのである。
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