おそ松さん

□気持ちに向き合う次男と背中を押した片割れの話
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カラ松はじっと自分の自意識を見つめていた。

夏の空のように真っ青なそれ。
曇りのない透き通る蒼にいつから染みが出たのか、どれだけ考えても分からない。


『おれには濃い紫色に見えるよ』


十四松に言われてから数日が過ぎていた。

あの日よりその染みは広がっている。
最初は真っ黒な点だったのに広がり面積が大きくなってくると確かに紫に見えないこともない。

・・・・・・紫は一松の色。

一松の心境に何があったのか分からないけれど最近の一松は怒る事が少なくなった気がする。
会話は相変わらず少ないけれど、無視されたり掴みかかられたりしなくなった。

それはそれで嬉しいけど、寂しいと言うか・・・。

「ドMか。俺は」

思わず言葉にして自嘲気味に笑ってしまう。

分かっているのだ本当は。
自分の自意識に一松の色が現れる意味を。
でもそれは許されることではない。と言うよりそう思う事自体がおかしいのだ。
全部分かっている。

だから『あの出来事』はカラ松にとっては丁度良かったのだ。

「よぉチビ太」

いつもの公園のいつもの場所に幼馴染みを見付けて軽く手を挙げる。

屋台の準備をしていたらしいチビ太はカラ松の姿を見て一瞬硬直したけれど、ふいっと視線を逸らした。

「まだ準備中でぇ!」
「ま、堅い事言うなよ」
「邪魔しねぇなら座っとけ」
「じゃ、遠慮なく」

屋台に備え付けのイスに腰掛けておでんの仕込みをぼんやりと見つめる。

「・・・・・・・・・もう、怪我はいいのか?」

ポツリと呟いたその声は消え入りそうでいつもの威勢の良さは少しもない。

「あぁ。もう何ともない」
「あれは?頭痛」
「そっちは時々」
「・・・すまねぇ・・・・・・」

チビ太はカラ松が一人で訪れると必ずそう聞いてくる。
もう何度目かも分からないその受け答えにカラ松は低く笑った。

「いいさ。気にしなくてもいい」
「だけど、おめぇ・・・」
「最近なブラザーたちが俺を好きだと言ってくれたんだ。初めは何のデリバリーコントかと思ったが、どうやら本気らしくてな。だからもういいんだ」

チビ太の誘拐から始まり鈍器を投げ付けられて生死の境をさ迷った『カラ松事変』。

カラ松にとって誘拐の一件はもう終わったことだ。
だから誰に何度謝られても『気にするな』としか言いようがない。
犯人であるチビ太に対してもそうなのだ。

まぁ確かに、兄弟たちが自分に興味が無い事があからさまに分かってしまって、悲しくはあったけど。

それももう済んだことだ。

第一カラ松の心を抉ったのはそれじゃないから。

「そりゃあ、良かったな」

ぼそりと言ってカウンターに小鉢を差し出す。

「出来るまでそれでも食ってろ」
「すまないな」

チビ太は六つ子たちと長い付き合いだ。だからよく知っている。
カラ松の、誰に何をされても言われても怒らないのは兄弟限定であることを。
この優しい男は兄弟以外の相手には手加減なく冷酷なのだ。

さすがにチビ太もあの一件はやり過ぎたと反省していた。
まさかあいつらがあそこまで酷いとは思ってなかったし。
カラ松が大泣きしていたのもハッキリと思い出せる。
それだけにやり返されるのではないかと心配していたのだ。

「チビ太は料理が上手だな」
「あ?」
「マミーには及ばないが、チビ太の所へ行けばうまい飯が食えるのかな?」
「カラ松?」
「実は家を出ようかと考えていたんだ」

その言葉に、思わず仕込みの手が止まる。

カラ松を見れば小鉢をつつきながら穏やかに笑っていた。

「おめぇ・・・、大丈夫か?」
『頭の具合は』と言う言葉は飲み込んだ。

カラ松は子供の時から兄弟が大好きだった。兄弟と一緒に居ることが何よりも好きだった。
そんなカラ松が兄弟たちと離れる選択肢を持っていた事に少し驚愕する。
でもチビ太の表情で飲み込んだ言葉に察しがついたらしいカラ松は意外そうにチビ太を見返した。

「頭は大丈夫だぞ。・・・あんな目に合ったんだ。そう考えても仕方がないと思わないか?」
「ーーーっ!」
「あぁ、すまない。口が滑ったな」

口元を吊り上げニヤリと笑う。
そういう顔をするといつもの穏やかな雰囲気がなくなってカラ松は極悪人のようになる。

それは兄弟たちには見せることの無い表情だ。

「・・・・・・すまねぇ・・・」

チビ太が小さく謝ると、途端にカラ松の表情が変わった。

「チビ太とは付き合いが長いし幼馴染みだからな。第一ツケを溜め込んでたこっちが悪い。このくらいで許してやるさ」

いつものように穏やかに笑ったカラ松が『酒をくれ』と、そう言う。

「少し話を聞いてくれないか?幼馴染みとしてではなく、店主と客として」
「店主と・・・客?」

それはつまりチビ太の個人的な意見は必要ないと言うことだ。
遠回しに、聞き流して欲しいと言うカラ松にチラリとチビ太が視線を向ける。

「ならちゃんと金払えよ?」
「もちろんだ。俺は客だからな」

カウンターに置かれた酒を一気に煽ったカラ松が大きく息を吐き出した。

「何から話すかな?一卵性の近親相姦ホモの話でもするか」

薄く笑ったまま告げられた爆弾にチビ太の手からお玉が滑り落ちた。

「ーーーーーーは?」
「俺は近親相姦ホモだったんだ。それに気がついたのは高校の時だった。あぁ、近親相姦だからな。安心していいぞ」
「いや、迫られても困るけどよ。つーか、お前どんだけナルシストなんだよ・・・」
「俺は確かに俺が好きだが自分に欲情はしないぞ?」
「おいおいおい。生々しいなぁ」
「とは言えちゃんとレディーも好きだ。ブラザーをオカズに抜こうと思ったことは無いからな。ただ、まぁそこいらのレディーよりブラザーの事が好きだしそばに居たいと思ったことは確かだ。そいつは不器用なヤツでなぁ。誰よりも真面目で優しかったが、自己主張が苦手だったんだ。中学の時にクラスの連中と揉めてめちゃくちゃ荒れた。丁度反抗期も重なってたしな。そりゃ凄かった」

懐かしそうに目を細めるカラ松を見ながら、はてそんなヤツがいたのかな?とチビ太は思った。
少し考えて、頭を振る。

今の自分は『おでん屋の店主』で目の前の男は『一見の客』だ。酒の席での客の詮索はご法度。それが暗黙のルールであり、それが守れない店には客は寄り付かない。

「ブラザー全員反抗期の時期はバラバラだったんだが、長男以外は自分より上の兄貴に反抗していたと思う。そのストレスの発散方法もバラバラで、長男はダディと殴り合いをしていたし、末弟はよく三男に絡んでいた。三男と四男は内に溜めることが多かったが、三男の場合他に当たって発散していたな。アイツは喧嘩馬鹿だったから。まぁ、俺もその口だったがな。四男はさっきも言ったが自己主張が苦手で、いろんな感情を自分の中に溜めていた。あのままだったらきっと自殺でもしていたかも知れないな。だから俺がきっかけを作ってやった」
「どうやったんだ?」
「忘れた。でもそれから四男は俺に当たり散らすようになった。殴るは蹴るわ暴言を吐くはで今考えても凄かったぞ。それは今でも余り変わらないんだがな」

二杯目の酒をグイッと飲み干す。

「あの頃の俺は自分に酔っていた。優しい兄である自分。弟の苦しみを解放する自分。だから、まぁ苦ではなかったんだろう。それにな、弟は本当は素直なんだ。あいつ寝惚けてたまに俺にすがり付いて謝ってくるんだ。それが可愛くてなぁ!そう言うのをツンデレって言うらしいな。三男が言ってた」

・・・・・・ツンデレ・・・。
脳裏に浮かぶあの四男がツンデレだとか想像も付かない。
チビ太から見ても何処にデレがあるのかと思うくらい、カラ松に対する当たりがキツかったから。

「気が付いたら俺は四男ばかり見ていた。それもまたアイツの気に触ったんだろうな。アイツは俺を視界に入れなくなり、俺が何かを話せば罵詈雑言を投げ掛けてくるようになったんだ」

三杯目を注いでやりながらチビ太は首を捻る。

「それの何処に惚れる要素があるんだ?」
「たぶん俺はな、もっと小さい頃からすでにアイツに惚れていたんだ。それに気づいたのは高校でやってた部活の女子に告白された時だ」
「えっ?!おめぇ、コクられた事があるのかよ!!」
「あぁ。俺はこれでもモテていたらしい。おそ松には内緒な」

口元に指を立てて片目を瞑る。

「女の子に好きだと言われて素直に嬉しかった。だが、違うと思ってしまった。その時浮かんだ顔が、一松だったんだ」

コップに口を付け、それも一気に呑んでしまう。

「驚いたと同時に納得した。でもこの感情はダメだとも思った。男が好きなだけでも結構な禁忌なのにしかも弟が相手だ。ダメに決まってる。だから俺はこの秘密を墓まで持っていこうと決意した。丁度一松からは酷い扱いをされていたからな。だが、俺は兄弟から離れられなかった。あの時離れていればまた違った結果になっていたのかも知れないのに」

高校3年の時の演劇コンクール。
満場一致で最優秀賞を勝ち取ったその舞台で主役を演じたカラ松には惜しみ無い称賛が贈られた。
もともと才能があったのだろう。
その演技がプロの目に止まりある有名な劇団からスカウトが来た。

高校卒業を目前にした時だ。

条件はただひとつ。
その劇団が所有する寮に住むだけ。

けれどカラ松はその話を断った。

演劇は好きだった。
ずっと続けたいとも思っていた。
でも自分の夢よりも兄弟と居ることを選んだのだ。

「弟が好きだ。そんな想いを抱えたまま共に暮らすのはかなり苦しかった。だから俺は演技をすることにしたんだ。特定の一人を好きなわけではなくブラザーみんなが好きだと。実際そうだったから演技はいつの間にか本物になった。ただそうすると今度は見返りを求めるようになった。俺がこんなにブラザーを愛しているのだからブラザーも同じくらい返して欲しいと。まぁ、残念ながらブラザーの俺に対する態度は散々だったが」

それは違うとチビ太は思う。
あの兄弟たちはカラ松の事が大好きなのだ。好き過ぎて素直になれないだけだ。同時にカラ松は優しいから何をしても許されると、甘えていたのだ。

「チビ太に誘拐された時」

4杯目はひと口だけ口に含んで両手でコップを握りしめる。

「あいつらは俺を見捨て、煩いからと鈍器をぶつけて来た。でもそれはいい。いつもの事だから。だけど・・・・・・」

カラ松の脳裏に『赤い色』が浮かび上がった。
赤い夕日と5つの影。
自分が分け居る隙が無いほど完成された風景。

「以前誰かが言っていたんだ。6人より5人の方が収まりがいいと。その時は何を馬鹿なことを、と思っていたがなるほど確かに5人の方が絵的にも様になる。その5人に俺は必要ないのだとあの時思ったんだ」

手の中のコップがミシリと音を立てた。

「割るなよ?」
「あぁ、すまない。おかわりを頼む」

そう言ってまた一気に飲み干す。

「飲み過ぎじゃないのか?」
「大丈夫だ。思ったほど酔ってないから」
「なら、良いけどよ」

ため息をつきながら新しいコップに酒を注いでカウンターに置く。

普段のカラ松ならこんな飲み方はしない。兄弟の話を聞きながらゆっくり呑んで、どちらかと言えば潰れた兄弟の世話に回る方だ。
それほど今日は吐き出したい何かがあるのだろう。

・・・・・・近親相姦ホモなんて話、そりゃ素面じゃ出来ねぇよなぁ。

そう思うからチビ太も強く止められなかった。

「俺は兄弟たちには必要ない。なら俺があそこに固執する意味もない。怪我が治って動けるようになったら出て行こうと、そう思った。六つ子であることを止めて、兄弟を捨てて。そう考えたら今度は心の底に押し込めた気持ちが溢れてきたんだ。兄弟じゃなくなったらこの気持ちを表に出してもいいんじゃないか?伝えることは出来る訳がないが抱えていても許されるんじゃないか?」

酒をひと口呑んでカラ松がふわりと笑う。

「一卵性の兄弟と言うのは不思議なものだ。俺が出て行こうと決めた時、チョロ松に言われたんだ。『何処にも行くな。お前はここにいろ』」

目の前に一瞬確かにチョロ松が見えたとチビ太は思った。
口調も顔つきも声までチョロ松を真似たカラ松がふっとため息をついた。

「本当に厄介な繋がりだ。特にチョロ松とはな。あいつは俺の片割れだから油断すると気持ちが筒抜けになってしまう。そんなもの無視して出て行くことも出来たんだが・・・やっぱり俺はブラザーから離れる事が出来なかったんだ。あの誘拐の後から急にブラザーたちが優しくなってしまったからな」
「良かったじゃねぇか」
「そうだな。だが欲を言うなら心の蓋を開ける前にそうなって欲しかった。一度表に出してしまった気持ちはもう押し込めることが出来ないほど膨らんでしまっていたから」

目尻を赤く染めたカラ松が額にコップを当てて自嘲気味に笑う。

「俺は一松が好きだ。だが兄である俺が弟を性的な意味で好きなのだと知られるわけにはいかない。なら家を出ればと思うがブラザーたちはそれはダメだと言う。最後の手段で隠し通そうと思ったが、どうやら十四松にバレてしまった。もう、俺はどうすれば良いのか分からないんだ」
「・・・・・・それが、聞いて欲しい事なのか?」
「あぁ。そうだ」
「そうか・・・」
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