おそ松さん

□一松がちょっとだけ素直になった結果の話
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いつもの日課である猫たちの見回りを終え、家に戻った一松は居間に見慣れた青色がいないことに僅かに顔色を変えた。

「・・・カラ松は?」

誘拐されたカラ松が満身創痍で帰ってきた所謂『カラ松事変』の後、一松はカラ松を目で探すようになった。

寝込んでいたときはそっと襖の隙間から覗いてそこにいることを確認して、怪我が治ってからは出掛けるカラ松の後を着いて行ったり無事に帰ってくるのを今か今かと待ちわびて、その姿が見えれば安心していた。

側からいなくなって初めて自分にはカラ松が必要なのだと気が付いたこの気持ちは墓場まで持っていくと決意している一松だが、残念ながら兄弟たちには隠しきれてはいない。

「まだ帰ってないよ」

窓から体を乗り出して外を見ていた十四松が振り向かないまま答えた。

「そのうち帰ってくるんじゃねーの?」
「カラ松兄さんも子供じゃないしね」

軽く言うおそ松とトド松も言葉の中に不安を忍ばせている。

「でも心配だよね」

ポツリと呟く十四松にその場の誰も反論しなかった。

「まぁ、さっきチョロ松が探しに行ったし大丈夫なんじゃないの?」
「うん。でも・・・」

なんとなく十四松の隣に立って外を見る。
通りは茜色の夕日に染められていた。

「カラ松にーさん、夕焼け嫌いなんだよね」
「・・・そうなの?」
「うん。聞いた訳じゃないけど一回だけ、聞こえちゃったんだ」

矛盾するその言い方。
けれど松野家の六つ子にはその意味が分かる。

一卵性の六つ子である彼らにはお互いの心の声が不意に聞こえる時がある。
それを彼らは『繋がる』と言う。

「え?十四松兄さん、カラ松兄さんの声が聞こえたことあるの?」
「一回だけね」
「そうなんだ・・・・・・」

珍しい・・・。
一松はそう思った。

心の声は何時も何時でも聞こえるわけではない。
大人になってからは特に繋がりにくくなってしまった。それでも長兄二人以外の声は今でも時々聞こえてくる。

つい先日、十四松の切羽詰まった声が聞こえたばかりだし。

「カラ松はさ、空っぽだから」

おそ松の声に弟たちが視線を向けた。

「心に余裕がありすぎていろんなもん溜めれるんだ。だから滅多に外には出さないんだけどな。珍しいなぁ」
「おれもビックリした。だけどカラ松にーさんおれに聞こえたの気づいてないっぽかった」
「あぁ、あいつ鈍いからな。昔チョロ松が一方通行だって嘆いてたわ」
「それでカラ松なんて言ってたの?」
「嫌だ、って。それだけ」

兄弟たちはカラ松が退院したその日に自分達を見ていたなんて知らない。
だから何故夕日が嫌いなのかは分からない。

「おそ松兄さんの色だから?」
「トーッティー?さらっと毒吐くの止めてくんないかなぁ?お兄ちゃん泣きそうだよ」
「え、でも、それって凄く嫌いって事だよね?迎えに・・・行く?」

一松の言葉に十四松がうーんと考える。

「チョロ松にーさんが行ったんなら大丈夫と思うけど・・・」

カラ松とチョロ松は6人の中でも特に似ている。
いや、顔つきは全く正反対だ。
眉が太くて凛々しい顔をしたカラ松とヘの字に下がった細い眉で優しい顔をしたチョロ松。
体つきも違う。
カラ松は筋肉質でガッチリしているけれどチョロ松はどちらかと言えば細身だ。
けれど2人はふとした時にそっくり同じに見える。

背すじがスッと伸びた立ち姿とか、寝起きの顔だとか。
驚いて目を丸くした顔などは笑いが込み上げるほどそっくりだ。

もちろん全員一卵性の六つ子だから似ていて当たり前なのだけど、あの二人は特別だと、兄弟全員が認識していた。

「チョロ松なら首根っこひっ捕まえてでも連れて帰るだろ」
「でも案外一緒に飲んでるかもね」
「あーー、あいつら仲良いもんなぁ・・・。双子設定だし。お兄ちゃん寂しい」
「設定とかじゃなくて、本当に双子なんでしょ?」

昔チラリと耳にした事を一松が口に出すと長男と末弟が同時に叫んだ。

「「そんなの信じてないもん!!」」

そしてさめざめと泣き真似をする。

この二人も大概似てるよなぁ、なんて思いながら見ていたら後ろから十四松に呼ばれた。

「一松にーさん探してきて」
「は?何で俺が?」
「カラ松にーさんはたぶん一松にーさんに探してほしいと思ってる・・・・・・から?」
「何でそこ、疑問系・・・?」
「分かんない!!」

にぱっと十四松が笑った。

「いや、俺が行ってもクソ松喜ばないでしょ」
「大丈夫だよ!だってカラ松にーさん一松にーさんのこと大好きだから」
「・・・またそれ?何なの・・・。俺の事なんか好きになるはずがないでしょ」

優しくしたことなど覚えてない。
そばに居れば無視をして声が聞こえれば怒鳴っていた。
キザったらしい台詞回しにムカついて胸ぐらを掴む事など日常茶飯事だし。

普通の神経をした人間なら自分に対してそんな扱いをする相手を好きになるはずがない。

本当は・・・そんな風にしたい訳じゃない。
他の兄弟と同じように心配して声を掛けたい。けれど長年染み付いた習慣が変えられないのだ。

「一松ぅ。迎えに行ってきてぇー」
「はぁ?おそ松兄さんまで何?!」
「だってカラ松とチョロ松が二人仲良くイチャイチャしてたら泣いちゃうもん」
「止めて!おそ松兄さん!!兄二人のイチャイチャシーンなんか想像したくない!!」
「え?!セクロス?」
「ぎゃーーっ!!止めろ!十四松兄さん!!」

わーわー騒ぎ出す3人を見ながら、ふと窓の外に視線を移す。

外はまだ茜色に染まっている。
この景色をカラ松は『嫌だ』と強く思ったのか。あの広い心から溢れ出すほど強く。

「・・・・・・分かった、行ってくる。でも二人とも酔い潰れてたら俺一人じゃ無理だから、トッティスマホ貸して」
「ん」
「電話したら迎えに来てよ?絶対」
「えぇー?お兄ちゃんめんどくさぁい」
「・・・・・・殺すぞおそ松兄さん」
「えーーん。四男が怖いぃぃ」

泣き真似をする長男の頭を長い袖でポフポフ叩きながら十四松がにこりと笑った。

「行ってらっしゃい、一松にーさん」
「ん。」

そんな十四松に頷いて一松は出掛けていった。





「行ったか?」

おそ松の声に外を見ていた十四松が頷く。

「うん、行った行った!」
「もう、なんなのさ。この茶番は」

ぷくっと膨れるトド松の頬っぺたをつついておそ松が、へへへっと笑った。

「トッティ拗ねないの」
「トッティ言うな!で、何?いい加減教えてくれる?」

トド松が帰ってきた時に家にいたのは長男と五男だけで三男は出掛ける所だった。
その三男はひと言『カラ松探しに行ってくる』そう言っただけで行ってしまった。

もうそろそろ日が暮れる。

普段なら昼過ぎには次男は帰って来る。何処へ行っていても何をしていても。トド松と出掛けていても必ず昼を過ぎる頃に『帰るか』と、そう言うのはカラ松だった。

「チョロ松兄さんが探しに行ったんならわざわざ一松兄さんを行かせる事ないでしょ?」

いるはずの兄がいなくて不安に思ったのはトド松も同じだ。
しかも、あの広い心から溢れてしまうほど夕日が嫌いなのだ。

探しに行きたいのはトド松も一松と同じ。
でもチョロ松が行ったから我慢していたのに。

「ブラコン拗らせすぎた四男を長男様がそろそろ救済してやろーかな、ってね」

にやっと悪そうに笑う長男にトド松は冷ややかな視線を向ける。

「余計なことしてますます拗らせたらどうするの?」
「だけどさー、このままなのも見ててイラッとするんだよねぇ」
「確かに!」

おそ松の言葉に間髪いれず十四松が頷いた。

そりゃ、まぁ・・・僕もそう思うけど。

言葉にせずため息をつく。

四男は次男に執着していると気付いたのは『あの時』以降だ。

カラ松が誘拐されたと聞いたときには小躍りして喜んでいた一松は、両親からカラ松が意識不明の重傷で入院したと聞いた瞬間、青ざめて倒れそうになっていた。
一松がカラ松にだけ冷たい態度を取るようになったのは中学生の頃。

その頃カラ松は急に『兄』に目覚めたのか何かにつけてお兄ちゃんぶっていて少し鬱陶しかった気がする。

それまで六つ子は全員横並びで誰が誰でも同じだったのに、個性が出始め『兄』と『弟』に別れていった。
とは言えトド松は元々『末弟』だったから特にその事に関しては変わりがない。
同時に兄弟の中でおそ松は『長男』だと思っていて、その時まで間の4人は確かに横並びだったはずだ。
もちろん生まれ順は知っている。

おそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、トド松。

産んだ本人がそう言ったのだからそう、なんだろう。

『勘違い?それはないわねぇ。だっておそ松を取り出した後仮死状態の双子がいて、次が一松。その次が十四松で最後がトド松。トド松はパッチリした目をしてたから間違わないし、一松と十四松は一松の方が小さかったから分かるもの。双子は大きい方がカラ松。小さい方がチョロ松。ね?勘違いしようがないでしょう?』

そこまで言われてしまえば反論の余地がない。
だけど横並びだと思っていたのが急に兄貴面してきたらちょっとムカつくのも分かる。

だから一松は『ちょっとムカつく』延長でカラ松に当たるようになったのだと思う。・・・まぁ、『ちょっとムカつく』にしては当たりが激しかったと思うけど。
暴力的で辛辣な扱いをされていてもあの次男はいつも笑っていた。時々半泣きになっていたけど『一松の愛は痛いなぁ!』なんてイタイ事も言っていた。それが日常で当たり前になるまでそう時間はかからなかったと思う。
だから誰も咎めなかった。
逆に乗っかるようにカラ松に冷たく接した。

そして起きたのが『カラ松事変』

そこにいるのが、優しく受け入れてくれていた存在がなくなった瞬間確かに一松の心に変化が起きた。

カラ松の入院中の一松はまるで中学生の頃に戻ったようだった。
酷く落ち込んで機嫌が悪くて無気力で。いつも部屋の隅で蹲っていて闇オーラ満載で。

カラ松が退院してからはいつもそこにいるのを確認して安心して、安心する自分に戸惑っては八つ当たりのようにカラ松に当たって。

鬱陶しい事この上ない。

「でもさぁ、闇松兄さんに逆戻りされても鬱陶しいでしょ」
「それはそれでカラ松の足止めが出来て良いなぁ」

そんな台詞を本当に悪そうに言う長男に気は確かかと思う。
一松が闇落ちした時に被害を被るのはもっぱら弟たちだと言うのに。

「だぁってアイツさぁ、俺の言うこと聞きゃしねーからさ。どんだけ大好きだぞー、つっても本気にしねーし、そばに居ろよ、つっても嫌そーな顔するし」
「あははははっ!相変わらず塩対応だね!」
「何で俺にだけ塩なの?それも可愛いんだけど!!」
「何なの?変態松兄さん」
「変態言うなってば!でもさ、俺には塩だけど弟には蜂蜜だろ?そこを利用してやろうってゆう、参謀な・・・俺様?」
「何でそこ溜めた!?」

思わず突っ込んでため息を吐いた。

「一松兄さんを迎えに行かせた理由がそれ?」
「そーだよ。その為に先にチョロ松行かせたの。あいつだいぶん煮詰まってる感じだからさ。長男様や弟たちには言わねぇだろうけど、片割れには話すんじゃないかな、ってな」

え?
って思った。
カラ松兄さんが、煮詰まってる?
そんな感じだったっけ?

ここ最近のカラ松を思い返してみる。

確かに何か考え込んでる感じはした。
前みたいにイタイ台詞も言わなくなった気がする。
だけど相変わらず優しくて、いつも穏やかに笑っていた。

「そうだっけ?」
「カリレジェの長男様の目は誤魔化せねぇんだよ」

得意気に胸を張るおそ松を見てチラリとすぐ上の兄に視線を向ける。

「チョロ松にーさんもおんなじ事言ってたんだ。『カラ松はまだなんか隠してる』って」
「十四松兄さん真似しなくても良いから。つーか、それめっちゃ似てた」
「あざーーっす!」
「まぁ、チョロ松兄さんのはたぶん双子の勘みたいなやつだよね。あの二人って今でも繋がってるのかな?」
「『あのポンコツ無駄に器がでかい上に自己完結するからさ、なかなか気持ちが見えないんだよね。まぁ、方法がない訳じゃないけど・・・』だって」

猫目になりながらチョロ松の口調と表情を真似した十四松にトド松が、ぶはっ、と吹き出す。

「カラ松の事は唯一のお兄ちゃんである俺の方が分かってると思うんだけどなぁ・・・。ずっと見てたのに。双子設定ってなんだよムカつく」
「それは僕も同意見」

中学の時くらいまで次男の隣にいたのは自分だったのに。
あの頃はチョロ松程ではないにしても自分にもカラ松の考える事が分かっていた。だけどいつの間にか何を考えているのか分からなくなってしまった。

それが普通だ。
普通の兄弟は相手の考えなんか分からない。
けれど『繋がっていたのが普通』だった松野家の六つ子にとっては兄弟たちの気持ちが分からないのはとても不安な事だった。

反抗期とか、進路の事とか、兄たち以外の人間関係とか。
カラ松は部活が面白いのか朝早く家を出て夜遅く帰っていたし、いろんな事が重なっていたんだと思う。

チョロ松だって自分の事で忙しそうにしていたけど、時々いきなり『カラ松が喧嘩してる』とか『困ってる』とか言っていて、やっぱりカラ松とチョロ松は特別なんだと見せつけられた気分だった。
でもあの絆の中にはたぶん入っていけないと思う。あの二人は魂を分け合った本物の双子だから。もちろんその手の話題が出れば全力で否定させて貰うけど。だって悔しいし。

「でもね、カラ松にーさんを本当に連れ戻せるのは一松にーさんだけだと思うんだ」
「チョロ松兄さんじゃなく?」
「うん。だってカラ松にーさんは一松にーさんが大好きだから」

もう何度も聞いたその言葉。
十四松はいつも確信を持ってそう言っている。
兄弟の中でも一番勘が鋭い十四松には他の誰にも見えない『何か』が見えてるのだろう。

「僕的には一松兄さんがカラ松兄さんを好きなんじゃないかと思うけどね」
「確かに!!」
「どっちにしてもお兄ちゃん寂しいよ・・・・・・」

しんみりと呟く甘えたの長男に末の弟たちは苦笑を浮かべてポンポンと頭や背中を叩いていた。
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