おそ松さん

□背中を押されたカラ松が一歩踏み出した結果の話
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ーーーあ、マズイ。

その時カラ松はそう思った。








悩みは人に話すと楽になるとはよく言ったもので、チビ太とチョロ松に聞いて貰っただけで心の重荷が少しだけ軽くなったようにカラ松は感じていた。

もちろん何も解決はしていない。

『一松は大丈夫』と言ったのはチョロ松であり、一松本人の気持ちは何も分からない。
それどころか他の兄弟たちがどう感じるのかも分からない。
こればかりは伝えてみないとどうにもならない訳で。

まるでギャンブルだな。

そうカラ松は思った。

ギャンブルならパチンコや競馬と同じだ。いや、違うけど。それでも何だかハードルが低くなったような気がする。
と言ってもまだまだ伝える勇気は持てないけれど。それでも片割れのチョロ松が知っていてくれると思うと、かなり気が楽だったし、チョロ松が言うのなら本当に『大丈夫』なのだろうと思った。
そのくらいには兄弟たちの絆を信じていた。

その絆に自分が含まれるのかは、分からないけれど。

だって含まれるのならあの時絶対に助けに来てくれたはずだから。
振り向いてくれたはずだから。

そう考えて、カラ松は自嘲気味に笑った。

あの茜色に染まる光景はカラ松の心の大部分を占めていて、たぶんこの先一生忘れられないだろう。
あの時感じた疎外感も忘れることは決してない。
けれどそれに繋がる誘拐の一件は自分の中では終ったこと・・・・・・だったはずなのだけど。

あぁ、俺はやっぱり気にしているのか。

そう思ってもう何杯目になるか分からない酒を飲み干した。




「でさぁ、カラ松は一松を抱きたいのー?」

不意にチョロ松がトンデモナイ事を口走った。

「はぁ?!」
「だぁって好きなんでしょー?」
「そんな話は止めやがれ!バーロー!客が寄り付かなくなるだろーがよ!!」
「うるさいよ!僕はカラ松に聞いてんの!」

チョロ松を見れば目が座っていて、だいぶん酔っ払っているのが分かる。
どうせ酔っ払いの戯言。このまま適当にスルーしてもいいけれど。

「あーーー・・・」

カラ松自身も決して酒が強いわけではない。今も頭がクラクラしてるし余り考えが纏まらない。
そんなふやけた脳ミソで考えてみた。

一松を、抱きたい・・・のか?

最近見たAVの女優に一松の顔を当て嵌めてみても何も興奮しない。
それどころかザワザワと鳥肌が立つ。

じゃあ、逆に抱かれたい?

考えた瞬間悪寒が走った。

いや!それはない!!
考えるだけで尻がムズムズする。

抱きたいわけではない、と思う。
寝顔を見ていてもムラムラする事はないし、一松をオカズにして抜きたいとも思わない。
だけど好きなことには確かに間違いがない。
でもその想いは家族愛とか兄弟愛とはかけ離れている、気がする。

「・・・・・・よく、分からないな」
「はぁ?!分かんないの?」
「あぁ。抱きたいわけではないと思うんだが、たとえば一松が誘ってきたらそれに乗るかも知れない」

もちろんそんな可能性は万にひとつもないけれど。

「なんだそれ!!」

チョロ松が呆れたように叫んでビールジョッキを傾けた。

「僕たち童貞にとってヤるヤらないは死活問題じゃないの?!お前新品のままでいいの?せっかく好きな相手がいるのに!!」
「チョロまぁつ!お前は大事なことを忘れているぞ。俺が好きな人は男で弟だ。そんなに簡単な問題じゃない」
「あぁ、そうでした。僕の片割れはホモでしたーー」

ケラケラと楽しそうに笑うチョロ松を見ながらカラ松は頭を抱える。

確かに男が好きなんだったらホモなのかも知れない。
でもそれは人目を憚り口にする言葉であり、楽しそうに笑って言う台詞ではないはずだ。

「じゃあ、さぁ?兄弟なら誰でもいいの?」
「いや、それはない」

今度は即答した。

「俺たちは誰も誰かの変わりにはなれないだろう?俺が好きなのは一松だ。もちろん他のブラザーたちも愛しているがな!」
「はいはい。僕も大好きだよー、っと」

いつものようにチョロ松は適当に返事を返したけれどカラ松を見る目はふわりと優しい。

「だったら男が好きなの?たとえばチビ太でもいいの?」
「止めろ!!てやんでぇバーロー!!」
「それも違うぞ。俺はちゃんとレディも好きだからな」
「それって両刀使いってやつだろ。僕の片割れはホモじゃなくてバイセクでしたーー!」

ケラケラと笑ったチョロ松が、突然パタリとカウンターに倒れ込んだ。
『ゴツンッ』となんとも痛そうな音が響く。

「チ、チョロ松?!」

慌ててチビ太が身を乗り出しその顔を見て、はぁー・・・、と呆れたように肩を落とした。

「寝やがった」
「まぁ、限界だったんだろう」

そう言いながらカラ松もつられるように欠伸をする。

ついさっきまでは全く眠気がなかったのに急に睡魔が襲ってくる。
瞼が重くなって目が開けていられない。けれどこれだけは、と思って尻ポケットから財布を取り出してチビ太に渡した。

「チビ太・・・、これで」
「んあぁ?なんだよお前もか?」
「んー・・・、つられる・・・」
「双子、つーのはこんなトコでも繋がんだな」
「あんまり・・・ないけど、な」

カラ松以外の兄弟は大人になってからも時々繋がっているらしい。
言葉にしなくとも相手の考えが分かったり、遠く離れた場所にいる兄弟とも繋がる。
けれどカラ松がそうだったのは本当に小さな頃までだった。

中学に上がった時にはもう誰の声も聞こえなかったし、カラ松の心の声も誰にも届かなかった。

それはカラ松の心が広すぎていろんなものを仕舞い込めるからで、無意識にカラ松自身が心に蓋をしたせいでもある。

ただ、それをカラ松は気付いていない。

その時は、成長するとそう言うものなのだと思っていた。
大人になってからは、自分だけが兄弟たちから離れてしまったんだと思って少し悲しかった。

隣で爆睡しているチョロ松の左手にそっと触れる。

当然そこからチョロ松の気持ちは伝わってこない。それが深く眠っている為なのかカラ松には聞こえないだけなのかは分からないけれど、暖かい手の温もりと同じく暖かな気持ちが伝わってきて、へにゃりと嬉しそうにカラ松は笑った。

ここにいても良いのだと兄弟たちは言う。
この手の温もりが真実のものならそれも悪くないかも知れないな。

そう思いながらカラ松も目を閉じた。




フッと目を開けると目の前が茜色に染まっていた。

またこの夢か・・・。

そう思いながらカラ松は何度も見た景色に目を細める。

視線の先には長く伸びる5つの影。
仲が良さそうに肩を寄せ合うその完成された景色にカラ松が入り込む隙はない。

もう何度も見たその光景に心臓がズキリと軋んだ。

あの日は病院を無理矢理退院した日だ。
本来ならまだしばらく入院するよう言われたけれどそれをカラ松は断った。
意識も戻ったし一応体も動く。
なら家にいた方がいいと考えたから。

あの日、何故両親がいなかったのかは覚えていない。
ただ、タクシーで帰れと言われたことに歩いて帰るからと答えたのは覚えている。
満身創痍で本当は歩くのも辛かった。
でもリハビリのつもりだから歩くと両親を説得した。
本心は、もしかしたら兄弟が迎えに来てくれていて途中で会えるかも、なんて。
夢のような事を考えていた。

・・・そんなはずないのに。
今日迎えに来てくれるならあの時に来てくれていたはずなのに。

入院中も兄弟たちは一度も見舞いに来なかった。
少なくとも起きている間は誰にも会わなかった。

時々テーブルの上にドングリとか煮干しとかエロ本とかあったからコッソリと来てくれていたのかも知れないけど。

でもどうせなら起きているときに会いたかった。

あの兄弟でも顔を会わせ辛かったのだろうと思ったのは家に帰ってからだ。

足を引き摺るようにしながら時間をかけて帰る途中に、あの景色に出会ってしまった。
あんな物を見るくらいならタクシーで帰れば良かったと今でもカラ松は後悔している。

・・・もしもやり直せるなら、俺はどうするだろうか。

『扱いが違う』と絞り出した声は届かなかった。
駆け寄るには体が言うことを利かない。
『待ってくれ』と叫ぶべきだったのか?
『置いていかないでくれ』と言えばよかったのか?
どちらにしてももう遅い。
時間は巻き戻せないし起きてしまった事はどうにもならない。

胸の痛みも切なさも決して消えることはない。

それでも。

「・・・待って・・・、待ってくれ」

離れていく影に向けてカラ松は声を出す。
もし他の兄弟たちのように絆と言うものが自分にもあって、同じように繋がれるのなら。
今、この瞬間だけは繋がってほしいと願った。

「置いて行かないで・・・。俺はここにいるから。行かないで!俺を置いて行かないでくれ!!」

シンとした風景にカラ松の声が響く。

不意に影の中心にいる誰かが振り返った。
逆光でそれが誰かは分からない。だけど声が聞こえた。

「・・・カラ松」

一松?

「カラ松」

聞いたこともないような優しい声だった。
いや、小さな頃は一松もこんな風に呼んでくれていた。
いつも振り返れば後ろにいてにこにこと笑っていて、思い出してカラ松はへらりと笑う。

うん。あの時は可愛かった。
いや、今も時々可愛いけれど。

でももうずいぶんこんな優しい声は聞いてないなぁ、と呑気に考えていた。

「カラ松起きて」

ん?起きて?

その言葉にカラ松は首を傾げる。
確かに今自分は酔い潰れて眠っているけれど。
ふと思った。
・・・・・・一松が、いるのか?俺のそばに。夢ではなく?

まるで接着剤で糊付けされてるかのような瞼を無理矢理開くと目の前に誰かの顔が見えた。
それも結構近くに。

何度か瞬きを繰り返すとその顔がはっきりと見える。

カウンターに頬をぺたりと付け、嬉しそうに目を細めて笑う一松の顔が。

「いち、まつ・・・?」

声が掠れるのは飲み過ぎたせいなのか余りにも驚いたせいなのか

「迎えに来たよ、カラ松」

誰だ?これは。

かなり真剣にカラ松は疑問に思った。

だって一松が俺を見て楽しそうに笑ってるし、迎えに来たって・・・マジか?

「・・・・・・一松?」
「うん。俺。寝起きに俺なんか見て吐きそうでしょ?」

不安に思って確かめて見ればいつものようにひひっ、と自重気味に笑ってるから間違いはないのだろう。
本物の一松だと確信するとカラ松の胸の奥がじんわりと暖かくなってきた。

最初は誰も探しには来ないだろうと思っていたのだ。
あの時から兄弟たちはずいぶん優しくはなっているけれど、夕食の時間が近いのにわざわざ探しに来るはずがないと思っていたから。
けれど、チョロ松が来た。

それだけでも嬉しいのに。
絶対来ないはずの一松が来てくれた。

自然とカラ松の顔がへにゃりと緩んでいた。

「いや・・・・・・、うれしい」
「はぁ?」
「一松が来てくれるとは思ってなかったから、うれしい」

本当に嬉しかったのだ。
十四松やトド松や、おそ松がここにいても嬉しいに違いないけれど、やっぱり一松は別だ。
一松が隣にいてくれるだけで、それだけで心が浮き上がるように嬉しい。

カラ松にとって、一松への想いは誰にも知られるわけにはいかない最大の秘密だった。でもその想いは大きくなり過ぎてもう抱えきれなくなってしまった。
だからチビ太とチョロ松に打ち明けた。

少しでも想いが軽くなるように。

けれど話してしまったことで逆にしっかりとしたカタチあるものになってしまった。
もう一人の自分に認められたことも原因かも知れない。

あぁ、俺は本当に一松が好きなんだなぁ・・・。

目の前で一松の顔が真っ赤に染まる。
ついでに猫耳がぴょこんと飛び出して恐ろしく可愛いけれど、それを口にしたら殴られそうなので黙っておいた。

「一人か?」
「う、うん」
「そうか。ありがとう」

顔を真っ赤に染めて硬直する一松に、カラ松はゆっくり手を伸ばしてその頭をポンポンと撫でた。
以前は手が届く前に跳ね退けられ、下手をすれば逆に殴られていたのに最近は少しなら撫でさせてくれる。

まるで人になつかない野良猫がいきなり気を許してくれたような、そんな感じでくすぐたいとカラ松は思う。

一松は頭の上にカラ松の手を乗せたまま、嫌がりもせず黙ってじっとしていた。

「・・・どうしたんだ?一松」

疑問がそのまま言葉になった。

「今日はやけに大人しいな」

そう言った瞬間、一松がガバッと体を起こして何か言いたげにわなわなと震えた。

元々一松は口下手で、チョロ松やトド松のようにお喋りな方ではない。
あんまり長文を話すタイプでもないし、話し方もゆっくりだ。

たぶん頭の中で文章を組み立ててから言葉にするのだろう。

ただ、カラ松を罵るときとキレてる時は別だけど。

しばらく待ってみても一松は何も言わなくて、カラ松は少し首を傾げた。

「何処か具合でも悪いのか?」

そうなら早く帰らなければ。
一松はわりにすぐ熱を出すからな。
だが、俺はちゃんと歩けるのだろうか。あぁ、チョロ松も起こさないと。

そんな事を考えていたらポツリと一松が口を開いた。

「じ、十四松、が・・・・、カラ松の自意識に黒い染みが、あるって・・・」

何の話をしているのか分からず、少し考える。

・・・自意識?
あぁ、あの染みの話か。

十四松とその話をしたのは数日も前だ。
あの意外にも心配性の五男と一松は仲が良い。
十四松が何を思って一松に話したのかはカラ松には分からないけれど、あの染みの色を黒だと言ってくれた事には感謝しないとな。

そう思った。

カラ松をじっと見つめていた一松の目が不安に揺れて、掠れた小さな声が零れた。

「嫌だ・・・、カラ松、死んじゃ嫌・・・」

ーーーーえ?

ドキンッとカラ松の心臓が大きな音を立てた。

「俺が優しくしたらそれは消えるの?だったら俺、お前に優しくするから・・・。だから死なないで」

な、何の話だ?

話に着いて行けずに思わず硬直する。
目の前の一松は泣き出しそうな顔でカラ松を見つめていて。

ーーーあ、マズイ。

そう思った。
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