おそ松さん

□諦めきれないおそ松と悪巧みする相棒の話
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「チョロちゃぁん。退屈ーー。構ってぇぇー」

突然そんな声がして、背後からおそ松が覆い被さってきた。

「あー、はいはい」

それは何時もの事なのでチョロ松は顔の横にある頭をポンポンと軽く叩いた。

松野家長男おそ松は構ってちゃんだ。
こうやって暇になれば何時もチョロ松にちょっかいをかけてくる。
構ってちゃんで甘えたで、寂しがり屋。
それは下の弟三人には決して見せない姿だ。

まぁ、薄々は気づいているのだろうけど。

あぁ、でも。

不意にチョロ松は思った。

そう言えばカラ松には絡まないよな。

次男と長男が二人きりでいる所は見たことがない。
時々カラ松がおそ松に甘えてる時はあるけれど、その逆はないような気がする。
もっとも唯一の兄にだけ塩対応な次男の事。
おそ松が甘えてきても許否しそうではあるが。

って考えたら僕が丁度いいのかな?
一応『弟』だけど兄グループだし。

そんな事を考えていたら、いきなり全身にゾワリと鳥肌が立った。

「うわぁぁあ?!」

思わず背中のおそ松を跳ね退け後ずさる。
そして鳥肌の発生源である耳を押さえた。

「ふぇっ!?おまっ、今、何を・・・」
「へへっ噛んじゃった」

ヘラヘラと笑っておそ松が歯を見せた。

「だぁってチョロちゃんが構ってくれないんだもん、ーーーっ、ぅおっと!」

おそ松の言葉が終わるより早く、渾身の廻し蹴りをおそ松の顔面に叩き込む。
その必殺の蹴りを軽々避けたおそ松はへらりと笑っていた。

「馬鹿か!!何処の世界に弟の耳を噛む兄貴がいるんだ?!」
「はいはーい。ここにいるよー」
「そうか。なら死ね、ここで死んでしまえ!!」

今度は助走なしで飛び蹴りをお見舞いする。
それもひらりと避けたおそ松の目がキラリと輝いている。

「組み手?組み手すんの!?やりぃ!」
「喜んでんじゃねぇよクソ長男!」

着地した足を捻って遠心力を活かした後ろ廻し蹴りは『ガッ』と受け止められた。

「うほっ!鋭いねぇ」

言いながら受け止めた足を掴んでチョロ松の体を振り回してぶん投げる。

外での喧嘩なら問題ないけれどここは室内。しかもさして広くない子供部屋だ。
投げられたチョロ松は着地する余裕もなく背中から本棚に激突して息を詰まらせた。

「グッッ!!げほっ」
「あっ!!チョロ松ごめん!ついやっちゃった!!」
「ゴホッゴホッ・・・ッ、クっソ長男・・・が!」

むせるチョロ松の耳に階段を駆け上がる慌ただしい足音が聞こえると同時に『スパーーンッ』と襖が開いて。

「今のは何だ!!」

そう叫ぶ次男の顔が見えて、チョロ松は大きく息を吐き出した。








背中には大きな青アザが出来ていた。

そこに湿布を貼って貰ったチョロ松は次男に正座させられている長男に白い目を向けていた。

「だからごめんってばぁ・・・」
「謝ってすむ問題じゃない。幸いにも打ち身だけですんだが当たり所が悪ければどうなっていたか、分かっているのか?」

カラ松の声はとても静かだ。
静かすぎて逆に怖い。
実際カラ松は軽くキレていた。

「いったい何が原因だ?」
「・・・暇、だったから・・・?」

明後日の方向を見てそう言うおそ松に、カラ松の目付きが険しくなった。

兄弟の中で眉毛が太くてかっちりした顔のカラ松は普段は穏やかな優しい顔をしている。けれどそれが真顔になると百八十度雰囲気が変わって強面になるのだ。

「おそ松」

声も低いから更に怖さが倍だ。

怒られているおそ松よりもそばにいるチョロ松の背筋がぴんと伸びた。

「正直に言うんだ」
「えーー・・・?」
「いや、カラ松?先に手ぇ出したのは僕だし・・・」
「ならチョロ松。原因は何だ?」
「えっ?!えーーっと」

おそ松兄さんに耳噛まれてぶちギレた、とかって言っても大丈夫なのかな?

チラリとおそ松を見るとバツが悪そうに視線を反らしていて、チョロ松は大きなため息をついた。

「暇だったから・・・?」

今度こそカラ松の雰囲気が変わった。
すーっと目を細めておそ松とチョロ松を交互に見て、拳を握った。

「分かった。喧嘩両成敗だ、歯を食い縛れ」
「えっ!?嘘!殴る気?!俺兄ちゃんだぞ!?」
「兄と弟が喧嘩したなら間の俺が諌めるのがスジだろう?大丈夫だ右で殴るから」

普段の生活の大部分を右手で行っているカラ松の本来の利き手は左だ。
当然左の方が力が強い。が、腕力だけなら右も左も変わらない。
カラ松は日頃鍛えているためか兄弟の中では十四松の次に筋肉質である。

「馬鹿か!クソゴリラ!!お前は右でも左でもおんなじだろ!おい、チョロ松逃げるぞ」

言うが早いかチョロ松の手を掴んで立ち上がる。
引きずられるように連れて行かれるチョロ松が一瞬カラ松を見ると、仕方がないような呆れたような顔と目があった。

階段を手を繋いだまま降りると玄関で一松に会った。

猫の見廻りから帰ったらしい一松は二人の繋がった手を見て驚いたようだったけれど、何も言わず変わりに『雨、降りそうだから』そう言った。





「あのさぁー」

家から充分離れた辺りでポツリとおそ松が口を開いた。

手はもう繋がれてなくてチョロ松は何時ものようにおそ松の隣を歩いていた。

「カラ松と一松って、何処までヤったのかな?」
「はぁ?!」

思わず大声が出てそばにいた何人かが二人を見た。

「ばっか!声がでけぇよ!!」
「何処までって、はぁ?おそ松兄さん何言ってるの?!」

松野家の次男と四男は最近『お付き合い』とやらを始めたばかりだ。
とは言ってもパッと見にはそんな雰囲気は感じない。
それでもよくよく見ると二人の間に流れる空気が穏やかだと分かる。

一松は多少カラ松に優しくなったしカラ松の一松に向ける視線も穏やかで優しげだ。

時々二人で出掛けることもあるようだが余りベタベタすることもなく、手を繋いでる感じもない。ただ、朝と夜にはそっとキスをしているらしいと末弟が言っていた。

もっともチョロ松にはそんな事どうでもいい。
あの片割れが目の届く場所にいて、幸せに笑っているならそれでいいと思っている。

「もうセックスしたのかなぁ」
「やめろよ、おそ松兄さん。さすがに生々しいから」
「だって気になんねぇ?」
「全く」
「お前もドライモンスターなの?」
「も、って何だよ。あ!もしかしてトド松にも聞いたのか?」
「そんな事知りたくもない!!って怒鳴られた」

しゅんとして肩を落とす。

そりゃそうだろう、って言葉は飲み込んだ。

同じ布団の、しかも自分の隣から兄二人の如何わしい声が聞こえてきたら。それを想像するだけでいたたまれない。
当然全員童貞なわけだから興味はあるけれど、それとこれは話が別だ。

「そんな事知ってどうするの?」
「まだ俺にもチャンスがあるかなー、って」
「・・・・・・チャンス?」
「俺さぁ、カラ松好きなんだよね」
「ーーーーーーは?」

頭の後で手を組んで空を見上げるおそ松をチョロ松は間の抜けた顔で見つめていた。

え?は?今、何てった?!
カラ松が、好き?
それってどういう意味・・・・・・?

ふと、長男が見上げている空を見る。
『雨が降りそう』だと一松に言われたけれど雲ひとつない青空が広がっている。
その蒼をおそ松は目を細めて見つめていて。

ドクンと心臓が音を立てた。

嘘、これ、まさか・・・

「本気で?」

掠れた声で呟くチョロ松におそ松が視線を移して困ったような笑顔になる。

「本気で」

それは何処か泣き出しそうな顔で、一松の事を話していたカラ松と同じ表情だった。

「朝さ、あいつら二人で出かけたから後ついて行ったんだ。そしたらすんげぇ仲良さそうにしてて、ちょっとだけ手も繋いでて、そんですっげぇ悲しくなってさ。で、チョロ松に八つ当りしちゃった」

八つ当りで耳を噛むのか?
八つ当りならもっと強く噛むんじゃないのか?喰い千切るくらい強く。
だけど、そうじゃなかった。
あれはたぶん甘噛みってやつだ。

「・・・・・・お前、俺をカラ松の代わりにしたのか?」
「そんなつもりじゃなかったんだよ?チョロ松とカラ松は似てるけどそれだけだって思ってたんだけど・・・ごめん」

いつになく素直に頭を下げるおそ松をマジマジと見つめて、チョロ松は本日何度目か分からないため息をついた。

「何で身近で済ませようとするのかなぁ。男に走らなくてもおそ松兄さんならモテるでしょ」
「うん。なんでだろ。俺にも分かんない」
「だけどカラ松は・・・」
「ずっと知ってた。だって俺ずっと見てたもん」
「だったら!」
「そうだよなぁ・・・。何で諦められないんだろ」

泣き出しそうな顔をしてため息混じりに呟くおそ松を、チョロ松は何も言えずに見つめるしかできない。

チョロ松にとって一番大事なのは片割れの事だ。
そりゃ自分達は六つ子で他の兄弟たちも大切だけど、カラ松だけは別なのだ。
カラ松が幸せならそれでいい。
そして今カラ松は幸せに笑っている。
だからおそ松には波風立てて欲しくないのが正直な感想だ。

だけど・・・。

「カラ松は、知ってるの?」
「んん?どうかな。何回も言ったけどあいつ全然信用してないんだよなぁ。ニブすぎて笑えてくるわ」
「あぁ、アイツ自分に向けられる好意には鈍感だから」

それは昔からだ。
そのクセ周りには無駄に愛情を振り撒いて。
馬鹿としか言いようがない。

「それでおそ松兄さんはどうしたいの?」
「わっかんねー」

殊更明るくそう言って、おそ松がニヤリと笑った。

「あいつらがヤってんなら諦めようと思ったんだけど、ヤってねぇなら宣戦布告でもしてやろうかな」

誰に対して、とは言わない。

でもその顔はチョロ松とともに悪行の限りを尽くした学生の頃と同じだ。

だからチョロ松も同じように悪い顔をしてニヤリと笑う。

「ま、そのくらいの障害で揺らぐなら今のうちに止めといた方が良いよね」

一卵性の近親相姦ホモなんて世間からどう見られるか考えなくとも分かるイバラの道だ。
まず両親が納得しない。
それで悲しい思いをするくらいなら、一線越える前に思い止まらせるのも良いかも知れない。

ただ、思い止まらせた先の相手も兄弟だけど。でも一松よりおそ松の方がまだカラ松の事を守れるのではないかと思った。

「を?チョロちゃん乗り気?」
「乗り気でもないけど。言っとくけどな、カラ松泣かせたらホント殺すから」
「りょーーかい」

わざとらしく身震いして敬礼するおそ松にチョロ松はほんの少しだけ笑った。
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