おそ松さん

□宣戦布告する兄と受けて立つ一松の話
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おそ松とチョロ松は夕飯が始まった頃に帰ってきた。

その時には一松が言った通り雨が降っていて二人はずぶ濡れだった。

・・・そのわりに楽しそうな笑い声が居間まで届いてくる。

「わははははっ!!ぱんつまでグッチョグチョだ!」
「だから早く帰ろう、つっただろ!!きっしょくわりぃ!」
「あのねぇ、お兄ちゃんがお前の足に追い付けるはずないでしょ?」
「そこは本気出して走れよ!」
「走りました。走った結果がこれですー」
「くっそムカつく!!風邪引いたらお前のせいだかんな!かぁさーん!タオルちょうだーい」
「母さんは町内会の会合で出掛けてる。ちょっと待ってろ。あぁ、トド松。風呂沸かしてやってくれるか?」
「えぇ?めんどくさいなぁ、もう」

嫌そうな顔をしたトド松が風呂場へ向い、カラ松が2階に上がっていく。
続いて十四松がバスタオルを持って玄関に来た。

「はい」
「サンキュー十四松」
「ねぇ、チョロちゃん。もうここで脱いじゃう?」
「アホか!誰か来たらどうすんだよ!!恥ずかしい」
「出たよライジング」
「何だよライジングって!!」

居間に一人残された一松が障子からそーっと玄関を覗くと、丁度タイミングよくおそ松が居間を見た。

「たっだいま。いちまっちゃん」
「・・・おかえり」

声は普段通りだ。
向けてくる笑顔もいつもと同じ。
でも、一松の闇感知センサーがピリピリと反応する。

ジーーッと見つめているとおそ松がニヤリと笑った。

「なぁに?いちまっちゃん。お兄ちゃんのストリップショーがお望みなのかしらん?」
「いらないから!!」
「すんな!クソ長男!!」

一松の声と、チョロ松がおそ松を殴った鈍い音が重なる。

おそ松は頭を押さえてその場に踞っていて、さっきのは気のせいだったのかと一松が胸を撫で下ろした時だった。
踞ったおそ松の目が、チラリと一松に向いた。

瞬間、ザワリと背筋に悪寒が走った。

思わず息を飲む一松の前で、おそ松の目がスッと細められる。まるで鋭利な刃物のように。冷たい氷のように。
触れたら切れてしまいそうな鋭い目をしたのはほんの一瞬。気にして見ていた一松だから気がついたのだろう。
たぶんチョロ松も十四松も気づいてない。

まるで金縛りに合ったように動けなくなった一松の背後で足跡が聞こえてきて、おそ松の顔がぱっと明るくなった。

「おぉっ!悪いねぇカラ松ぅ」
「まったくだ。手間をかけさせるな。チョロ松、風邪を引かないうちに風呂に入れ」
「俺には?!」
「お前は風邪なんか引かないだろう?馬鹿だし」
「なんっなんだよ!!こんな状態でも塩?!お兄ちゃん泣いちゃう」
「いいから、おそ松兄さん。お風呂行こう」
「えーーん、三男が優しいーー。ちったぁ見習えよ!!ボケ次男」
「うるさいクソ長男。さっさと行け」

まったくいつも通りに戻ったおそ松がチョロ松と共に一松の前を通り風呂場に行く。

「相変わらずカラ松にーさん粗塩。おそ松にーさんカワイソー」
「見てて楽しいけどね」

十四松とトド松が笑いながら居間に戻ってくる。けれど一松は笑えなかった。

さっきのおそ松の目。
あれは何だった?
向けられた黒い感情は、あれは敵意?
まさかおそ松兄さんが?
え?でも何で?

・・・・・・いや、理由は分かってる。
分かってるんだけど。
あの敵意は大きすぎるんじゃないか?

不意にぽん、と大きな手が頭に乗せられた。

見上げるとカラ松がじっと一松を見下ろしていて、心配そうな視線が向けられていた。

「どうした一松?」
「いや、なんでも・・・」
「一松にーさん!ごはーーん」
「え?あ、うん。カラ松も食べよ?」
「・・・あぁ、そうだな」

ふいっとカラ松の手から逃れてテーブルの方へ戻っていく一松の背中を、カラ松は目を細めて見つめる。

今の一松の顔はとてもじゃないが『なんでもない』で済まされる顔ではなかった。

何かに怯えた顔
信じられない物を見たような顔

いったい何を?

一松が見ていた視線を辿ってみてもそこには玄関と廊下、そして風呂場があるだけで。
そこにいたのは外から帰ってきた長男と三男が居ただけだ。

・・・まさか、幽霊の類を見たとか?

その考えに至ってカラ松の背筋にザワザワっと鳥肌が立った。

松野家次男カラ松は大のオバケ嫌いである。
見たくないものは見ない主義なので見える事はないが、逆に四男一松はそういう類に敏感だ。
さすが、キャッツたちと友達なだけある。

目に見えない物を感知する能力に長けた一松が感じるのは幽霊の類だけではない。相手の感情とか、そう言うものも察する事も得意だ。
特に負の感情に敏感で、だから一松はそれを抱え込んですぐに落ち込んでしまう。そんな所もカラ松とは逆で、カラ松は他人の感情の機微に疎い。

だとしても、あの兄弟大好き構ってちゃんの長男や、ああ見えて弟に甘い三男がそんな負の感情を向けるとは思えない。

だったら何を?

考えが行き詰まってカラ松はため息をついた。

こんなときブラザーたちの気持ちが読めればいいのになぁ。
そう思う。

昔、まだ個性もなく誰が誰でも同じだった頃。
松野家の六つ子たちはお互いの考えていることが言葉にしなくても理解出来ていた。
大袈裟に言えば言葉にしなくても会話ができていたのだ。
それを兄弟たちは『繋がる』と呼んでいる。
だがそれも大きくなるに従って出来なくなっていった。
成長して思春期を向かえるとカラ松には兄弟たちの心の声はまったく聞こえなくなった。
同時に自分の声も届かなくなったけれど、他の兄弟たちは大人になった今でも時々繋がっているらしい。

それは自分にはなく兄弟たちにはある、目に見えない絆のようで少し前のカラ松はとても羨ましく思っていた。

でも今はそんな風には思わない。

目に見える確かな物を手に入れたから。

同じ六つ子のうちの一人。
4人いる弟の一人。
何故か自分にだけ辛辣で暴力的だった弟。
それが何時から『特別な存在』になったのか、今でも分からない。
気がつけば一松が好きで、ずっとその想いを押さえ込んでいた。

だって弟だ。
男だ。
この気持ちは普通からかけ離れている。

だけどふとしたきっかけで想いの枷が外れてしまった。
一度表に出てしまった想いはもう押さえ込む事が出来なくて、あっという間に膨らんで、心から漏れ出すほどに大きくなってしまった。

居間を見ると一松が二人の弟と仲良くご飯を食べている。

この普通とはかけ離れた想いを一松が受け入れてくれた日の事は決して忘れないだろう。
誰が見てもカラ松を嫌っているようだった一松が、まさか同じ気持ちだったとは。

想いとは、やっぱり言葉にしなくてはダメなんだな。
想っているだけでは伝わらない。
それを伝えるための言葉なのだから。

兄弟の心の声が聞こえないカラ松が辿り着いたのがそんな、当たり前の事だった。







食事が終わると銭湯の時間まで六つ子たちは好きなように過ごす。

「カラ松ーー」
「なんだ?」

ニコニコ笑ったおそ松へカラ松が視線を向けると口許に指を2本当ててタバコを吸う真似をしていた。

「タバコ行かね?」

兄弟の中で喫煙者は長兄二人だ。
三男は時々。
四男も吸わない事はないけれど猫が匂いを嫌がるから滅多に吸わない。
五男はまったく吸えず、末弟は場の雰囲気で軽いのを吸う。
どちらにしてもタバコを吸うときは外でと決まっていた。

「いいぞ」
「やりぃ。1本恵んでねぇ」
「やっぱりそれか・・・」

呆れたように肩を落として、それでもおそ松と一緒に窓から屋根に上がるカラ松をチョロ松はなんとも言えない目で見ていた。

気づいてないんだよなぁ・・・。

カラ松は自分に向けられる好意に鈍感。
まぁ、そうじゃなくてもまさか考え付きもしないだろう。
おそ松兄さんがカラ松を、だなんて。

『さっき敵意送っちゃった』

風呂場でのおそ松の言葉が甦る。

『えっ!?誰に?』

そう聞いたチョロ松におそ松は『一松に』そう言った。
正直、出先で聞いた宣戦布告宣言は冗談だと思っていたのだ。

『だってさー、俺たちと入れ違いに帰ってきただろ?それからカラ松と二人きりだったのかと思ったら・・・・・・』
ーーなんだかムカついちゃった。

まるで悪戯が成功した時のような笑顔のおそ松にチョロ松は唖然とした。

だっておそ松は弟たちが大好きだし、カラ松と一松が付き合う切っ掛けを作ったのもおそ松なのだから。
カラ松を好きだと言う気持ちは本当だろうが、二人を邪魔する気持ちはなかったはずだ。・・・あの時までは。

そう考えて、あっ、と思った。

カラ松に言われた言葉を思い出したからだ。

チョロ松に一松への気持ちを打ち明けたカラ松は清清しい顔をして言っていた。
聞いてもらって良かったと。
誰かに話したことで余計に気持ちが固まってしまったけれど、スッキリしたと。

おそ松も同じなんじゃないだろうか。

チョロ松に話したことで気持ちが固まって後に引けなくなったのではないだろうか。

それまでは『兄として』二人を応援していた。
だけど一人の男、松野おそ松としては・・・。

「はぁーー・・・」

思わずため息が漏れた。

「どーしたんっすか?」
「ん。なんでもない」

キョトンとした顔の十四松にそう言うと、五男の目が大きな猫目になった。

「おそ松にーさん、さっき一松にーさん睨んでたよね?」
「え?十四松気づいてたの?」

ギクリとして一松が十四松を見る。

「もっちろん!そんでチョロ松にーさん理由知ってるよね?」

それは疑問ではなく何故か断定。
一松も不思議そうな顔でチョロ松を見た。

「何で僕が知ってるって思うの?」
「だって相棒だから。相棒の事はお見通しでしょ?」
「あーー・・・」

お見通しと言われるほどあの長男の気持ちは掴めない。
まるで雲のようにふわふわして、掴んだと思ったら意図も簡単に手の中から逃げてしまう。
昔からあのクソ長男には苦労させられたのだ。

「あのバカの考えが分かるなら逆に教えてほしいよ」

そもそも何故カラ松なんだと思う。
昔からずっと見てきたならカラ松の矢印がどっちに向いてるか分かるだろうに。まぁ・・・、片割れの僕には分からなかったけどさ。

そう思うと胸が苦しくなってくる。
それを誤魔化すように十四松を見た。

「じゃあさ、十四松は一松の事お見通しなの?」
「お見通しだよ。一松にーさん今結構落ち込んでる。おそ松にーさんに睨まれて、ショックだったんでしょ?」
「ショック、って言うか、何でだろって思って・・・。理由には見当がついてるけど・・・」
「トッティもカラ松にーさんの事、お見通しでしょ?」

トド松はずっと黙ってスマホを弄っていた。
それはいつも通りだったから誰も気にしていなかったのだけど、スマホから目線を上げたトド松は、嫌そうに顔を歪めていた。

「僕にはカラ松兄さんの事は分かんないよ。何でわざわざイバラの道を選ぶのかな。近親相姦ホモなんて信じらんない」
「トド松。それはもう話し合ったでしょ?どっかの見知らぬ女より一松にーさんの方がいいって」
「う・・・。こんな時にまともに呼ばないでよ。でさ!一松兄さんも落ち込むの止めてよ!!世間じゃ大反対の禁忌だろうが僕らは賛成してるから。チョロ松兄さんもそうでしょ?」

弟3人の視線が一斉にチョロ松へ集まった。

カラ松が望んだ事なら口を出すつもりはない。
ただ、一松で本当に良いのかと思うだけで・・・。

「え?チョロ松兄さんまさか反対派?!」

トド松の言葉に一松の目が見開かれた。

「まさか、って言うか普通は反対だよね」
「うん。普通はね」

ニッコリと笑って十四松がチョロ松を見つめる。

「でもチョロ松にーさんは普通じゃないでしょ?だってカラ松にーさんが大好き」
「大好きってなんだよ!」
「大好きは大好きだよ。言い方を変えると『他はどーでもいい』」

その言葉にグッと言葉に詰まった。

「チョロ松にーさんってあんまり他人に興味ないもんね」
「あぁ、うん。そんな感じだよねー。そう言うとこ、カラ松兄さんと同じだよ。カラ松兄さん他人にはホント冷たいから」
「・・・さすが双子設定」
「設定ってなんだよ・・・」

弟たちにそんな風に思われていたとは。
そう気づいて愕然とする。
でも残念なことに成る程と納得する自分がいる。

でもそれなりに兄弟たちの事は好きなはずなんだけどなぁ・・・。

って思いつつ、ため息をついた。

「なら敢えて言うけど、一松は先の事ちゃんと考えてる?」
「先?」
「まず父さんたちどうやって説得するの?」
「・・・説得・・・・・・」
「近親相姦ホモなんて絶対に許してくれないよ?」

両親どころか世間的に許されないだろう。
それが悪いわけじゃない。だけど。

「トド松もさっき言ったけどイバラの道だよ?今のうちに止めといた方がいいんじゃないの?」
「出たよライジングチョロシコスキー」
「茶化さないで。今大事な話」
「はぁい」

じっと一松を見つめる視線の隅でトド松が口を尖らせたのが見えた。
その隣で十四松が慌てたようにおろおろしてるのが見える。
一松は半分閉じた目を更に細めて考え込んでいた。

「説得とか、する必要ある?」
「ん?」
「だって俺たち大人でしょ?誰かと付き合うのに親の合意が必要?」
「普通は必要ないね」
「じゃあ普通って何?」

その問いかけに思わず固まってしまった。

普通って、何だ?
いや、意味は分かる。他と同じこと、広く通じること、それが普通。
この場合は男を好きになることは異端で普通、男は女の子を好きになる。
それが普通で自然の摂理。

「好きな人と一緒にいたい、って普通じゃないの?」
「そ、れは・・・普通だけど・・・」
「じゃ、俺は普通だよね?だって俺、カラ松がす、好き・・・・・だから」

カーーッと一松が真っ赤になった。

・・・可愛いし。いや、そうじゃなくて!

「そもそも普通じゃない人間が普通を説いても違和感しかないよね」

ポツリとトド松が言った。

「僕も普通じゃないけど。それは分かってるんだけどさ。チョロ松兄さんって自分が普通だと思ってんの?」
「普通って言うより常識人だと思ってるけど?」
「悪いけど、全っ然!常識人なんかじゃないから。それどころか誰よりクズだよ?」

その言葉に、カチンときた。
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