おそ松さん

□何かを決心した紅松の話
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「僕の兄さぁ、近親相姦のホモなんだ」

決死の覚悟を持って告げたトド松の言葉に、目の前でイチゴショートケーキパフェなる限定スイーツを攻略中の彼女は『ふーん』と、えらく素っ気ない言葉を返した。







松野家六男トド松はあまり自分の話をしない。

以前は、某有名大学に通っているのだとか、そんな嘘も付いていたけれど、アレはバレると痛い目を見ると経験したので経歴詐称は今のところしていない。
普段はもっぱら相手の話を聞くことが多く、自分の事になるとサラリと話を逸らす。

『トド松くんは何の仕事してるの?』
『んー?何だと思う?』
『えー?ショップの店員さんとか?』
『じゃあ、それにしようかな。それよりもさ、』

そんな具合に。
そう言うことを続けているうちに今通っているスポーツジムの知り合いたちは何も聞かなくなった。

それはそれでおもしろくなかったけれど、自分を偽ることに少し疲れていたトド松はまぁいいか、と思っていた。
そんな時に会ったのが彼女だった。

「松野くんって、兄弟いるの?」

それは出会って二日目の事だった。

「なんで?」
「昨日、すごく似た人見たから」
「他人のそら似じゃない?」
「あれで他人ならドッペルゲンガーなみ」

今までも他の兄弟を別の場所で見たなんて話は何度もされてきた。
別にトド松は兄弟たちが嫌いではないから否定する事はなかったけれど、やれ地下アイドルのイベントで見たとか、競馬場で見たとか、目が痛くなるような服を着ていたとか、そう言う時は他人のそら似で通してきた。

そう言うと大抵は『そうなんだ』と引いていく。
だって世の中には似た人が3人はいるって言うし。
けれど彼女は引かなかった。
言外に兄弟、もしくは身内ではないかとトド松を見つめてくる。
それに『ドッペルゲンガー』などと言われたのは初めてで。
少し興味が沸いた。

「ドッペルゲンガー?じゃ、どっちが影?」
「難しいわね」
「難しいの?」
「だってどっちからも日向の匂いがするから」

日向の匂い。
なんか、それっていい響きかも。

素直にそう思ったトド松はこの会話を続けることにした。

「そのドッペルゲンガーってどんなのだった?」
「最初に見たのは、」
「待って?最初?何回か見たの?」
「そうよ?昨日だけで3回は見たかしら?最初に見た人は赤いパーカーだったわ。隣にはやっぱりよく似た人がいて、その人は黒の革ジャンを着てた。ビックリするくらい個性的なファッションなんだけどよく似合ってて記憶に残ったの」
『私、他人を覚えるのが苦手ですぐ忘れちゃうんだけどね』

そう言って小さく笑った彼女を、トド松はたぶん驚いて見ていたと思う。

彼女が最初に見たのは長男と次男だ。
長兄二人は仲がいいからよく二人で出掛けてる。だから見かけても全然不思議はない、のだけど。
長男は服の色もそうだがよく目立つ。
雰囲気が人柄が、周りの視線を引き寄せる。声もだ。成人男性にしてはちょっと高くて柔らかく響く声は遠くからでも聞こえるしなんだかホッとする。
そして次男は言うまでもなく目立つ。
あのパーフェクトファッションは見た人の網膜に焼き付いて忘れることなんて出来ないだろう。
だけど、彼女はそれを個性的だと言った。よく似合ってるとも。
学生時代次男はずっと演劇をやっていた。だから姿勢がいいし、歩く姿も様になる。自分に似合う物を知っているから実はセンスが兄弟で一番良い。
あの手の服だって次男が着るから見れるのであって他の兄弟が着たらきっと目も当てられない事になるだろう。

「次に会ったのは緑色の服と紫色のパーカーの人だった。公園の大きな桜の木の下に紫の人がいて、何してるのかな、って見てたら上から緑の人が飛び降りてきたの」

はぁ?年中二人何やってんの?

気持ち通りの顔をしていたのか、彼女がトド松を見てクスリと笑う。

「緑の人の腕には子猫が抱かれてて、あ、木に登って降りられなくなったのを助けたんだ、って思ったんだけど、その子が凄く暴れちゃって。あっという間に緑の人、引っ掻き傷だらけになってて」

そう言えば昨日三男は顔に赤い傷が一杯ついてたなぁ、って思い出した。

「そしたらね、紫の人が緑の人ごと子猫を抱きしめて、たぶん何かを言ったんだと思う。紫の人が離れたらもう子猫は落ち着いてたから。それから二人で子猫を見送ってたんだけど、その表情が凄く優しくて。その二人も記憶に残ったんだ」

三男と四男は微妙な間柄だ。
何時だったか不意に家にふたりで残されて死ぬほど気まずい時間を過ごしたんだと、四男が愚痴っていた時があった。性格的に合わないのか、合わせる気すらないのか、よく分からない。
だけど二人とも『兄』であり『弟』と言う、どちらにも成りきれない立場上、通じるものがあるのか時々二人で出掛けてる。二人とも猫好きだし。

「最後に会ったのは黄色い服の人。松野くんを迎えに来たのかな?」
「あぁ、すぐ上の兄だよ」
「あ、その人はドッペルゲンガーじゃないのね」
「て言うか見た人全員、僕の兄。僕六つ子の6番目なんだ」
「六つ子?」

意外そうに聞き返されてトド松も少し笑う。
誰に言っても驚かれる。
そもそも一卵性の六つ子自体が珍しいのだ。
子供の頃はそのせいで苛められた。目立つから喧嘩にもなった。
同じ歳の兄弟が5人もいれば比べられる事もざらで四男はそのせいで心をやられた。もちろん他の兄弟だってそれぞれいろんな闇を抱えてるはずだ。
すぐ上の兄だって小さな頃は『普通』だったのだ。
優しくて明るくて泣き虫だった五男が今みたいに変わったのは高校に入ってから。
きっと何かがあったのだろう。

「もしかして一卵性?」
「うん、そう」

この子は何を言うのかな?
そう思って見ていたら彼女はひと言『ふーん』と、それだけ言った。

「えっ?それだけ!?」

だから思わずそうつっこむ。

「他には?!ビックリしたー、とか珍しいわね!とか、ないの?!」
「ないけど?」
「うわっ!新鮮!!」
「そうなの?」
「うん。だってそれ以外聞いたことないもん」
「ふーん。そう言うものかしら?」

心底分からないのか首を傾げるその彼女に俄然興味が沸いた。

それが彼女と親しくなるきっかけだった。


彼女は名前を『ユキ』とだけ名乗った。
苗字も住んでる場所も言わなかった。
何をしているのかも。
『なんで教えてくれないの?』そう聞くと『松野くんも言わないでしょ』そう言われて、なるほどと思った。
だからトド松は彼女の事を知りたくて自分の事を話すようになった。



「トド松って変わった名前でしょ?」
「そう?私だってマユキだもん。真の雪で真雪。キラキラネームも真っ青」
「でもマユキちゃんって可愛い・・・・くもないか。ごめん」
「ふふっ。面と向かって可愛くないって言われたの初めて。トド松くんって男らしいんだね」
「そ、そうかな?!」


「僕本当はニートなんだ」
「ニートって、無職ってこと?」
「うん、そう。親のスネかじって生きてるの。ぶっちゃけ働きたくねぇ、って思ってる」
「誰だって働きたくなんかないよ。出来るなら私もニートしたいわ」
「ユキちゃん何やってる人?」
「家事手伝い。引きこもりで学校中退した後はずっと家事手伝い。うち、喫茶店してて」
「ユキちゃんがいるなら行こうかなぁ」
「来てもいいけど私いないわよ?だって家事手伝いだもん。お店は両親がやってて私は家の事してるから」
「あ、そう言う意味なのね」


「・・・・・・この歳で童貞って、引く?」
「別に。人それぞれで良いんじゃない?」
「・・・そっかぁ」


浅く広い付き合いの多いトド松にしては深い付き合いだと自覚していた。
だけど恋人として付き合いたいとは何故か思わなかった。
嫌いじゃない。それどころか結構なレベルで気に入ってる。
好きかと問われれば好きだと答えるし、大好きなのかと言われれば即答で頷く。
それくらい、気に入っていた。

顔はたぶん普通だ。
特に可愛い訳でもないし美人でもない、と思う。
スタイルも普通。
ボインって訳でもなく、まぁ出るところは出て引っ込むところは引っ込んでる感じ。
合コンで会う女の子の方が可愛いし付き合いたいと思う。
新品卒業もお願いしたいくらいなのに、彼女にはそれは思わない。

なんでだろ?
いくら考えても分からなくて、結局考えることをやめてしまった。

とにかく彼女と話すのは楽しい。
予想外な答えが帰ってくるから。

だから、最近心の中で凝りのように存在を主張してるあの事を話してみることにした。



そして冒頭に戻る。




「ふーん」

そう言ったきりマユキは何も言わない。
視線はパフェに釘付けで、少しだけ不安になった。

まさか聞こえなかった?
僕、結構勇気出したんだけど・・・。

「・・・ユキちゃん、聞いてる?」
「聞いてるよ。ねぇ、トッティ。これ美味しいんだけど食べ辛い」
「上のショートケーキ外したらいいんじゃない?」
「でもそうしたら普通のパフェになっちゃう」
「じゃ、先に食べるとか」
「えぇ?勿体ない」
「ねぇ、ユキちゃん。ほんとに僕の話聞いてた?」
「お兄さんがホモさんなんでしょ?」

あ、ちゃんと聞いてた。

「それで、その・・・」
「やっぱりケーキ食べちゃお」
「ねぇ、ユキちゃん。僕の方に集中してくれる?」

兄がホモで近親相姦です、なんて話、もっと身を乗り出して聞くもんじゃないのかな?
なんて思いながら、半ば予想していたこの反応にトド松の口元が緩んだ。

「お兄さん、嫌いになった?」
「えっ?!」
「嫌いじゃないの?なら良いんじゃない?」
「き、嫌いって言うか・・・、」

嫌いじゃない。
嫌いになれればいいのにって、何度も思った事もあるが、結局トド松は兄たちが大好きだ。
だからこそ、困っている。

「・・・・・・寂しい」

ポツリと呟いた。
それは心の奥のずっと奥に仕舞い込んでいたトド松の柔らかい気持ちだった。

「お兄さんが自分以外の誰かを選んだことが?」
「・・・うん。そうかも」
「一卵性って言ってもみんな別人でしょ?そのお兄さんにとって、好きになったのがトッティじゃなかったって事なんだから、それは仕方がないって諦めなきゃ」
「・・・うん」

頷いて、はたっと気がついた。

あれ?僕慰められてるみたいになってない?まるで失恋したみたいな感じなんだけど?!

「って待って?ねぇ、ユキちゃん、僕確かに兄さんが好きだけどユキちゃんが思ってる好きとは違うんだよ?」
「え?」

ここで初めてマユキの目がトド松に向いた。

意外そうに目を開いて、それから『あぁ・・・』と呟く。

え?今のなに?

そう思うトド松の前で、マユキがショートケーキをスプーンで掬って差し出した。

「トッティ、あーん」
「あーー・・・、ん?」

反射的に開けた口にスプーンが入れられ甘酸っぱい味が口一杯に広がった。

いや、待って待って?!
つい何時もの癖でやっちゃったけど、これって普通ただの友達にはしないよね?!
恋人とか、女友達にしかしないんじゃないの?!

慌てるトド松の前で同じようにケーキを食べたマユキがニッコリと幸せそうに笑った。

「美味しいねぇ」
「美味しいけど!」
「けど?」
「ユキちゃん男友達にも食べさせ合いっこするの!?」
「するわけないじゃん。それに私友達ってトッティだけだし。あ、こっちが勝手に友達認定してるだけだけど」
「ユキちゃんはちゃんと僕の友達だから大丈夫。ーーじゃなくて!!」
「ホモのお兄さんって赤い人?」
「へ?」

突然の切り替えにさすがのトド松もついて行けず変な声が出る。

「それで、想い人のお兄さんは青い人?」
「え、違うよ?」
「あれ?違うの?私てっきり・・・」

確認するまでもなく赤い人はおそ松で青い人はカラ松だ。
マユキには兄が6人いるとは話したけれど名前も特徴も伝えてない。
だからマユキが兄たちの事を話すときは色で呼んでいる。

「なんでそう思うの?」
「何て言うか、雰囲気?赤い人の青い人に向ける視線とか声の温かさとか」
「付き合ってるのはカラ、青兄さんと紫兄さんなんだけど」
「あ、そっちなんだ。うん。確かにそっちの二人も雰囲気よかったね。じゃ、トッティは青い人にフラれて寂しいの?」
「だからさ、フラれるとかじゃないから。でも確かに寂しいけど」

カラ松は一松と付き合うようになってトド松と出掛ける事が少なくなった。
別に邪険にされてるわけでもないし少なくなったと言っても週一回は一緒に出掛けてる。
話しかけたらちゃんと答えてくれるし、あの眉尻を下げた優しい笑顔も向けてくれる。
怒るときも相変わらず贔屓せず同じように怒られる。

この前の、チョロ松兄さんや一松兄さんとの喧嘩の時もめちゃめちゃ怖かったし。
左手でグーパンとか、ヤバイでしょ。
マジであれはビビった。一松兄さんもひきつってたし。

だからカラ松の弟たちに対する対応は以前と少しだけしか変わらない。
その『少しだけ』が寂しいのだ。

「目の前でイチャつかれたら気まずいって言うか・・・。いや、そんなベタベタしてるんじゃないんだ。だけど、雰囲気が、よくて・・・」
「甘い雰囲気?」
「うん」
「それに包まれたかった?」
「・・・うん。・・・・・・うん?」

あれ?違う違う。そうじゃなくて!

「ねぇ、ユキちゃん?なんか誤解してない?」
「誤解?」
「ホモは兄さんで僕は女の子が好きなんだよ?ユキちゃんの事だって結構好きだし」
「私もトッティ好きだよ?」
「えっ!?じゃ、このまま付き合っちゃう?」

それは軽いノリだった。
冗談のようなノリ。だけどほんの少しだけ本気を混ぜた。

だって本当に好きだと思ってるから。
付き合っても良いんじゃない?って思うくらいには。

目の前で、マユキがふわりと笑った。
それは何処かで見た、誰かを想像させる笑みで。

瞬時に、気がついた。
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