おそ松さん

□結構ヤバめな喧嘩の話
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松野チョロ松は自分の気持ちをもて余していた。

何故か全ての事に腹が立つ。

兄弟と同じ特大サイズの布団で眠る事から始まって、朝の慌ただしい食事、6人揃っての登校。
口煩い教師の説教にうざったい長男。
双子の自分より四男を気にかける次男や、そんな次男に対して暴言を吐く四男。弟の癖に偉そうな態度でこっちを無視する末弟に、オロオロするだけの五男。
自分と兄弟たちを見分けられない周りの大人や同級生、そして喧嘩を売ってくるヤンキーども。

とにかく有りとあらゆる物にイライラしていた。

ーーー他人はそれを反抗期と呼ぶ。

中学に入ってすぐ辺りで反抗期に突入した長男に対して、『めんどくさい』やら『はた迷惑』やらぶつくさ言っていたチョロ松だけど実際自分がそうなってみて初めて、こんな気持ちだったのかとあの時の長男の気持ちに気が付いた。
とは言え、改めようとは思わない。

だって俺はアイツらに迷惑かけてねぇから。
おそ松みたく家で暴れたりもしてねぇし、無闇に威圧もしてねぇから。

おそ松はとにかく父親と衝突していた。
毎日のように殴り合っていていつも不機嫌そうにしていた。
あんなにヘラヘラ笑って気さくに弟たちと会話していたのにそれもしなくなって、下手に近づいたら火傷しそうなほどの空気を纏っていた。
同じ部屋にいるときのあの気不味い空気。
下の弟たち3人はいつも怯えていて体を寄せ合っていた。

あれに比べたら俺のなんて可愛いモンだろ。

と、思っているのは本人だけである。

父親と喧嘩してないだけでチョロ松も充分周りを威圧していたし、纏う空気は絶対零度だ。
けれどあの時と違って弟たちは萎縮してはいない。

それがまた、チョロ松のイライラを増幅していた。

同じように反抗期を迎えていてもおそ松相手には顔色を窺って極力機嫌を損ねないようにしていたトド松は、チョロ松には平気で楯突いてくる。

末弟トド松はついこの間まで反抗期で、十四松以外の兄たちをガン無視していた。
今はそれなりに落ち着いてきてはいるけれど今まで以上にイヤミが多くなった。
チョロ松の顔を見るたびに『喧嘩バカ』やら『こっちの迷惑を考えて?』など言ってくる。言い返せば倍になって返ってきて結局殴り合いに発展していた。

四男一松は以前に比べてずいぶん大人しくなった。何かを隠しているらしく家でもあまり喋らないし、人と目も合わさずいつも部屋の隅で膝を抱えている。何を隠しているのかは噂で知っていたけど。素直に助けを求めてくればチョロ松とて考えなくもないが、本人が口を閉ざすのなら知らないふりをするだけである。

まぁ、それに。
次男カラ松が妙に気にかけている。
それはそれで腹が立つけどカラ松に任せておけばいいだろ、とも思っていた。

五男十四松はそんな上と下に挟まれていつもオロオロしている。
元々優しくて感受性が豊かな十四松に、今の松野家の空気はきっと毒でしかないのだろう。時々目の焦点が合わない事があった。

最近まで反抗期だったらしい次男カラ松はチョロ松を見ても困ったように笑うだけだ。
いずれ収まるとでも思っているのか、言っても無駄だと考えているのか。
よっぽどでない限りカラ松は何も言わなかった。

そして長男おそ松は。

「ぃよーう!チョロ松ぅ〜。いっちょ喧嘩行く?」

どれだけシカトしても平気な顔で話しかけてきてこうやって喧嘩に誘ってくる。
それは以前から変わらない態度で。
だからおそ松のそばにいると少しだけチョロ松の心が軽くなった。

おそ松と一緒に喧嘩をしているときだけ、チョロ松の中のイライラしたどす黒い何かはどこかへ行ってしまう。
だからチョロ松はどんどん喧嘩にのめり込んで行った。

そんなある日だった。

「あのな、チョロ松」

学校の屋上でタバコを吸っていたチョロ松に、カラ松が話しかけてきたのは。

「少し話があるんだが、いいか?」

こんな前置きをするのは珍しい。
態度も少し周りを気にするようだったし、何事かと思いはした。けれどそんなカラ松の態度ですらイライラする。

兄弟なら、兄貴なら何故そんなに遠慮がちに話しかけるのか。
もっと長男のように馴れ馴れしいほど強引に話しかけて来てもいいのに。

そう思うと知らず知らずに舌打ちが漏れた。

でもカラ松はそんな事くらいで怯んだりしない。
こいつは鈍いのか神経が繋がっていないのか周りの空気に鈍感だ。
長男が激しく荒れていた時でさえ、普段と変わりなく接していたのだ。

・・・あの時はかっこよく見えたけど、今はうっぜぇな・・・

そんなチョロ松の心にも気づかないのかカラ松が隣に立った。

屋上のフェンスに寄りかかり下を見る。

「・・・突き落としてやろうか?」
「ここからか?んーー、またの機会にお願いしようか。あぁ、そうだチョロ松」
「んだよ」
「一本くれないか?」
「あぁ?」

ニッと笑って指を2本立てる。
それがタバコを指しているのだと気が付いたチョロ松は、物凄く嫌そうに眉をしかめた。

「てめ、弟にたかんのかよ」
「仕方がないだろう?お前やおそ松みたいに持ち歩いてないんだから」
「・・・・・・ちっ」

兄弟の中で先にタバコを覚えたのは長兄二人だ。家で父親のをくすねていたのがバレて拳骨を食らっていた。
それからも二人は吸い続けている。
おそ松は堂々と。
カラ松は一応人目を忍んで。

ちなみに当然校則違反である。
バレて停学になった事は今のところない。

仕方なく1本渡してやるとカラ松は嬉しそうに笑って火を付けた。

「っはーーー。この体に悪い感じが堪らないなぁ」
「なんだそりゃ」

旨そうにニコチンを肺に入れるカラ松に、思わず苦笑する。

「止めてたんじゃなかったのかよ」
「あぁ。タバコは喉に悪いからな。だがなぁ、隣で旨そうにやられると、つい欲しくなるんだ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ」

気が付けば心の中にあったどす黒い何かが跡形もなく消えていた。
まるでタバコの煙と一緒に吐き出されたように。

クッソ、ムカつく・・・

そう思ってもさっきまでとは気分が違う。
カラ松は、いや兄たちはこうやって相手の心に入り込むのが上手いのだ。

強引に自分のペースに巻き込んで。
ゆっくりと相手のペースに合わせて。

二人の兄は正反対に見えて同じことをやってのける。

それが悔しいと思うし、いつか自分にも出来ればいいと思う。そうすれば弟たちは兄たちにするように自分にも頼ってくれるのだろうか。

ぼんやりと蒼い空に昇っていく白い煙を見ていたら、ポツリとカラ松が呟いた。

「ずいぶん派手に動いていると聞いたぞ?」
「んあ?」
「喧嘩」
「・・・・・・あぁ」

最近のチョロ松は毎日のように喧嘩をしていた。
もっともそれはおそ松やカラ松も同じで今では校内で松野の名前を知らないヤツはいない。
最近では他高生からも仕掛けられているしチョロ松の方から売りに行くこともあった。

「お前もクソ教師どもと同じこと言うのか?」
「ん?喧嘩を止めて真面目になれって?そんな事俺が言うわけがないだろう?最近までお前のふりをして暴れていたのは俺なんだから」

おそ松が反抗期を終えた直後からカラ松の様子が変わった。
いや、家でも学校でも変わらない。
相変わらず兄弟想いで優しくて、少しどんくさい次男だ。
けれどチョロ松には分かった。

何処かが、何かが違う。

気付いたのは十四松だった。

「俺らのふりするとか、何の嫌がらせかと思ったわ。あの後、喧嘩売られて大変だったんだからな」
「いや、すまなかったな。俺自身でやるわけにはいかなかったんだ」

不思議な言葉を告げてカラ松はふわりと笑った。



『カラ松にーさんがおそ松にーさんになってた』

そう言った十四松に一松以外がキョトンと首を傾げた。

『どういう事?カラ松がおそ松兄さんのふりしてたの?』
『そう!激似!!おれでも一瞬間違えた』
『えっ?!十四松が!?』

十四松は相手を外見とは別の基準で判別する。
すなわち匂いで、だ。
匂いは一人一人違う。
十四松はまるで犬のようにその匂いをかぎ分け相手を特定する事ができた。

『どーやってたのか分かんないけどカラ松にーさんからおそ松にーさんの匂いしてたんだ』
『カラ松から俺の匂いがしてた、って字面だけ見たら結構エロいな・・・』
『止めろクソ長男』
『腐った発言しないでねおそ松兄さん。それでどうしたの?十四松兄さん』
『おれが見たとき何人かの不良に囲まれてて、おそ松にーさんだから大丈夫だと思ったんだけど、なんか様子が変で、あれ?って思って見てたらにーさん足庇ってた』

それでピンと来た。

最近のカラ松は部活に入ったからと言って帰るのが遅い。しかも俺たちが銭湯に行ってる頃を狙って帰ってきていた。
朝も練習があるからって言いながら誰より早く出ていく。
だからあまり家では話さなかったけれど。

『カラ松、この前足捻ったって言ってた』
『あぁ、練習中に?』
『そう。何か武術系の演目で生傷が絶えないって・・・、あれ喧嘩だったのか?!』

最近の次男はよく怪我をしていた。
救急箱の包帯や絆創膏の減りが早いと誰かが言ってた気がする。

『それでおれ、ついカラ松にーさんって呼んじゃって。そしたらおそ松にーさんがカラ松にーさんになったんだ』
『元に戻ったって事だね?』
『うん。にーさんちょっと困った顔してたけど不良瞬殺してたよ。かっこ良かったー』

嬉しそうに笑う十四松を見ながら他4人は顔を見合わせていた。

兄弟のふりをして喧嘩に挑む事はある。それが効果的なら迷わずやるだろう。けれど一人の時にはそんな面倒なことはやらない。
もちろん誰かを庇って身代わりで喧嘩するときは別だ。

だからこの時もそうなのだと思った。
思えるくらい長男も三男も喧嘩三昧だったから。



「そういや、なんで俺のふりしてたのか聞いてないな?」
「話してないからな」
「なんで?」
「あの時の俺は俗に言う反抗期でな。始終イラついていた」
「家じゃ普通だったじゃん」
「表で発散していたんだ。有り難いことに喧嘩相手には不足してなかった。いいストレス発散だったぞ」

ぷはーー、とタバコの煙を吐き出す。

「ただまぁ、あまりにもイライラし過ぎててな、ちょっとばかし沸点が低くなっていたんだ。1発食らっただけでぶちギレててなぁ・・・。何度かおそ松から殴られた」

長兄の二人は喧嘩の最中にキレる事がある。
キレると途端に無表情になり、それまで辛うじてしていた手加減を一切しなくなる。そうなると相手が全滅するまで止まらない。
さらにもう一段階キレれば最悪だ。
敵味方の区別すら出来なくなるほど殺戮マシーンに変身する。

一度だけチョロ松はおそ松がそうなった所に遭遇した。
それまで無表情だったのがいきなり満面の笑みになったのだ。
だけど正気に戻ったわけではない。
絡んできた不良たち全員を再起不能まで叩きのめした後、ゆらりとチョロ松を視界に入れたその状況を思い出した。

「お前でも周りが見えなくなることがあるんだな」
「あの頃はな。今はたぶん大丈夫だぞ?・・・状況にもよるが」
「んで?」
「いつもいつもおそ松に頼る訳には行かないだろう?だから俺は喧嘩の時は演技をすることにしたんだ。演技さえしておけばキレても我を忘れる事はないからな」
「それで・・・」

中学に入って演劇部に入部したカラ松は今はまだ端役しかやらせてもらっていない。けれど演技力はなかなかの物だと聞いている。

元々素質があったのかも知れない。

たぶんカラ松にとって演劇は天職なのだろう。
そう思ったら。
ざわりと体の内側で何かが蠢く気配を感じてしまった。

「話、それじゃないだろう?」
「あぁ。いや、同じだ。喧嘩をするなとは言わない。ただ少し控えた方がいい」
「あぁ?何お前、親にでもなったつもりか?」
「チョロ松」
「うっせぇなぁ!!もう話は終わったんだろ?あっち行けよ!!」

まだ火が着いたままのタバコをカラ松に突き付ける。
カラ松は驚いたような顔をしていたけれどぎゅっと口許を引き結んで屋上の手すりから体を離した。





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