おそ松さん

□松野トド松の一番大事なもの
1ページ/7ページ







「もぅ、ちょっと・・・いい加減にしてくれないかなぁ」

抜けるような蒼い空を見上げてトド松はほとほと困り果てたように呟いていた。











その日松野家末弟松野トド松は微妙にイライラしていた。

朝から合コンだった。
それはまぁまぁ大成功だったと思う。
レベルの高い女の子がいてその子の受けもよくLINEも交換できた。
うん。大成功だ。
しかもランチもご一緒出来たし。

でもそこからがいただけない。

女の子と別れてすぐいかにもガラの悪そうなヤツに因縁をつけられた。
曰く、さっきの女は俺のオンナだ、とかなんとか。

トド松的には『えぇ・・・?』である。

「でも今、付き合ってる人はいないって言ってたけど」
「んなわけあるか!!」
「って言われても・・・」

残念ながらこう言う案件はたまにある。
だいたいは別れた男が勘違いしてるパターンが多いけど時々ホントに残念な場合があって。

「じゃあ、あの子に電話してみるから」

聞いたばかりの番号を押せば『お客様の都合によりお繋ぎできません』のアナウンス。
LINEを開けば何時の間にやらブロックされている。

「えーー・・・?」

これはあれだ。最悪なパターンのヤツだ。
美人局的な、女の子と男がグルのやつ。

「あーーー、繋がらないねぇ」

トド松の言葉に男がニンマリと笑う。

「繋がらない、じゃねぇだろうが!」

その笑みを一瞬で消して武骨な手がトド松の襟元を掴み上げた。

「慰謝料寄越せや、にーちゃん」
「それを払う理由がないでしょ?僕騙されてたみたいだし。あと、シワになるから離してくれる?」

美人局に引っ掛かった事は何度もあるし荒事に巻き込まれたことも数え切れない。
だいたいの場合、因縁付けてくる男を蹴散らして逃げる訳で。
今回もそれだねー、と考えながら男の手首をやんわり掴んだ。

「あ?ーーーっ?!いっっ!?」
「ここね、痛いでしょ?僕これでも力入れてないんだけどさ、ここのツボをこうしたら・・・」
「いだだだだっっ!!はなっ、離せ!!」
「はぁい」

言われるまま掴んだ手を離してついでに男の背中に蹴りを入れる。

「じゃあね。彼女に会ったらよろしく言っといて〜」

ヒラヒラっと手を振って、無様に倒れた男から視線を外した。その瞬間だった。

背後にピリリッとした気配を感じて咄嗟にしゃがみ込む。その頭の上を太い腕が通り過ぎていく。
どうやら何時の間にか仲間がトド松の背後にいて後ろから殴り掛かろうとしていたらしい。

「あっぶな!何なの?」

パッとそこから飛び離れて見れば腕を空ぶった男のそばに数人の『いかにも』なやつらがいる。

「お前が松野トド松か」
「んん?意外に僕って有名人?」
「すっとぼけてんじゃねぇよ!!お前のお陰で俺は・・・」
「あー、はいはい。言わなくても分かってるから。だけどさぁ、僕に目移りする時点でその子君に興味をなくしてるって事でしょ?なのに僕のせいにするのってどうなのかなぁ?」

そんな事を言いつつ、さっき掴まれた襟のシワを丁寧に伸ばしていく。

「あーあ。この服お気に入りだったのになぁ。シワが取れないや」
「ふざけてんじゃねぇぞ!このチビ!!」
「余裕かませられんのも今の内だ!てめーは俺らにボコられんだからな!!」
「そうなの?それは楽しみ」

にっこりと極上の笑顔を向けるトド松に痺れを切らしたらしい1人が殴り掛かって行く。
その腕を避ける訳でもなく逆にトド松は両手で掴む。そして男を背負うように体を潜り込ませると意図も簡単に投げ飛ばした。

「ーーーげぇっ!」

背中から地面に叩きつけられ、まるでカエルが潰れたような声を上げる男を冷ややかに見つめて、再びにっこりと笑った。

「全部で5人、1人1万として5万円かぁ。うん、クリーニング出してもお釣りがあるし、なんなら新しいの買っても良いね」

ポキポキ指を鳴らしながらその場でピョンと跳ねる。

「僕、こう見えてイライラしてるんだ。だからそのつもりでよろしく」

ゆっくり自分を囲む男たちを見回したトド松の顔は彼らの長男と瓜二つで、不敵に笑うその表情は何処から見ても次男と同じだった。









基本的にトド松は喧嘩を避ける。
因縁をつけられても少し相手してすぐに逃げる。理由は『服が汚れるから』である。
あとは『めんどくさい』だ。

喧嘩はそれなりに強いからやっても負ける事はそうそうないけれど1度喧嘩をすればリベンジで何度も狙われるのは長男を見ていれば一目瞭然。それがめんどくさい。
それに、自分の血ならまだしも相手の血が服に付くのも耐えられないし、そもそも血液は取りにくいのだ。
だからほとんどの場合さっさと逃げる。
逃げることに対して特に何も思わないし。

やっぱりカラ松兄さんの影響かなぁ。

なんて思いながら最後の1人を殴り倒した。

「よっわ。運動にもなりゃしない」

5人の男たちは思いの外弱かった。まぁ、実際問題トド松を侮っていたのだろう。
お洒落に気を使い荒事よりショッピングやスィーツ巡りが好きなトド松だ。
ジム通いを続けているから服の下は結構ムキムキだけどパッと見それも分からないし。
喧嘩もずっと避けてたから『六つ子のピンクは喧嘩が弱い』と噂が流れているのも知ってる。

お陰で因縁を付けてくるやつらは油断してるからわりと無傷で勝てるわけだ。
自分の体を丹念に調べて汚れも破れも見当たらないことにホッとしたトド松は当然とばかりに地面に転がるやつらから財布を抜いていく。

「いち、にー、さん。結構持ってるね。まぁ、でも僕は兄さんたちみたいに鬼畜じゃないから半分だけ貰っていくね」

喧嘩相手の財布から中身を抜く事自体鬼畜の所業だが、そこは腐ってもグズ。全く罪悪感は湧かない。
5人から等しく半分だけ頂いてトド松はさっさとその場から離れた。







「んーー、これからどうしよっかなぁ」

分厚くなった財布を鞄に納め足取りも軽やかに歩いていく。

このまま家に帰っても金の匂いに敏感な長男辺りにバレてしまうだろう。パチンコで得た金額ではないけれどパチンコ警察が出動してきても鬱陶しい。
だったら今すぐにでも何かに還元する方が自分のためである。
ついでに匂いに敏感な五男を誤魔化すために何かを買うべきか。

まぁ、十四松兄さんなら一緒にパフェ食べに行っても構わないけど。あ、じゃあ一松兄さんも誘って3人でスィーツバイキングに行こうか。

六つ子の下3人は甘いもの好きである。
こうやって臨時収入がある時は連れ立ってよく食べに出掛けている。
もちろん上の3人には秘密だ。

「兄さんたち、捕まるかなぁ」

ウキウキしながらスマホを操作するトド松の目の前に誰かが立った。

まず見えたのは足。
ブランド物じゃないスーパーでいくらのスニーカーからそろそろと視線を上げていく。
くたびれたジーンズ、色が褪せたTシャツ、それから見覚えのない顔。
ま、男の顔なんか覚えてないけど。

『誰?』
そう言葉にしようとして。
咄嗟にしゃがみ込む。本日2回目だ。

「わっ!!」
「チッ」

舌打ちと共にしゃがんだトド松の顔に向かって蹴りが飛んできた。

「っ!」

顔に蹴りとかないでしょ!!

反射的に両手を顔の前で交差してそれを受ける。でも結構な威力だったせいでそのまま吹っ飛ばされた。

「いっっったあぁぁい!!何しやがんだ!」

それでもトド松は無様に転がったりしない。
バランスを取るように片手を地面に付けて両足から着地してすぐ立ち上がった。

「いきなり何なの?!」

蹴りを防いだ腕がビリビリと痺れてる。でも折れてはない感じ。
1度強く振ってその痺れを取った。
痛いのは地面について擦りむいた手の平だ。
見たら皮がずり向けていた。
ぎゅっと握り込むと脳天に痛みが突き抜けるけど、まぁ我慢出来ないこともない。

「いったい誰?」
「俺を忘れたか」
「あぁ、ごめんねぇ。僕、男の顔は覚えない主義なんだ」
「だろうな」

無表情でトド松を見ながら構えを取るそいつ。

あ、こいつ結構強い?

対峙した相手の力量が分からないようでは松野の六つ子なんかやってられない。そして引き際を見極める事にトド松は誰より長けていた。

「えーーっと」

相手を見ながらジリジリと後ずさると男がフッと馬鹿にするように笑った。

「男の癖に逃げるか」
「だって痛いの嫌じゃん。汚れるのも勘弁してほしいし」
「プライドはないのか?」
「んーー、特には。逃げるのも戦略でしょ?」
「・・・さすがあの次男の相棒か」

意識に反してトド松の眉がピクリと動いた。

「カラ松兄さんを知ってるの?」
「お前らの事なら何でも知ってるさ」
「へーー。すごいね」

ゆっくり下がりながら頭の中の記憶のページを捲っていく。
男の顔は覚えるつもりがないけれどそれと記憶に残る事は別だ。
トド松の中で『覚える』事は『保存』と同義。自らの意思で行うことで決して忘れない。
『記憶に残る』事はゲームで言うならば『オートセーブ』だ。頭が勝手に行うことで、常に上書きされているからよほど重要でない限り忘れてしまう。

ノートを捲るようにパラパラと記憶を手繰る。

自分とカラ松が相棒として行動を共にしていたのは学生の頃まで。もちろん大人になった今でも2人で出かける事もあるし、他の兄たちよりカラ松と一緒の方が落ち着く。
好きか嫌いかの2択なら『嫌になるほど大好き』だ。
子供の頃のカラ松は気が短くて喧嘩馬鹿だった。売られても売られなくても喧嘩ばかりしていたような気がする。
それが変わったのは中学に入ってから。思春期が終わってからのカラ松は極力喧嘩を避けていた。
もちろん部活に入ったせいもあるけれど、あの兄の中で何か心境の変化があったのかも知れない。

高校を卒業してからもカラ松は積極的に喧嘩をする事はなかった。
でも売られれば買うし巻き込まれればそれなりに撃退する。弟の誰かが傷付けられようものならマジギレだ。

だから本当に喧嘩から逃げていたのは学生の間。
同時にトド松の相棒として知られていたのも学生の頃。

その頃の記憶を辿ってみても残念ながら目の前の顔は思い出せなかった。

「あーー、ごめんね。全く思い出せないや」

トド松の言葉に男が僅かに笑った。
そんなことはどうでもいいと言う笑顔を浮かべる男を見ながらトド松はにっこりと笑った。

「僕に恨みがあるのか兄さんに用があるのか知らないけどさ、ちょっと今は気分じゃないんだよね。って事で、」

充分距離を取った所でパッと走り出した。

兄弟の中で一番足が早いのは十四松。
次はチョロ松だ。
トド松はこの2人よりは遅いけれどそれでも一般的には早い方だろう。
その足を生かして今まで無事に逃げおおせていたのだけど。

予想に反してグイッと肩を掴まれそのまま仰向けに引き倒されそうになる。

「ーーーちょ、」
うそでしょー?!

それは結構な力で思わず足が浮いた。
足が浮けばあとは成す術もない。

咄嗟に受け身を取ったものの背中から地面に叩きつけられ息が止まった。

「ぐっっ!!」

目の前に星が散る。
だけどどうにか体を動かして横に転がった。

ーーードカッ

真横に、ついさっきまでトド松が倒れていたまさにその場所に足が降り下ろされる。

待って待って!!
なに今の!足がめり込んでない?!

ザーーッと一気に血の気が引く。

ヤバいヤバい!!こいつ本気だ!
本気で殺りに来てるよねーー!

バッと立ち上がったその瞬間を狙って回し蹴りがトド松の腹にまともに入った。

「がっ・・・っ!!」

そのまま吹っ飛ばされそうになりながらも両足に力を込めて踏ん張って両腕でその足を抱え込んだ。
そしてそのまま相手の力を利用して体を回転させて思いっきりぶん投げた。

「げほっ、も、もう、何なの?」

咳き込むと僅かに血の味がする。
腹から何かが込み上げてくるけれど奥歯を噛み締めて我慢した。

震える手でスマホを操作しグループLINEを開きながらさっきの男を見れば見事に着地したらしく平気な顔でこちらに向かってきていた。

「もぅ、ちょっと・・・いい加減にしてくれないかなぁ」

抜けるような蒼い空を見上げてトド松はほとほと困り果てたように呟いた。

ため息と共にLINEにメッセージを送り鞄に入れる。
あとは兄たちの誰かが来るまで持ちこたえられるかだけど。

「なんか無理っぽいなぁ・・・」

そう思いながら、とりあえず逃げるために駆け出した。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ