片翼の天使たち

□片翼の天使
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[有翼人種]

それはこの星に存在する先住民族の一つ
その名の通り一対の翼を持ち空を飛ぶことも可能である事から[天使]とも呼ばれている

有翼人種は更に二つの部族に分かれている

白い羽を有する一族と黒い羽の一族

二つの部族は特に争い合うこともなく平和的に暮らしているが一つだけ禁忌と言われることがあった

白と黒が交わる事
二つの血を引く子を作ること

言い伝えでは二つの血が混じり合うと巨大な力を宿すと言われている

全てを滅ぼし全てを生かす力
奇跡のようなその力を欲しないのは有翼人種だけだった

翼を持たない[ヒューマン]たちは奇跡を欲し、次々と先住民たちを狩っていった
そして無理矢理禁忌を侵させた

産まれた子供の大半は翼を持たなかった
翼を持っていても片翼だけ
何年何十年過ぎても一対の翼を持つ奇跡の天使は産まれなかった

だが、ある日遂に奇跡が起きる

ほんの僅かな時間しか生きなかったその赤子の背には確かに翼があった
純白の翼が二対
産まれたのは天使の腹からではなく[テトラ]と呼ばれる銀色の髪で赤い目を持つ翼を持たない一族だった



****


そこは研究所と呼ばれる施設だ

有翼人種を監禁し罪を犯させている場所

度重なる研究により多数存在した有翼人は今ではほんの僅かにまで数を減らしている
変わりに多く存在するのは羽のないものや片翼の者。いわゆる失敗作だ

研究者にとって失敗作は不用品である
不用品を生かしておくにはコストがかかる。
かと言って処分するにもまたコストがかかる。

だから科学者たちは選別を行っている。

まず両親の遺伝子が優秀な片翼は引き続き実験対象となる。
そして見目麗しいものは競売に掛けられ売らてゆく。
どちらも運が良ければ長く生きられるだろう。

生きていればこその実験対象だ。死んでしまったら元も子もないからそれなりに丁寧に扱うし、売られたとしても翼のある人間は珍しい。例え翼がなくても器量が良ければ使い道は多いのだから。

それ以外の大部分
ほとんどの失敗作はゲームの駒として使われる。

満月の夜
数十人の失敗作たちを集めて行われるゲーム。
ルールは簡単だ。

『追っ手から朝まで逃げ切ること』

逃げ切れれば自由が保証されるこのゲームに彼の姿があった。



***


「夜明けまであと何時間だ?」
「知らねーよ」
「ちっくしょう!こんなの聞いてねぇよ!!」

月の光が届かない物陰にいくつかの影があった。

15、6才の少年が数人

彼らが窺う視線の先には10数人の人影がある。
その手にはそれぞれ銃器が握られていた。

ーー死ぬことはない

政府の役人を名乗る男からそう説明され、彼らは研究所から連れてこられた。

ーー追っ手から朝まで逃げ切れればお前達は自由だ。外の世界での生活を保証しよう。ハンターには麻酔銃を支給しているから捕まったとしても死ぬことはない

彼らはただの『鬼ごっこ』だと聞かされていた。
だから大人しく付いてきたのだ。

このゲームは随分前から行われていた。
連れていかれた仲間達は1人も戻っては来なかったけれど、別の場所で元気に暮らしていると聞かされそれを信じていた。

目の前で仲間が撃ち殺されるまでは。

「とにかく逃げ切るぞ」
「そうだな。朝まで隠れてりゃこっちの勝ちだ」

2人の台詞に彼は不安を募らせていた。

自分達は失敗作だ。
天使になれなかった出来損ない。
研究所のヒューマンにとってはゴミクズ同然だ。
そんな自分達に生き残るチャンスを与えるだろうか。
果たしてハンター達がそれで満足するだろうか。



***


「ネズミども隠れちまったな」

舌打ちと共に男が呟けば別の男が空を見上げながら薄く笑った。

「逃げられやしねぇさ。じきに顔を出す。それよりも」
「なんだ?」
「金色の亡霊の話、お前知ってるか?」
「亡霊?なんだそりゃ」
「死んだ筈の天使が現れるってやつだろ」

二人の側にいた別の男が話に加わる。

「実験で産まれた奇跡の天使は実は3匹いたって噂だ。1匹は白い4枚羽。これはすぐ死んじまった」
「あとの2匹も死んだことになってるが実は生きてて政府の役人が飼ってるってな」

禁忌を侵して産まれた天使には奇跡の力が宿る。
どんな願いでも叶えられるならば手に入れたいと思うのは当然だ。

「で、それが何で亡霊になるんだ?」
「何年か前、天使が1匹逃げたらしい。役人どもが血眼になって探し、見付けたのがイーストタウンだ」

その町は現在存在しない。
数年前に消滅したからだ。

イーストタウン消滅は天使の力の暴走が原因と言われていた。

「つまりイーストで死んだ筈の天使が出るってことか?馬鹿馬鹿しい」
「それが死んでないんだと」
「なに?」
「逃げたのはメスで黒羽。それを見付けたのがもう1匹のやつでオスの白羽。この2匹がどうにかなって暴走したらしいんだがな、オスの死骸が見付かったときメスは生きててしかも白黒4枚羽になってたって噂だ」
「で、このゲームに出る亡霊も4枚羽なんだと。狩るのは出来損ないのガキじゃなく実はそっちらしいぜ」

何時からかゲームに金色の亡霊が現れると囁かれていた。
はっきりとした姿を見た者はない。ただそれが現れると必ず数人分の死体が消えるのだ。
それ自体害はない。
死体の処理もコストがかかるのでなくなるなら言うことはない。
問題は《奇跡の天使が生きている》ことだ。

唯一残ったこの天使を政府は何としてでも取り戻したいと考えている。
『生け捕りが最良。基本的に生死は問わず。ただし原型、特に胴体は形を留めておくこと』
それが暗黙のルール。

このゲームもそのための餌に過ぎないと男は思っていた。

「ま、どっちにしろ俺たちにゃ関係のない話だな」
「でも金になるんだろ?ガキどもよりそっちの方が面白そうだぜ」
「どれを狙うかはお前の自由だ。好きにしろ。っとそろそろ時間だ」

男の視線の先、夜の闇に白い煙の様なものが広がっていく。
同時にかすかに聞こえる叫び声。

「さぁ、狩りの再開だ」

そう呟いた男の瞳には狂気の火が宿っていた。




***

その煙に触れるとピリピリと肌に痛みが走った。

「おやおや毒ですか?手の込んだ事で」

致死量ではない
けれど長く触れていれば蝕まれて行くだろう。

「コストコストと小五月蝿い事を言っているわりにこう言う時には無駄にお金をかけるんですねぇ」

夜の闇に溶け込むように漆黒のフードを頭からすっぽりと被った『誰か』が呆れたように呟いた。

「いっそのこと計画自体止めてしまえば経費の削減になるのに。欲の皮が張った方々は本当に馬鹿ばっかりですね」
「あんた……誰?」

『誰か』の腕には少女が抱かれていた。
黒い布に包まれているけれど明るい場所で見ればその布は赤に染まっていると分かるだろう。

「死神?」
「その呼ばれ方は初めてですね。まぁ、貴女にとってはそうなるかも知れませんけど。でもまだ早いですよ」

少女を抱き上げ路地から姿を現し空を見上げる。

「上の方は大丈夫みたいですね」
「でも上は……」

煙から逃げるには上に上がるしかない。
けれど屋上には逃げ場がない。
袋のネズミである。

「あぁ、心配しなくても大丈夫ですよ。私には強い味方がいますから」
「味方?」
「はい。ですから外に出られますよ。貴女は安心して気を失って下さい」

そう言われて素直に意識を手放せてしまえるほど少女は相手を信用していない。信じることが出来るのは自分ともう1人。

産まれた時からずっとそばにいた『彼』だけだ。

「じゃあ、1つだけお願いしてもいい?」
「何なりと」
「彼を探して。出来るなら一緒に連れていって。もし無理なら殺して」
「……殺すんですか?大事な方なのでしょう?」
「大事だからよ」

死なない筈のこのゲームには実弾が使われている。

現に少女も撃たれた。

自分達は《獲物》であり生死は《ハンター》の手に委ねられているのだ。

撃たれる直前まで少女は仲間と一緒にいた。
自分は撃たれ致命傷を負い、仲間は連れていかれた。

生かすも殺すも相手次第

連れていかれた彼女はたぶん死ぬより酷い目に合うのだろう。

彼もたぶん……

「なるほど」

少女の沈黙をどう受け取ったのか『死神』が小さく頷いた。

「その方の特徴を教えてください。何か分かりやすい特徴はありますか?」
「髪が銀色。目は深紅よ」
「深紅……、まさか緋の目ですか?テトラの?」
「そう。だからよろしく」
「――分かりました」

少女の言葉に死神は大きく頷いた。



***


白い煙から逃げるように高い建物の屋上に来た。

「やっぱり……」

逃げ道は何処にもない。
唯一の出入口には鍵代わりに鉄パイプを差し込んでおいたけれど何時までもつのか。

「ま、時間の問題だよな」

ため息混じりに呟いて空を見上げる。

月の光に照らされた顔はまだ若い。
15か16か

銀に輝く髪からは赤い瞳が見え隠れしていた。

「ちくしょう。ねーちゃんは無事なのか?やっぱ一緒に逃げれば良かった」

地上を見下ろしても煙が充満してよく見えない。
代わりに銃声と狂気じみた笑い声が響いている。

逃げ切れれば自由が手に入ると聞かされた。
彼の望みはただ1つ
姉のように慕う彼女とともに『外の世界』へ行く事。
それ以外に望むものなど何もない。

けれど、どうやらその望みも潰えるのだろう。

出入り口のドアが乱暴に叩かれ始めたから。

「あーあ。ゲームオーバーってやつか」

彼はもう知っている
この鬼ごっこには『生還』はないのだと。
鬼に見つかれば殺される
殺されなくてもなぶられる

自分は女ではないし女に見られたこともないけれど、世の中には男を好む人種もいる。
そんな変態に自分の容姿は格好の的なのだ。


『売られなくて良かったけど、あんたみたいなのが売れ残るのも不思議よね』

彼女の言葉が鮮明に甦る

そんな彼女も自分から見れば『売れ残ったのが不思議』な相手だったのだけど。

「男らしく戦って華々しく散るか、我が身を守ってここから飛び下りるか」

素手の自分に対して相手は銃器を持っている。
戦うにしても分が悪いし、多勢に無勢だろう。

突然ドアが爆発音と共に吹き飛んだ。

「見つけたぜぇ。子ネズミちゃん」
「大人しくしてりゃ、痛い思いをせずにすむ」
「さぁ、こっちにおいで」

3人の男の猫なで声に彼は身震いをした。
確かに15,6の男にしては小柄だと自覚していたけれど。

「気持ちわりぃ声出すんじゃねーよ‼おっさん」

彼の声に明らかに男たちの雰囲気が変わった。

「んだ。男かよ」
「なら用無しだな」
「いや待て待て」

銃器を構える2人を1人が押さえて彼を見る。

今夜は満月
遮るもののない屋上には淡い光が落ちている

彼の顔も、銀の髪も男の目には眩しいほどによく見えた。
そして彼にも男の表情が変わったのが分かった。

「チッ。変態かよ」

小さな呟きは男には届かない。

変わりに予想外な場所から声が聞こえてきた。

「明らかに変態ですねぇ」

声は彼の後ろから。
つまり何もない筈の空から聞こえてきた。

「っ?!」
「あぁ、振り向かないで。で、どうします?華々しく散りますか?それとも飛び下りますか?変態に飼われるのも良いかも知れませんけど」
「ざけんな!飼われるくらいなら死んだ方がましだ」

謎の声は男には聞こえないらしい。

ゆっくりとした足取りで彼の方へ近づいて来ている。

「死ぬつもりでいるのならその命、私に預けてみませんか?」
「あぁ?」

思わず振り返る。

そこにあるのは予想通りの漆黒の闇。
その中に金に輝く光があった。

「悪いようにしないからこっちにおいで」

男には彼が飛び下りると思えたのだろう。
一気に歩を進め、その手を掴んだ。

「離せよ変態」

嫌悪感と共に手を振り払うと同時に彼が空へと身を踊らせる。

一瞬の浮遊感の直後、見下ろす男の顔が一気に遠ざかった。
けれどそれも一瞬。

ガクンと柔らかい何かに受け止められた。

「思いきりのいい子供は好きですよ」
「ガキ扱いすんじゃねぇ!つか、あんた誰だ」
「そうですねぇ……、死神とでも名乗っておきましょうか」

場違いなほどのんびり聞こえる声は女の物
間近に見える顔は透き通るように白く、蒼く輝く瞳が彼を見つめていた。

「死神でもあんたくらい美人になら連れて逝かれても良いかもな」
「をや、そうですか?では遠慮なく」

耳許でバサリと鳥の羽音がした。

こんな夜中に飛ぶ鳥もいるんだな。
そう思いながら目を凝らすとすぐそばで漆黒が動いているのが見えて、思わず手を伸ばす。

「翼⁉」
「えぇ、そうですよ。っと動かないで下さいね」

グンッと体に負荷がかかった。
風を切る音に混じって男たちの怒号と銃の発砲音があっという間に遠ざかる。

間近に見える月に、今自分は空を飛んでいるんだと理解した。

「と、飛んでる⁉」
「はい。お気持ちは分かりますが人2人抱えて飛ぶのは初めてなので動かないで下さい」

月が近づく代わりに地上がどんどん遠くなる。

動くなと言われる前に体が縮こまって動けるはずがない。
ただただ小さくなって死神にしがみついていた。





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