勇者と魔法使いの物語
□銀の賢者
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ウォルナット大陸の西、エストリア国の街『フォーン』。
そこの酒場に彼女はいた。
鮮やかな金の髪と蒼い目の歳の頃は17、8くらいの娘だ。
汚れたマントから見える腕は驚くほど白く、そして目を引くほどに美しい。
こんな場所にいるより、何処かの宮廷にいる方がしっくりくるような娘が、酒場中の男の視線を釘付けにしてのんびりと酒に充たされたジョッキを傾けている。
そんな彼女に幼い少女が声をかけた。
「おま……、あなた一人?」
木のテーブルにジョッキを置いて、不思議そうに少女に目を向ける。
「そう言うお嬢さんは?」
「一人よ?」
「ふぅん。ここの子?」
「違うわ。旅をしてるの」
「………一人で?」
「一人で。」
彼女の目がますます胡散臭そうになった。
十歳前後に見えるごく普通の子供だった。
少し大きめのマントを羽織り頭にはフードを被っている。
彼女を見上げる目は珍しい紅い色で、年相応の愛らしい顔をしていた。
こんな時代、旅人はそう多くない。
街の外には魔物がいて、命の危険があるから人間は滅多なことでは外へ出たりしない。
それでも時には商隊と共に旅をする家族もいるだろう。
けれど、子供が一人旅など有り得る筈がない。
「次はあなたの番。一人?」
「………私は…」
躊躇した。
相手は子供なのに。
けれど彼女の勘が目の前の子供を異質だと告げていた。
「なんだ?このガキ」
不意に大きな声が降ってくる。
ヌッと視界に入る声同様大きな姿に彼女はホッと息をついた。
「ラス‥‥」
「ガキがうちのツレに何か用か?」
自分より何倍も大きな男を精一杯見上げる少女の瞳が不快げに細められる。
「………悪いが屈んでくれるか?」
「あ?」
「見下ろされるのは不愉快だ」
瞬間。
男の膝がガクンと折れた。
「ぉわぁ!?」
「ラス!!」
男が膝を付くのとほぼ同時に彼女が剣を抜く。
「やっぱり魔物!?」
「「やっぱり?」」
彼女の声に、男と少女の声が重なった。
魔物は人間を襲い糧とする。
その為には手段を選ばない。
例えば人間の子供に姿を変えたり、その身の内に潜り込んだり。
幼い子供だと言って油断すれば命に関わるのだと、彼女は知っている。
「セレス!!剣を引け」
「でも…」
「大丈夫だから」
「その通りだ。私に戦う気などない」
まっすぐ『セレス』と呼ばれる彼女を見つめて少女が静かに口を開く。
ただしほんの少し楽しそうな表情を浮かべながら。
「見下ろされる経験があまりないのでな。すまなかった」
「いや。俺もガキ相手は久しぶりだったからな。悪い」
男がその場に座り込み、それでようやく視線が合うほど小さな少女の筈なのに。
セレスの背には嫌な汗が流れて止まらない。
それでも剣を収めたのは男が親しげに少女と話しているからだ。
「ラスが言うのなら……」
とことん不審げな声色に少女がクスリと楽しげに笑った。
「あなたは勇者か?」
「違うわ。勇者だったのは兄。私は兄の仇を討つため旅をしてるの」
「こいつの兄貴は5年前、魔王を討つ旅に出てそれっきりなんだ」
それならきっと、魔物に襲われ果てたのだろう。
普通ならそう考える。
けれど少女は違った。
ますます楽しげな笑顔を浮かべ、はっきりと言ったのである。
「それならあなたの仇は私だな」
―――と。
「―――な?」
呆気に取られるセレスに、少女がもう一度言った。
「あの勇者があなたの兄だったなら、最期に命を奪ったのは間違いなく私だ」
その言葉が終わるよりも速く、男が細身の剣を抜いて少女の首筋にあてがっている。
その剣の速さで少女のフードが脱げ、雪のような白銀の髪が顕になった。
「お前が?」
「あぁ、そうだ」
男がほんの少しでも力を入れれば、少女の首などあっという間に落とされるだろう。
それでも少女は恐れることもなく男の目を見据えていた。
「ラス!」
セレスの小さな声は注意を促している。
3人が居るのはごく普通の酒場で、周りには客もいる。
もっともこんな時代だ。
全員が何かしらの武器を装備していて、年端もいかない子供に斬りかかろうとする男の動向を見つめていた。
店の中に充満しつつある狂気に男も気づいている。
小さく舌打ちして剣を納めた。
「案外周りが見えてるんだな」
「――ふん。魔法でも使われたら面倒だからな」
「それは安心していい。私は平和主義だから」
とことん真面目に言い切った少女に、セレスは頭を抱えて1つ息を付いた。
「平和主義者が兄さんを殺すの?」
「結果的に、な。穏便に済ませたかったんだが……。第一あなたの兄上の方から私を殺しに来たんだぞ?」
「カイトが!?」
「何で!」
間髪入れずに答える二人の声からは驚愕の響きがあった。
その反応に、少女がすぅっと目を細めた。
「どうやら戦う前に話し合う必要があるな」
「同感」
深く頷いたセレスが少女と目を合わせるように膝を付く。
「私はセレスティン。セレスでいいわ」
「俺はラス。少しでもおかしなマネしたら叩っ斬る」
「私は『銀鈴の魔法使い』。いくら平和主義でもケンカを売られれば買うぞ」
見るからに小さな子供へ本気の殺気を向ける男を周りの旅人達が呆れたように眺めていた。
――――これが、後に語り継がれる物語の冒頭なのだとは誰も気づく筈がなかった……。
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