勇者と魔法使いの物語
□銀の賢者
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魔法使いは軽く3人前の食事を平らげて満足げな吐息を洩らした。
ベジタリアンと言うわりに肉も食べている。
それを指摘すると、『血を補うには肉だろう』と最もな答えが返ってきた。
「さて兄上の事だが、まず私自身の話をしてもいいか?」
「貴女の?」
「簡単に話す。まず私の名前はリンだ。この名は真名ではないから口にしてくれても構わない。私がまだ銀鈴と呼ばれる前の話だが」
空になった大きな皿に魔法使い、リンが水を注いだ。
その水を指で弾くと、そこに何かの映像が浮かび上がったのだ。
「これは?」
「話すより見た方が早いからな」
そこには金の髪の男と、銀髪の女が写っていた。
二人は激しく戦っているらしかった。
「遥か昔、この世界は二人の魔王の手によって滅ぼされかけていた。と言っても魔王が直接手を下していたわけではない。この二人の戦いの余波で滅ぼされかけていたんだ」
場面が変わる。
水面に写し出されたのは銀髪の女だ。
「彼女の名は朱璃。赤の魔王だ。彼女はどうにかして戦いを終わらせたいと思っていた」
次いで現れたのは金髪の男。
「彼は黒の魔王。彼はどうにかして彼女を手に入れたいと望んでいた」
その姿を見て、セレスが息を飲んだ。
黒の魔王と呼ばれた男の顔が、よく見知った姿と同じだったから。
リンはそんなセレスをチラリと見て話を続けた。
「魔王には千年に一度、体を交換する儀式がある。古い体を棄て新しい体に乗り換える儀式だ。その器は人間として産まれ、天使の血を以て魔王の物となる。私が産まれたのはちょうどその時期だった」
水鏡に写る人物が変わった。
一人は銀の髪に紅い瞳の女
一人は金の髪に琥珀色の瞳の男
最後の一人は青銀の髪に青い瞳の女
「私と私の友だ。魔王の器として産まれた人間は魔王と同じ姿を持つ。銀髪で赤目。金髪で金目。これが赤と黒の魔王の姿。私は赤の魔王の器として産まれたんだ」
ラスは水鏡に映る人物を凝視していた。
金髪の男と青銀の髪の女。
この二人に見覚えがあったから。
チラリとセレスを見れば彼女も同じようにじっと見つめている。
だからラスは小さな声で呟いた。
「これ、男の方。こいつエスタの初代国王じゃないのか?」
「女性の方は王妃様だわ。確か初代王妃は天使族だったって‥‥‥」
「そうだ。正確には初代ではなかったがな。見ての通り男の方が黒の魔王の器で女の方が最期の天使族だ」
「最期?」
「天使族は彼女を残して滅ぼされたからな。魔王は彼女を手に入れようとしていて私と彼が守っていた」
水鏡には何匹もの魔物と戦う3人の姿が映っている。
男は剣で。
天使の女は宝珠の付いた杖で。
そしてリンは強大な魔法で。
そんな3人の前にリンそっくりな女が現れた。
「自分が魔王の器だと言うのは物心つく頃には知らされる。周囲の人間はその時が来るまでその子供を大切に育てるらしいんだが、私たちの親は違っていた。私の親は産まれてすぐ私を捨て、彼の親は運命に対抗できるようあらゆる武術を叩き込んだ。そんな私たちだったから赤の魔王が現れたときもヤル気だった」
言葉通り水鏡の3人はそれぞれ武器を構えている。
けれど赤の魔王は軽く笑っただけで何もしなかった。
「赤の魔王は争うことに飽きたと言っていた。だが、自分がこの世界に存在していれば黒の魔王は決して諦めないだろうとも。だから私に自分を封印して欲しいと言った。私としては友を守る力が欲しかったからな。利害が一致した訳だ」
赤の魔王が差し出した手をリンが取る。
その場面が不意に消え、水鏡がただの水に戻った。
「銀鈴?」
「リンでいい。さっきも言ったがこの名は真名ではないからな。私を縛る鎖にはならないよ」
そう言ってリンが視線を店の奥に向ける。
セレスも同じようにして視線だけでそちらを見るとちょうど街の領主が3人のテーブルへ近づいてくるところだった。
「お食事の所すみません。賢者様のお姿が見えませんが、まだ起きてはおられないのでしょうか」
「いや、私がそうだ。迷惑をかけてすまんな」
リンの言葉に領主の目が丸くなる。
アワアワと何か言いかけてラスに目を向けた。
「すみませんがこの子供は‥‥?」
「偉そうな態度で悪いな。だが、見た目はガキだがこいつがお探しの賢者様なんだ」
面白そうなラスの言葉に再び目が丸くなる。
それもそのはずだ。
普通『賢者』と聞けば誰もが老齢の魔法使いを想像する。
もしくは成人した大人の姿だ。
子供が賢者と名乗ったとしても誰も信じないだろう。
呆気に取られた顔でリンを眺め回したとしても誰も責められない。
「この子供が?」
「良いことを教えてやろうか?魔法使いに外見の年齢は当てはまらない。10歳で魔導師の称号を与えられる者もいるし、80が来ても見習いのままの者もいる。で、賢者に何の用だ?子供に頼むのが嫌なら他の魔導師を見つけてやろうか?」
「いえ、そう言う訳では‥‥」
申し訳なさそうな言葉のわりに目が泳いでいる。
ラスの言葉を信用していないその態度にリンがクスリと笑った。
「なーんて。冗談ですよ。賢者様はまだお目覚めになられていません。今のは賢者様の受け売りです」
普段のリンは低い声で話す。
口調も外見からはかけ離れた尊大な物だ。
その声を少し高くして明るく話すとそこにいるのは見た目通りの子供にしか見えなくなる。
「からかっちゃってごめんなさい」
まるで子供のようにばつの悪そうな顔でリンがペコリと頭を下げるとあからさまに領主がホッとした顔になった。
逆にセレスとラスの目が丸くなっている。
「ダメだよ。大人をからかっちゃ。貴方も」
「あ、あぁ。すまんな」
「まだ起きておられないなら仕方がないですね。どうぞそれまでごゆっくりしていらしてください」
「えぇ。ありがとう」
ぎこちなく答えるラスとセレスには気づかないまま領主が奥に戻っていく。
その姿が見えなくなるまでリンはニコニコしていたけれど、領主の姿が消えた途端大きなため息を吐き出した。
「あぁ、めんどくさい」
「つか、お前子供のフリが出来るのかよ!」
「初めてだがな」
「でも、何だったのかしら?」
「どうせろくでもないことだろう」
首を捻るセレスにリンはラスの前にあったグラスを手に取りながら答えて中身を飲み干した。
「おいおいおい!お前、酒だぞ?」
「酒なのか?水かと思った。今日中にでもここを出た方がいい気がするな」
じっと領主が消えた方を見つめながらリンはそう呟いた。
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