勇者と魔法使いの物語

□蒼の皇女
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纏める荷物は多くない。
それでも気づけば外が薄暗くなっていた。

「ここを出てどこへ行くの?」
「お前たちの旅の目的は?」

質問に質問で返されてセレスは言葉につまった。

「俺たちの目的はカイトを探すことだ。重要な手懸かりは目の前にいるけどな」
「そうだった。兄上の話がまだだったな」
「本当にリンが兄様を殺したの?」
「と思っていたんだが‥‥」
「が?」

セレスとラスが見つめる中、リンが呟いた。

「生きていたぞ。体はな」
「はぁ?」
「魔王が体を移し変える儀式の話なんだが、魔王の魂が人間の体に入ると桁外れの魔力のせいですぐに壊れてしまうんだ。それを防ぐために天使の心臓が必要だ。天使の心臓には不死の力が宿っているからな。ただし、天使の体の純潔が条件なんだ」
「体の純潔?」
「つまり処女じゃないとダメってか?」

ラスの言葉にセレスの顔が赤く染まった。

「ゼフェルとユーフィリアは愛し合っていた。本来なら結ばれるべきではない2人だったが、愛し合い結ばれた。儀式をすることが出来なくなった魔王は滅びるだけなんだが、どうやら体を頻繁に変えることで生き永らえているらしい」
「どう言うこと?」
「セレスの兄上の体に魔王が入っているんだ。そして、私を殺しに来た」
「兄様に、魔王が?」
「間違いじゃないのか?」
「私の中には赤の魔王がいるんだぞ?同類を間違えるはずがないだろう」

セレスの脳裏に旅立った日の兄の姿が思い出された。

必ず生きて帰ると約束した声も鮮明に甦る。

「そんなはずない」
「セレス‥‥」
「そんなはずがないわ!」

気づけば大声で叫んでいた。

「兄様は誰よりも優しくて、誰よりも強かったわ!そんな兄様が!!」
「セレス!」

咄嗟にラスが抱きしめる。
その腕にしがみついてセレスは大粒の涙を溢していた。

「魔王は優しい人間を好む。ゼフェルもそうだった。優しい人間は弱い者を守ろうとする。それは強みであり、弱みにもなる。兄上もそれを掴まれたんだろう。少なくとも私の住みかへ来たときはまだ人間だったが、この街で会った時にはすでに魔王の器になっていた」
「何故お前を狙う?理由は?」
「言っただろう。黒の魔王は赤の魔王を手に入れたいと思っている。何百年経とうと変わらんらしい」

リンが幼い姿に似合わない笑みを浮かべる。

「古代魔法を唱えて私と朱璃を引き剥がそうとしたが、私たちの魂はほとんど混ざり合っているらしい。朱璃と共に私の魔力も奪われた」
「それでその姿なのか?」
「あぁ。元の姿になれないこともないが、長くは持たん。魔法もな、実は簡単な物しか使えないんだ。ここで唱えた呪文もお前の生気を借りてやっと使えたくらいなんだが、普通の人間にはわからんらしい」

リンの視線がドアへと向けられる。
同時にラスも同じ方を見た。

「足音が聴こえる。あの領主のと、統制の取れた物が4、5人‥‥?」

ラスの腕の中からセレスが呟いてリンを見る。

リンはその視線を受けて心底嫌そうな表情になった。

「ここの領主が私を知っているとは思えない。とすれば目当てはセレスだろう」
「でもリンが起きてるかどうかを気にしていたわ」
「そりゃ、私が起きていると都合が悪いんじゃないか?何せこの街の結界を一人で修復したんだからな」

普通、街に施す結界は複数の魔法使いの手に依って行われる。
大体は4人。
大きい街なら7人。
それだけ大きな魔力が必要なのにリンはたった一人で行った。

最も破壊されていた結界は1ヶ所だけだったけれど。
それでも魔物への攻撃も同時に行ったのだ。

恐れられる理由には充分だ。

「私に何の用なのかしら?」
「エスタの皇女だと知られたからだろう。魔物が大声で言っていたからな」
「リン」

低い声でラスがリンを呼んだ。

「お前は俺たちの何を知っている?」
「お前が知られていると思うことをだ。私は何百年もの間エストリアの国を見守ってきた。友の血を引く者達をな」

リンの紅い瞳が、真っ直ぐ2人を見つめる。
その目が楽しそうに細められた。

「お前たちは2人によく似ている」
「子孫、ですもの」

小さく言ってセレスは立ち上がる。
ラスも仕方がなさそうにため息をついて隣に立った。

「エストリア王国第一皇女セレスティーナ ルティア エストリアスよ」
「ラスティア ロス イクシオン。妾腹の第二皇子って肩書きだ。ま、俺的には近衛兵団第一師団長って方が馴染みがあるけどな」

ほんの少しのだけリンの目が丸くなった。

「ずいぶんと立派な名前だなぁ」
「そうね。だから今まで通りセレスって呼んで」
「そうさせて貰う。ラスもそれでいいか?」
「俺をラスティアと呼ぶのは死んだお袋だけだ。ラスでいい」
「わかった」

足音が扉の前で止まった。

一呼吸置いてドアがノックされる。

「剣士様」
「なんだ?」
「少しお話をさせて頂いても構いませんか?」
「後にしてくれ。取り込み中だ」

ラスがリンを見る。
リンは小さく頷いて静かに窓を開けた。

「火急の用なのです」
「しつこい」

窓の下には誰もいない。
それを確かめてリンがセレスを手招きする。

「先に降りろ」
「ここから⁉」

窓は2階の高さにある。
当然の様に聞き返すセレスにリンはニヤリと笑った。

「飛べるだろう?」

普通の人間が2階から飛び降りればよくて骨折。
悪くすれば死んでしまう。
そんなことは誰でも知っているはずなのに、リンの紅い瞳がじっとセレスを見つめている。

まるで答える言葉が分かるように。

しばらくの間無言でリンを見つめていたセレスが諦めたようにため息をついた。

「本当に何でも知っているのね」
「そうでもないぞ?私はセレスの好みは知らないし、嫌いなものも分からない。知っているのは背中の翼だけだ」
「それだけ知ってれば充分殺す動機になるけどね」

躊躇なく窓枠に足をかける。

「でもね、このくらいなら翼を広げなくても飛べるわよ。もちろんラスもね」
「それは良かった。あんなデカブツを抱えて飛ぶのは苦労するからな」

ラスが振り返って、さっさと行けと手を振っている。
それに答えるようにセレスが宙に身を踊らせた。

「話ならそこでするんだな。聞いててやるよ」
「そう言わず、どうか。この街を助けると思って」

扉の向こうでカチャリと金属音が響いた。

その音を合図にラスも窓まで下がる。
変わりにリンが杖を構えて前に出た。

「リン。何してる?」
「先に行け。魔導の気配がする」
「ダメだ。一緒に行くぞ」
「良いから行け。防御と目眩ましをしておいてやるから」
「アホか。お前まだ本調子じゃないだろうが」

言うが早いかラスの太い腕がリンの体に巻き付いた。

「ガキはガキらしく大人に甘えやがれ」
「な⁉何を!」

そのままリンを抱えあげて空へ飛び出した。
同時に部屋のドアが蹴り破られ、閃光が部屋を包んだ。





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