勇者と魔法使いの物語

□蒼の皇女
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白い光が辺りを照らした時には3人の姿は物陰に隠れていた。

そのまま闇を縫うように走って門までたどり着く。

街を守る壁は屋根より高い。
それに続く門も似たような高さだ。

日が落ちてから外に出ていく者も居ないこともあって門番の姿はない。
ただそれは内側の話であって外を見張る不寝番はいるはずだ。

「ここから出れば見つかるな」
「でもここ以外に門はないわよ?」
「ラス」
「少し離れた場所から越えるか?」
「それしかないわね」
「ラス!」

肩に担がれたままのリンが苛立たしげにラスを呼んだ。

「いい加減降ろせ!」
「何でだよ。この方が早いだろうが。つか、お前軽いなぁ」
「だってラス。リンは子供でしょう?軽くて当たり前よ」
「私はお前たちよりは何百年も長く生きてきてるんだがな」
「じゃあ、年寄りは黙って運ばれとけって」
「‥‥‥‥焼き殺されたいか絞め殺されたいか刺し殺されたいか、好きなものを選ばせてやる」
「分かった分かった」

ラスが苦笑しながら肩からリンを降ろす。

「ガキでも年寄りでも何でもいいけどな、俺にとって重要なのはお前が女だ、ってことなんだよ。俺は女に甘いんだ。だからキツかったらいつでも言えよ」

堂々と言うラスを暫く見上げてリンが大きくため息を吐き出す。
そしてセレスを見た。

「こいつ、いつもこんな感じなのか?」
「そうね、だいたいこんな感じかしら。でも貴女には特に酷いかも」
「当たり前だろう。お前は俺の初恋の女なんだからな」
「‥‥‥お前はバカなのか?」

呆れ果てた様に呟いたリンの頬が少しだけ赤くなっている。
それを見られないようにして頭のフードを深く被った。

「何にせよこの壁を越えるのは止めた方がいい。これは魔物を阻む結界だ。外からは元より内からも出さないようになっている。お前の体に何が起きるか予測がつかないからな」

リンの言葉にラスの視線が鋭くなった。
フードによって見えないリンの顔をじっと見つめて、大きなため息を吐き出した。

「お前は本当に何でも知ってるんだな」

呆れたように呟いた顔は、同じセリフを口にしたときのセレスと同じだ。

それを見てリンがクスリと小さく笑った。
そしてセレスにした時と同じセリフを口にした。

「そうでもないぞ?私はラスの好みは知らないし、嫌いなものも分からないからな」
「好きなものは酒。嫌いなものは特にないな。好みの女は銀髪赤目の超絶美女だぞ」
「‥‥‥‥それが私の事ならお前の趣味はどうかしてる」
「俺はそうは思わねぇけどな。で、ここから出られないならどうする?」

何事もなかったように会話を続けるラスにリンの方がため息をつく。
そうしながら壁に手を当てながら門から離れて歩いていく。

2人はただついて行くのみだ。

領主たちの声は門の辺りで聞こえていて3人には気づいていないらしい。

不意にリンの足が止まった。

「ラス、セレス。お前達を信用して言っておく。今の私は賢者とは名ばかりで見習いの魔法使い程度の魔力しかない。今魔法を使えば確実に動けなくなるし、その状態で魔物に出くわしてもただの足手まといになるだろう。だから私の事は捨て置いてくれて構わない。魔力はないが、命にはまだ余裕があるからな。死んでも生き返るから安心しろ」

ラスが何か言いたげに口を開いて、閉じる。
変わりにセレスが大袈裟にため息をついた。

「そんなこと出来るわけがないでしょう?」
「何故だ?」
「あのね、目の前で知り合いに死なれて何も思わない人はいないの。第一生き返るってことは一度死ぬんでしょ?」
「死ぬから生き返るんだろう?」
「だったらダメ。私は誰も死なせないって決めてるから」

今度はリンが何か言いたげに口を開いた。
そのまま言葉を探して、諦めたように口を閉ざした。

「分かってくれたなら貴女が死なない方法を探して」
「無理なことを‥‥」

そう言ったリンの顔が困ったように笑っている。

「だいたい魔力が施された壁を越えるのに魔法を唱えるななど聞いたことがない」
「だったらいっそのことぶっ壊すか?」
「そんなことをすればこの街は魔物の襲撃を受けるだろうが。それにそもそも壊されないための結界なんだぞ」
「‥‥確かに」

思わず納得するラスを呆れたように見ながらリンが壁を杖で叩いた。

岩を叩く様な音がある1ヶ所で金属を叩いたような甲高い音に変わった。

「今の?」
「普通この手の結界は複数の魔法使いが協力して張る。それぞれが一定範囲を担当するからどうしても継ぎ目が出来るんだ。魔力の高い魔法使いだとその継ぎ目も綺麗に紡ぐんだが、この街はそうでもないらしいな」

金属音がした辺りに手を当てて何か呟くと淡い光が縦に真っ直ぐ灯った。

「これが繋ぎ目なの?」
「そうだ」

そう言って杖をそこに突き立てる。

瞬間そこに人が通れるくらいの穴が空いたのである。

「ラス、セレス早く行け。こじ開けただけだからすぐ気づかれる」
「分かった」

慌ててラスがくぐり抜け、続いてセレスが穴をくぐって行く。
その後に続こうとしたリンの顔の真横に矢が突き刺さった。

「なかなかに優秀だな」

暗闇の中、矢手の姿は見えない。
けれど矢は正確にリンを狙っている。

「リン!」
「バカ!!出てくるな」
「っ!?」

顔を出したセレスの頬を掠めて矢が飛んでいく。

「すぐ行くから引っ込んでろ!」

杖を引き抜くと同時にリンが穴に飛び込む。
その小さな背中に向けて何本も矢が降り注ぐけれどあっという間に穴が閉じ、元の壁へと戻っていた。

「セレス!怪我は⁉」
「大丈夫。掠めただけ」

言葉通りセレスの白い頬に赤い筋がついている。
その傷にラスが素早く緑色の何かを塗りつけた。

「ちょっ!?何よ!」
「毒消しだ。良いから動くな」
「大丈夫だってば」
「ラス!そのままセレスを抱えて森へ走れ!」
「あぁ!」

器用にセレスの頬を押さえたまま抱き上げて駆け出すラスの足元へ矢が刺さる。

なおも飛んでくる矢を杖で弾き返してリンも駆け出した。

「どんな目をしてんだ⁉」

叫ぶラスの横を矢が飛んでいく。

いくら腕のいい狩人でも明かりが乏しい暗闇で獲物を正確に射るのは難しい。
けれど矢は確実に3人を狙い続け、いつまでも飛んでくる。

「勇者の器がいるんだろう。‥‥性格も勇者の器ならいいんだがな」

穴を抜けるときに肩に刺さった矢を折りながらリンが皮肉げに呟いた。





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