勇者と魔法使いの物語

□黄金の剣士
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ラスは僅かに聞こえた微かな声で目を覚ました。

それは本当に小さな声だった。

けれど聞き間違うはずかなかった。

「‥‥んっ、‥‥ぁ」

小さな小さなあえぎ声が誰のものか、頭が理解するよりも早く下半身の方が反応していたから。

「やっ‥‥、あぁっ」

その声に聞き入っていたのは一瞬だったはずだ。
けれど間違いなく意識がそちらへ向いていた。

真後ろに立つリンに気が付かなかったのだから。

「誰かが結界に入ったな」
「っ!リ、リン!?いつからそこに!」
「何を驚く?」
「いや、気にしないでくれ。それよりも‥‥」
「あぁ。何者かが結界内に浸入した」
「誰も入れなかったんじゃねぇのか?」
「そうだな。だが‥‥」

窓の外へ視線を向けても濃い霧のせいで何も見えない。
ただ、リンは外を見ているわけでは無さそうだった。

赤い目が細められて見えない何かを探ろうとしていた。

今、子供に見えるリンは数時間前には大人の女の姿だった。
きめの細かい白い肌と触れると折れそうな細い肩がラスの脳裏に甦る。

肩の治療をしていたときには何も感じなかったけれど改めて思い出すと腰が疼いてくる。

セレスの声など気にならないくらい強烈に。

「私の結界を壊さず侵入出来るとすれば一人だけだ」
「誰だ?」
「お前たちが探している相手」

そんな相手は一人しかいない。
けれどその相手はすでにこの世にいないはずだった。

そう考えている間にリンが窓を飛び越え外へ出た。

「魔王が、お前たちの兄上が来ているのなら早く止めなければ」
「リン?」

後に続くようにラスも外へ出る。

「何故エスタの王族が近親婚を繰り返すのか、知っているか?」

じっと見上げる赤い瞳を思わず見つめる。

「呪い、だからだろう?」
「だからその呪いが掛けられた理由だ」
「魔王が自分の依り代と天使を造り出すためか?」

昔カイトが言っていた事を口にするとリンの赤い目が少しだけ丸くなった。

「さすがに呪いの効果が薄れてきてるんだな」
「そうなのか?」
「少し前まではその事にすら気付けないようになってたんだ。何の疑問も持たず同じ血を受け入れ続けていた。それがエスタの呪い。お前の言う通り依り代の人間と滅びたはずの天使を産み出すことが目的だ」

魔王は千年に一度魂を移し変えることで生き続けている。
前回の儀式の時依り代だったのがゼフェルで天使がユーフィリア。エスタの初代国王と王妃だった。

「前の時、儀式は私が阻止した。天使の純潔を奪ったのはゼフェルだったが、それに協力したのは私だ。そして天使族の村を滅ぼしたのも私」
「何?」
「ユーフィリアが純潔を失っても他の天使がいれば意味がないだろう?だから一人残らず殺したんだよ」

顔色を変えることなく淡々とリンが言う。

「実質的に儀式を行う事が出来なくなった黒の魔王を一時的に封じたんだが、その時に呪いを掛けられたんだろう。近親婚を繰返し、千年後に再び儀式を行えるように」
「その千年後とは、あとどのくらいだ?」
「たぶんあと一代か二代。現に王の血を引く者に女はセレス一人きりなんだろう?だとすれば兄妹で交わる確率が高くなる。同時に依り代が誕生する率もな」

霧の中を進むに従ってセレスの声が大きく聞こえてくる。

「今、魔王はカイトの身体を使っている。たぶん今までのどの器より使いやすいはずだ。カイトに魂を移したのは偶然だろうがこの期を利用しないヤツはいないだろう」
「‥‥‥つまり、何だ?」
「カイトの体でセレスと交わり子を為せば高い確率で天使か依り代が産まれる。後はその子達を使い儀式を行えば千年は確実に生きられるだろうな」
「だがカイトはそんな真似しない」
「カイトの意識はない。あれは魔王だ」
「そんな筈がない!カイトが消えるはずが!」

叫んだ瞬間周りの霧が晴れた。

一番に視界に入ったのは抜けるように真っ白な肢体。
そしてセレスの身体を凌溽する見慣れた姿だった。

「俺の妹に何しやがる!!」

反射的に叫んだ時には頭の中は真っ白になっていた。

セレスを妹だと思ったことは今まで一度もなかったのに。

セレスから飛び離れて振り向いた顔は最後に会ったときと少しも変わっていなかった。
それがさらにラスの怒りに火を着けた。

「カイト!」
「ラス。あれはカイトじゃないよ」

リンのそんな言葉も耳に入らなかった。






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