ボーボボは愛煙家ではない。吸えないことは無いが、本当に嗜む程度で、世の喫煙者のように日に何本何箱も吸う程の中毒者ではなかった。二週間に一本吸うか吸わないか。吸わなくとも別に困らない。それがボーボボだった。






対して、ボーボボの恋人である破天荒は極度の愛煙家だ。一日の喫煙量は一箱半から二箱という、極度のタバコ大好き野郎である。最近はどこもかしこも禁煙化が進んでいるし、タバコ自体も値上がりしたというのにそんなものはどこ吹く風で、本数を減らそうという気もなく、毎日毎日煙を燻らせている。破天荒もタバコも嫌っているヘッポコ丸なんかは破天荒がタバコを取り出しただけで嫌な顔をするのだが、破天荒はそれを逆手に取ってヘッポコ丸の顔に紫煙を吹き掛けて遊んでいたりする。お陰で顰蹙を買い、ますます二人の間の溝は深まっているのだが、それはさておき。





「こんな所に居たのか」





宿から少し離れた場所に植わっている、大きな銀杏の木。その下で夜空を見上げながらタバコを吹かしていた破天荒に近付いてきたのは、彼の幼馴染みであり恋人でもあるボーボボだった。破天荒は片手に携帯灰皿を持っていた。そういうマナーはしっかり守ってるのか、と意外な一面を垣間見たボーボボは少々面食らった。




そんなボーボボの驚きになど気付きもせず、破天荒は「よぉ」とタバコを持った方の手を上げてボーボボを迎えた。そして既に短くなっていたそれを目一杯、フィルターギリギリまで灰に変えた後、携帯灰皿に放り込んだ。





「なんでこんな所に居るんだ?」
「ガキがうるせぇんだよ。部屋で吸うなーってさ。だから出て来たんだよ」
「なるほど」




今日は破天荒とヘッポコ丸は同室だ。だからボーボボはここに来る前に二人の部屋に行っている。そこに破天荒がいなかったのでヘッポコ丸に行き先を尋ねた時、なんとなくヘッポコ丸が不機嫌そうに見えたのは、破天荒の喫煙についてひと悶着あったからに違いない。





そのひと悶着で破天荒が引き下がったのは、単に早く一服したかったからだろう。ヘッポコ丸の意見(文句というのが妥当だろうか)をどこまで認識していたかも怪しい。半分以上聞き流していた可能性が高い。適当にあしらい、ここまでタバコを吸いに出てきたのだ。そう考えると、ヘッポコ丸に少し同情した。あの少年は、破天荒に力で勝てなければ口でも勝てないらしい。








隣に座るよう促されたので、ボーボボは破天荒の隣に座った。夏が過ぎ、秋が深まってきた最近は、夜はとても過ごしやすい気温になってきた。それに合わせ、紅葉や銀杏の葉が色付いてきている。二人が腰掛けている銀杏の木も例外ではなく、ほぼ全ての葉が見事に黄色く色付いている。そして今宵は見事な満月で、月光を受けた銀杏の葉は金に近い色合いを二人に見せ付けていた。





その美しさに暫し見蕩れていたボーボボとは裏腹に、破天荒は早々に二本目のタバコに火を付けていた。情緒の欠片も無いな、とボーボボは苦笑したが、もともと破天荒は自然の美麗さに関心など持たない。銀杏の美しさに見入るよりも、タバコを味わう方が彼にとっては有意義だろう。月光よりも明るい火種が、暗さに慣れ始めた目には少し痛かった。





「お前も吸うか?」
「あぁ、ありがとう」





差し出された箱から一本抜き出す。ボーボボは愛煙家では無いので、自分のタバコなど持っていない。冒頭で二週間に一度吸うか吸わないか、と述べたが、その大半はこうして破天荒に勧められた時なのだ。でも毎回勧められるというわけではない。あくまで破天荒のその時の気分による。自分が吸う貴重な一本を献上するか、否か。今日はあげても良いと思ったらしい。







ボーボボがタバコを咥える。しかし勿論ライターなんて持っていないので、借りようと思って破天荒にライターを求めた。しかし破天荒はボーボボを一瞥するとライターをポケットに仕舞ってしまった。思わずボーボボは眉を顰めた。





「おい、破天荒」
「なんだよ」
「ライター貸してくれ。火が付けられない」
「こっちでいいじゃん」






そう言って破天荒は、自分が咥えたままのタバコをボーボボに示した。赤々とした火と共に紫煙が揺れる。どうやらここから火を取れと言っているらしい。所謂シガーキスだ。




まさかの提案に呆気に取られていると、破天荒に「早く。灰が落ちる」と急かされた。ボーボボは慌てて自分が咥えたタバコを破天荒のタバコに押し付けた。ジジ…とフィルターが焼ける音がする。数秒間そのままでいると、無事にボーボボのタバコにも火が点った。破天荒から離れ、一服する。久々のタバコは別に上手いとも思わないが、肺を煙が満たす感覚はなんとなく心地よかった。





「素直にライター渡せよ」
「いいじゃねぇかたまには」
「全くお前は…」
「なぁボーボボ」





フゥ…と紫煙を吐き出し、破天荒はボーボボを見やる。そこにあったのは、幼い頃よく見た、イタズラを思い付いた時に浮かべていた無邪気な光を灯した瞳。ボーボボは瞬時に、きっとロクなことを言わないぞ、予想した。


その予想は、良いのか悪いのか、裏切られなかった。





「タバコでのキスじゃなくて、タバコ味のキスは欲しくないか?」





ほらな、とボーボボは無言で破天荒にデコピンをした。いて、と破天荒が額を押さえて恨めしそうにボーボボを睨み付ける。ボーボボはその視線を無視してタバコを吸った。薄い靄のような紫煙は、夜の空気に混じってすぐに分からなくなってしまった。





「何すんだよ」
「お前がバカなこと言うからだろ」
「俺はシガーキスじゃ物足りない」
「…吸い終わったらしてやる」
「やりぃ」





じゃあさっさと吸えよ、と急かしながら、破天荒もスパスパとフィルターを短くしていく。その表情はとても嬉々としている。そんなにボーボボとキスがしたいのだろうか。そういえば、とボーボボは道中を振り返る。今日一日、まともに破天荒の相手をしてやっていなかった気がする、と。






もしかして寂しかったのだろうか。だからシガーキスじゃ物足りない、なんて言ったのだろうか。ボーボボにシガーキスを強要したのは、話を上手く持っていくための伏線だったのだろうか。そこまで破天荒が考えていたのかは分からないけれど…。





とりあえず今、確実に分かることは一つだけだ。





「ほら、ボーボボ。吸い終わったぞ」





携帯灰皿に吸殻を放り込んだ破天荒が、まるでキスをねだるかのように体を摺り寄せてきた。二本目のタバコを、破天荒はきっとロクに味わってなどいないだろう。そこまで、ボーボボとのキスを所望しているというのだろうか。




ボーボボは溜め息をつき、まだ半分程度残っているタバコを破天荒が持っていた携帯灰皿を奪ってその中に突っ込んだ。これ以上吸っていても、味わう余裕なんてありそうになかったからだ。それに、元々自分のタバコではない。少々勿体無いとは思うが、急かした破天荒が悪い。





「あーあー勿体無い」と紡ぐ破天荒の唇を、ボーボボが塞いだのはそれからすぐのこと。濃厚なタバコの味と匂いがお互いの口内と鼻腔に広がっていく。味も匂いも苦い。喫煙者でなければ、このキスを受け入れるのはなかなか抵抗があるかもしれない──そんなことを考えながら、ボーボボは破天荒の腰を引き寄せ、だんだんとキスを深くしていった。















大人味のキス
(ボーボボ、部屋戻ろう。燃えてきた)
(タバコでも燃やしてろ)




破天荒は喫煙者に見えます。ボーボボは別に。でも吸っててもありかなーと思う。しかしタバコは体に悪いよ!






栞葉 朱那

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