夏休みを利用して、俺は母さんと妹と一緒に田舎のおばあちゃんの家に遊びに来ていた(父さんは仕事あるから留守番)。高校生にもなって長期休みの予定がおばあちゃんの家とか…なんて来るまでは思ってたけど、そんな鬱々していた気分は都会ではお目にかかれない大自然を目の当たりにしたら簡単に吹っ飛んだ。俺は自分が思っていたよりも、単純に出来ていたらしい。







おばあちゃんの家は海と山のちょうど境目にあって、家を出て左の道を行けば海に、右の道を行けばおばあちゃんが所有している畑と山に行けるようになっている。一緒に野菜を収穫すると言う母さんと妹を置いて、俺は単身海に行くことにした。あいにくもう夕方近くになっていたから、水着は持たず財布と携帯だけをポケットに仕舞い、おばあちゃんが用意してくれたサンダルを履いて家を出た。









海に行く道の途中で、火事があったのか、ほぼ全焼と言わざるを得ない程無惨に黒焦げになった家があった。立入禁止を意味する黄色いテープを横目に見ながら、俺は強い夏の日差しを遮るように手を翳した。都会に比べれば自然が多いと言えど、照り付ける太陽の光は平等だ。暑いものは暑い。帽子をかぶって来るべきだったかなと後悔したが、今更戻るのも面倒で、結局足は海に向かって伸びていた。それに、あと数時間で陽も沈むだろうし。水分さえちゃんと摂っておけば、熱中症にもならないだろう。







海岸に足を踏み入れると、驚くことに人っ子一人居なかった。目の前に広がるのは、どこまでも青くたゆたう綺麗な海だけ。ちょっと我が目を疑った。いくら田舎だからって、真夏日に海が無人とはどういうことだ。この町に住んでる人達はみんな海より山を愛しているのだろうか。あれ、山ってそんなに魅力的だったっけ?





些末な疑問を抱きながら、何をするでもなく波打ち際を歩く。寄せては返す波が足を撫でていく。水が冷たくて気持ちいい。明日は午前中に来て、存分に泳ごうと心に決めた。波が寄せて足が濡れる。波が返ると共に巻き上がった砂が足を汚す。それがまた寄ってきた波で洗い流されて…それを繰り返す足元を見ながら歩いているうちに、俺はいつの間にか海岸の端に辿り着いていた。








切り立った崖のせいで影になっているそこは、日光が遮られてとても涼しい。崖を見上げると結構な高さで、こんな所から落ちたらひとたまりもないんだろうなと身震いする。波打ち際から離れ、崖の側面を沿うように歩いていく。…そこで俺は、一人の女の子を見付けた。










桃色の髪をした女の子だった。シンプルでありながら、可愛らしいワンピースを着て、麦わら帽子をかぶっている。その子はしゃがんで、辺りの砂を払ったり掘り返したりしては、キョロキョロと周りを見渡していた。何かを探しているだろうか。帽子の陰に隠れて表情はよく見えないけど、なんとなく、焦っているように思えた。もしかしたらとても大切な物を、落としてしまったりしたのだろうか。






「あの──」






ゆっくり近付きながら声を掛ける。するとその子はビクッと大袈裟に肩を震わせて、弾かれたようにこちらを振り向いた。あまりに大仰な動作に、麦わら帽子が頭から落ちる。まともに交差した青い瞳は、警戒心に満ちているように見えた。怖がらせてしまったのは明白だった。






「ご、ごめん! お、俺、えっと…怪しい者じゃないんだ!」






バカか俺は。自分に自分でツッコミを入れる。こんなの余計に不安を煽るだけだろう。他に言いようあっただろうに…テンパるとロクなことが言えない。こんな自分があまり好きじゃなかった。




あたふたと一人慌てる俺をジッと見ていたその子は、しばらくするとクスッと小さく笑みを零した。そして「ううん」と首を振った。






「私こそごめんね。見掛けない顔だから、ビックリしちゃって」
「あ…俺、今おばあちゃんの家に遊びに来てて…」
「そっか。夏休みだもんね、今」
「うん。……何か、探し物?」





警戒心が解けたらしいと判断してホッと胸を撫で下ろす。そして、単刀直入に気になっていたことを切り出してみた。すると、その子は困ったように視線を落とし、麦わら帽子を拾い上げて付いたしまった砂を払い落としながら、教えてくれた。






「イヤリングをね、探してるの」
「イヤリング?」






言われてその子の耳に目をやる。あぁ、確かに片方だけ、緑色の球体がついたイヤリングがある。探しているのは、もう片方のイヤリングなのだろう。






「三日くらい前に、この辺りで落としちゃったみたいなの。でも、気付いたのは日が暮れてからで…だから探してるんだけど、見付からないの」






波に持っていかれちゃったのかな…とその子は言う。確かに落としたのが波打ち際に近いところだったなら、その可能性もある。そうじゃなくても、風が吹いて砂が舞い、イヤリングが砂に埋もれてしまっているのかもしれない。あまり大きくないイヤリングだし、風で転がっていってしまった可能性もある。三日も探していて見付からないなら、このどれかが原因なんだろう。





話しながらも、彼女の視線は砂に向けられたままだ。早く見付けたいんだろう。きっと俺なら、一日で探すことを止めてしまうに違いない。なのに三日もめげずに探しているということは、よっぽど大事なイヤリングなんだろう。問い掛けてみると、肯定の言葉が返ってきた。






「お兄ちゃんが、去年のクリスマスにくれた物なの。ピアスはダメだけど、イヤリングならいいよって」






なるほど、お兄さんに貰ったプレゼントなのか。それなら執着するのも分かる。自分で買った物ならまだしも、人から、しかも家族から貰った物は、宝物であると言える。彼女が今悲しそうな目をしているのは、宝物を一つ、このまま永久に失ってしまうかもしれない喪失感に襲われているからだ。その穴を埋める代替品なんて存在しない、唯一無二の宝物。







それを知った俺が、こう申し出るのは、最早自然だと言えよう。






「良かったら、俺も手伝うよ」














彼女の名前はビュティというそうだ。歳は俺より二つ下、つまり中学二年生。両親共々仕事で海外出張中で、今はお兄さんと二人で暮らしいるらしい。三日前、そのお兄さんとここに遊びに来ていたらしく、その間にイヤリングを片方紛失してしまったのだと言う。この海岸に来るまで確実につけていたから、ここにあるはずだとビュティは主張する。








その言葉を信じ、俺はビュティと共に砂浜に四つん這いになってイヤリングを探す。砂を払い、穴を掘り、イヤリング以外の物が出てきては落胆する…それを繰り返す。






「ごめんねへっくん、手伝ってもらっちゃって」






俺と同じように四つん這いになりながらビュティが申し訳無さそうに声を掛けてきた。俺は呼ばれ慣れないあだ名にドギマギしながら首を振った。どうせ目的も無く海に来ていたから、手伝うのは吝かじゃない。それに、事情を知ってしまった手前、見なかったフリも出来ない。無情に切り捨てることは、良心が痛む。学校で『お人好し』と揶揄される所以だ。










色々な言葉を交わしながら、俺達はイヤリングを探した。俺が通ってる学校のこと、今流行ってること、先生の面白エピソード。ビュティも色々話してくれた。二日に一度は両親とテレビ電話で話すこと、兄とは歳が離れていること、進学する時は都会に出たいということ…手を休ませることなく話していると、いつの間にか手元が暗くなってきていた。空を見上げると、だいぶ太陽が沈んでいる。もうすぐ辺りは闇に包まれるだろう。






「もう暗くなるな…今日は諦めて、帰ろう」






立ち上がってビュティに帰宅を促す。俺と同じように空を見上げていたビュティは、しばし逡巡した後「私はもう少し残る」と言った。






「え、でも…」
「大丈夫。お兄ちゃん、今夜は帰りが遅くなるの。だからまだ帰らなくてもいいの」
「けど、暗くなるよ?」
「早く見付けたいの」






海を溶かしたような青い瞳に宿る意思は強く、有無を言わせない迫力があった。その迫力に気圧された俺は、「じゃあ…気を付けて」と言って踵を返すしかなかった。二歳も年下の女の子に言いくるめられるなんて、情けないにも程がある。親友に知られたら、『ヘッタレ丸』と呼ばれてからかわれるのは目に見えていた。絶対明かさないようにしよう。






ザッ、ザッと砂を撒き散らしながら、海岸と道路を繋ぐ階段を目指す。そうこうしてる内に太陽はほぼ隠れてしまったようで、足元がよく見えない。裸足で歩いていたら、うっかり貝殻が刺さってしまうかもしれない。想像しただけでも痛い。サンダルが脱げないように注意しながら、俺は歩を進める。









何の気なしに振り向いてみた。崖の下はすっかり闇に塗り潰されていて、ビュティの姿は見えなかった。
















次の日、遊びに行くと偽って昼前に家を出た。一緒に山に虫取りに行こうと妹にせっつかれたが、宥め梳かしてなんとか振り切ることが出来た。ごめんな。お兄ちゃんは、虫よりも大事な用事があるんだよ。






昨日の教訓を生かし、おばあちゃんが貸してくれた麦わら帽子が飛んでしまわないように押さえながら昨日歩いた道を行く。今日もビュティは居るだろうか。今日もまだ、イヤリングを探しているだろうか。俺はまだ、手伝わせてもらえるんだろうか。









果たして、ビュティはそこに居た。相変わらず砂を払ったり掘り返したりしながら、キョロキョロと周りを見回している。どうやらあれからもイヤリングは発見出来なかったらしい。嬉しいような残念なような、相反する想いを秘めながら、俺はビュティに近付いていく。足音に気付いたらしいビュティが、俺の顔を見て瞠目した。まさか今日も来るとは思っていなかったのかもしれない。






「へっくん、どうしたの?」
「手伝うよ、探すの」
「え? でも、昨日も手伝ってもらったのに…」
「良いんだよ。乗りかかった船だ、せめて俺が帰る日までは、手伝わせてよ」






そう申し出ると、ビュティは心底驚いたような顔をした。固まってしまったビュティを見て、俺は気まずくなって頬を掻いた。やっぱり、迷惑だっただろうか。昨日会ったばかりの奴がここまで首を突っ込まむのは、図々しいだろうか。でも、昨日家に戻ってからも、ビュティのことで頭が一杯だった。イヤリングは見付かっただろうか、ちゃんと家に帰れただろうか、そもそも何処に住んでるんだろうとか…色々な考えがぐるぐると頭を回って、なかなか寝付けなかったのだ。













多分、俺はビュティのことが──













困惑していると、ビュティが緩く笑って「ありがとう」とお礼を言ってきた。






「へっくん、優しいんだね」
「え!? そ、そう…かな…?」
「うん、そうだよ。ありがとう、へっくん」
「い、いや、お礼なんていいよ! それより、早く探そう」






思わず赤くなってしまった頬を見られないように素早く四つん這いになり、砂を払ってイヤリング捜索に乗り出す。俺の不自然な動きに何も思わなかったのかはたまた気付かなかったのか、ビュティもイヤリング捜索に戻った。ドクドクと鳴る心臓の音が、ビュティに聞こえたらどうしようって、俺はそんなことばかり考えていた。










その日から更に三日、俺はビュティと一緒にイヤリングを探し回った。でも、見付からない。どれだけ砂浜を歩き回り、掘り返し、払い回して見ても、緑色の球体が姿を見せてくれることは無かった。ここまで見付からないと、もう波に浚われて海の底に沈んでしまった可能性が非常に高いと言わざるを得ない。ビュティも、それに薄々気付いているようだった。






かろうじて設置されていた一台の自動販売機で買ってきたジュースを、崖の下に移動して飲みながら休憩する。ビュティの表情は冴えない。やはり見付からないことに相当のショックを受けているようだ。致し方ないことだが。そして、落ち込んでる女の子になんて言葉を掛けてやればいいのか分からない俺は、やはり『ヘッタレ丸』の異名に相応しいのかもしれない。






「ごめんねへっくん、手伝ってもらったのに…」
「え、いや…ビュティが謝ることじゃないし…」






手の中の缶を弄びながら必死にフォローする。いや、フォローと呼べるのかどうかすらも怪しいけど。






「私、お兄ちゃんに本当のこと言おうと思うの」
「…イヤリング、見付からなかったって?」






うん、とビュティは頷く。どうやら彼女は、もう完全に諦めてしまったようだ。これだけ探して出て来ないのだから、潔く諦めるのは得策だと言える。寧ろ、一週間も探し続けてきたのだから、それは賞賛に値すると言えよう。お兄さんもきっと、話せば分かってくれると思う。




そう伝えると、ビュティは少しだけはにかむように笑った。






「へっくんがそう言ってくれると、心強いな」
「そんな…俺は全然役に立てなかったし…」
「そんなことないよ。ここまで付き合ってくれて、ありがとうへっくん」






よっ、とビュティが立ち上がる。釣られるように俺も立ち上がった。






「今日、お兄ちゃんお休みなの。今から話してくる」
「今から…ビュティの家、どこなの?」






それは三日間、聞くに聞けなかった質問だった。さすがに知り合って四日で家の場所を聞くのはおかしいと思ったので自重したのだ。あまり親しくない男の子に家の場所を聞かれるなんて、最悪引かれかねない。それだけは避けたかった。でも、今なら自然な流れで聞けそうだったから、やぶれかぶれで聞いてみた。幸い、ビュティはなんの疑念も抱かなかったようだ。隠れて胸を撫で下ろした。






「すぐ近くだよ。ここに来る途中で、一つだけ赤い屋根の家があったでしょ? あそこが私の家なの」
「赤い屋根…?」






言われ、記憶を掘り返してみたが、道中に赤い屋根の家なんて無かった。そう伝えると、ビュティが訝しげに俺を見た。






「そんなはず無いよ。うち以外に赤い屋根なんて無いし…あ、それと、左が青で、右が黄色の屋根の家なの。順番を変えたら、信号機だよねっていつも思ってたの。どう? 思い出した?」






左が青で、右が黄色の屋根──その情報を元に、再び記憶を探る。確かに、青い屋根の家はあった。黄色の屋根の家も…でも、その間にある家は…確か…。









思い至り、俺は戦慄する。思わずビュティの顔を見つめてしまった。ビュティはキョトンとして首を傾げている。俺の思い違いであってほしかった。恐る恐る…俺は、記憶を頼りに言葉を発した。






「ビュティ…確かに、青い屋根と黄色の屋根の家はあったよ。……けど、けど…」






そう、その間にあった家は──






「燃えて、無くなってるよ」









その瞬間、ビュティが頭を抱えて蹲ってしまった。持っていた缶が砂に落ちる。まだ中身が残っていたらしく、こぼれたジュースが砂の色を濃く染めていく。俺も自分の缶を投げ捨て、ビュティの肩を掴む。ビュティはガタガタと震えていて、額に汗を滲ませていた。開かれた唇からは、声にならない声が漏れてきていた。





「燃えて……あぁ、燃え、て………火が、赤い火がっ…」
「ビュティ! ビュティどうした!? しっかりしろ!」
「熱い、熱いよぉっ…お兄ちゃぁん……熱い…助けてっ…!」







突然、強い突風が吹いた。その風は砂を巻き上げ、俺の視界を一瞬で奪った。目と口に容赦なく砂が入り込み、思わずビュティから手を離して目を擦り、口に入った砂を吐き出した。目が痛い。異物を追い出そうとしてか涙がボロボロと出て来る。何度も何度も咳き込んで、唾と一緒に砂を何度も吐き出した。








突風が収まり、未だ痛む目と砂の食感が残る口内そっちのけで目を開けた。──そこにビュティは居なかった。残っているのは、ビュティが飲んでいた缶ジュースだけだった。それ以外に、ビュティの痕跡は残っていなかった。












真相を確かめようと走って帰る途中…海岸と道路を繋ぐ階段、その側面に、何かが埋まっているのを見付けた。確かめてみると、それはなんと、ビュティが探していたイヤリングだった。いつも海に下りる時には死角になっていて、帰る時は暗くなっていたから今まで気付かなかった。まさかこんな所にあるとは思っていなかったから、探そうともしていなかった。緑色の球体は砂で薄汚れていたけど、見間違いようもない。これは確かにビュティのイヤリングだ。







イヤリングをポケットに入れて、階段を上り、道路を走る。その道中にはあの焼けた家がある。恐らくここが、ビュティの家だ。お兄さんと二人で暮らしている、両親の帰りを待っていた家だ。きっとビュティは、火事に巻き込まれたんだろう。ならあそこに居たビュティは、なんだったのだろう。生霊? 思念? 幽体離脱? …考えても分からない。俺は再び走った。











全身汗だくになりながら、家に辿りついた。家には誰も居なかった。まだみんな帰ってきていないらしい。休む暇もなくおばあちゃんが溜めている新聞を漁る。探しているのは一週間前前後の物。目的の新聞を見つけ出し、隅々までチェックする。そして俺は、目的の記事を見つけた。それは、あの火事の記事だ。













俺はそれを何度も読んだ。火事があったのは、俺がおばあちゃんの家に来る三日前。深夜、家から火が上がっていると隣の家の住民から通報があったらしい。家にはお兄さんもビュティも居たようだ。お兄さんは自力で脱出し火傷を負うが軽傷、ビュティは消防隊員に救助されたが意識不明の重体。なお、出火原因は不明──












別の日の新聞に、出火原因は放火であったこと、その犯人が逮捕されたことが載せられていたが、ビュティの容態については載っていなかった。と言うことは、まだビュティの意識は戻っていないということ。今もまだ眠り続けているということ。イコール、あの海岸に居たのは、ビュティであってビュティじゃなかったということになる…。








恐怖は無かった。でも、不思議だった。火事に見舞われ、意識不明の重体に陥っていながら、イヤリングを探すことに固執していたのは何故なのだろうか。生霊だかなんだか分からないけど、そこまでしなければいけない代物なのだろうか…?お兄さんからプレゼントされた物だとは言っていたが、体から抜け出してまで探そうとするだろうか?





考えていても埒が明かない。俺は再び家を出た。目指すのはバス停。向かう先は、病院だ。

















面会の許可は案外すんなり下りた。まだ目覚めないが容態は安定してきたそうで、一般病棟に移されたばかりらしい。良かった、と思いながら教えられた病室を目指す。そういえばお見舞いとかなんにも持って来なかったな、と今更ながら気付く。しかしもう病室は目の前だ。後悔先に立たず。諦めて病室のドアをノックした。








ノックしてしばらく待っていると、中から男の人の声が聞こえ、扉が開かれた。現れたのは、彼女と同じ髪色の背の高い男性だった。頬にガーゼがあてられている。多分この人が、ビュティのお兄さんなのだろう。俺の顔を不思議そうに見つめてくる。なんだか居た堪らない。






「君は?」
「えっ、と…あの、ビュティさんの友達、で…」






友達、と形容していいものか悩んだが、他に適当な言葉が浮かばなかったので便宜上『友達』としておくことにした。






「これを、届けに来たんです…」
「! これは…」






ポケットに入れていたイヤリングを差し出すと、お兄さんは驚きで目を見張った。それはそうだろう。初対面の少年が自分が妹にプレゼントしたイヤリングを届けに来たら、驚かない方が不思議だよ。






バスの中で磨いたから、砂とかは一切付いていないそれをお兄さんは受け取った。それをしげしげと見ていたが、すぐ俺に視線を戻して中に促してくれた。まさか入れてもらえるとは思っていなかったので、しどろもどろになりながら俺は中に足を踏み入れた。











一般病棟、と言っても今ビュティが居るのは個室のようだ。たった一つだけ置かれているベッドに、ビュティは横たわっていた。海で見たのは、やはりビュティで間違いない。見間違うはずもない、海岸に居たビュティとここで横たわっているビュティは同一人物だ。唯一違うところと言えばお兄さん同様に頬にガーゼがあてられているくらいか。それ以外に目立った外傷は無い。一見すればただ眠っているように見える。






「煙を多く吸い込んでしまったらしい。ずっと意識が戻らないんだ」






椅子に腰掛け、ビュティの髪を撫でながら話すお兄さん(ソフトン、という名前だそうだ)。勧められるまま隣の椅子に腰掛け、お兄さん…もといソフトンさんを見る。目の下に濃い隈があるのが見て取れた。きっとビュティが心配で、ほとんど眠れていないんだろう。仕事もずっと休んでいるんじゃないだろうか。そんなことを続けていれば、いずれソフトンさんが倒れてしまうと危惧するが…それは俺が口出ししていいことじゃない。







布団から出ている手をそっと握ってみる。冷たい。それでも、確かに脈は感じる。ビュティはちゃんと、生きている。それが分かって安心した。俺はホッと息をついた。その手を握ったまま、届かないと分かっているのに話し掛ける。






「ビュティ、イヤリング見付かったよ。大事な物だったんでしょ? それをつけて、お兄さんを安心させてあげてよ」
「そうだ、まだお礼を言っていなかったな…ありがとう、見付けてくれて」
「いえ…俺は全然…」
「…火事のあった夜に」






ビュティの髪を撫でながら、ソフトンさんは語る。






「失くしたことに気付いたビュティは、ひどく狼狽えて泣いていたんだ。気にしなくていいと言ったのに、気に病んでな」

「そうなんですか…」






ソフトンさん曰く…もともと二人は長いこと一緒に住んでいなかったらしい。その辺りの事情は話してくれなかったが、ともかく、一緒に住むようになって、去年が初めてのクリスマスだった。その時にあげたのが、あのイヤリングなのだと。初めて兄があげたプレゼント…それはきっと、ビュティの中では何者にも変え難い特別な物に位置付けられたのだろう。









だから…なのだろうか。







こんな状態なのに、必死にイヤリングを探していた理由は。






「すまない、つまらない話をしてしまったな」






いいえ、と俺は首を振った。本音だった。つまらなくなんかない。二人は、兄妹という確かな深い絆で結ばれているんだなって…そう思うと、なんだか羨ましくもあった。俺もいつか妹と、こんな特別な絆を感じられるようになるのだろうか。二人が羨ましいな、と思った。












そのまま面会時間終了まで俺はソフトンさんの話を聞いていた。帰り際、良ければこれからも見舞いに来てあげてくれと頼まれた。しかし、俺はそれを苦渋の思いで辞退した。と言うのも、俺は明後日には実家に帰ることになっていたからだ。ビュティのことは確かに気にかかるけれど、帰らないわけにはいかない。





申し訳なくて頭を下げると、ソフトンさんはいやいいんだと笑ってくれた。そして、何か言付けがあるなら起きたら伝えると言ってくれた。






「じゃあ、一つだけ…」



















──来年の夏、あの海岸で会おう。









ビュティに海岸での記憶があるかも定かじゃないのに、俺は約束が果たされることを信じて、今年の夏も俺はおばあちゃんの家にやって来ていた。逸る気持ちを抑えきれず、走って海岸を目指す。焼けたあの家は無くなっていて、ビュティも一緒にいなくなってしまったんじゃ…という不安に駆られながら、俺は階段全段飛ばしで砂浜に降り立った。








去年と同じ光景がそこには広がっていた。相変わらず人っ子一人いない。この地域の人間は一体どうなっているんだ。そんなに山が好きか。はぁ? …とか思っている場合じゃない。俺はキョロキョロと辺りを見回す。やっぱり誰も居ない。ならば…と俺は初めてビュティと出会ったあの崖の下に急いだ。









そして──






「へっくん…!」
「ビュティ…!」








俺達は再会を果たした。すっかり元気になったらしい彼女の両耳には、あの緑色のイヤリングが、潮風に揺られて太陽の光を浴び、美しく輝いていた。




















キセキの話
(それは一夏のキセキ)
(二人を繋いだ、絆の話)



普段ツイッターでお世話になっているフォロワーさんに捧げた一品。その方誕生日十月二日なのにこれは夏の話です。しょうがない、思い浮かんだのがこれだったんだ(全然しょうがなくない)。


最初は破屁にしようかなーと思ったんだけど思い直して屁美にしました。駄文だね! うん知ってた!(泣)




栞葉 朱那

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