橙色の憂鬱
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「…は?」
人を殺させたくなんてない
そんな台詞を聞くことになるなんて思ってもいなかった。
「何言ってんの、アンタ?」
殺されなくない、とか自分の保身の言葉なら納得できる。
今、目の前にいる大男からはどちらかというとアタシに対してのいたわりの言葉が発せられたのだ。
「君みたいに小柄で身体も強くなさそうな子がそんなこと…」
「小柄で悪かったな」
身長はわりとコンプレックスなので触れないでほしいところだ。
「誰かを殺さなきゃ明日の食いぶちも保証されないところで暮らしてる奴もいるんだよ」
だからお前を殺すんだ。
「じゃあ、俺が君を養う!」
「…は?」
本日二度目のポカンだった。
「俺、今日の夕方には退院するんだ。だからじいちゃんとばあちゃんに頼んで今日から君を家に住ましてもらう。もちろん君の生活費は俺が将来じいちゃんたちに返す!」
だから殺しなんてするな、なんて悲しそうに告げた男をアタシは凝視した。
理解不能。その一言に尽きる。
今日会ったばかりの得体の知れない女、しかも自分の命を狙っている殺し屋を手元におこうとしている。
なんじゃそりゃ。
「なんでそこまでこだわんの?アタシがどう生きようが勝手だろ」
「殺しの理由が快楽目的とかなら迷わず通報してたと思う。でも、君は生きるためだって俺の目をまっすぐ見つめて言ったから…だから俺は君と結婚したいと思った」
「!?結婚!?」
いきなり突飛な内容に話が変わったため思わず叫んだ。
「違うのか?」
小型犬のような愛らしさで首を傾げる男にアタシが首を傾げたくなる。
「なんで結婚になったんだ…」
殺しに来たハズなのに雑談でどっと体力を持っていかれている。
こんなはずではなかったのに…。
ちらりと男を見るとなんでだろうなと首を傾げている。
無防備過ぎる。アタシがナイフを1つしか持っていないなんていつ言っただろう。アタシのスカートの中には小型だがナイフがある。
このまま首をかっ切れば…
「なぁ」
思考が読まれたのかと思い、どきりとした。
「なんだ…」
「実は本多さんとデキてるってのは嘘なんだ」
脱力した。今、コイツが看護師とデキてるかは重要ではない。
殺すか…
そう思った矢先だった。
大きな手がアタシの肩と右手を掴んだ。
そのまま引き寄せられ、この木吉鉄平という男の匂いで胸一杯になる。
「俺、君のことが好きなのかもしれん」
「あぁ?」
なんじゃそりゃ。
利き手を掴まれたままでナイフをとれない。
左手でも大丈夫なのだが、小型のナイフでこの大男相手に力の入りにくい左手は不利すぎる。
「俺さ、君が殺し屋って言ったとき本当にびっくりしてさ、」
そりゃあそうだろうな。
アタシもそんなの言われてたら現実味沸かない。
「でも、びっくりしたあとは嫌だなって思ったんだ。だって、小柄で細くて、顔色もよくなくて、こんなかわいい子に殺しなんてさせたくねーなって…」
だから小柄っていうな、そう言おうとしたのにそれは叶わなかった。
アタシの唇が言葉を発する前に塞がれたからだ。彼の唇で。
初めてのキスは無味無臭だった。
誰だよ、チェリーの味とか言い出したやつ。
しばらくして唇が離れる。
男の顔は心なしか少し赤かった。
「俺のために俺のそばで生きてくれないか?」
高校生らしからぬプロポーズのような言葉に正直呆れていた。
「なんかアンタに呆れすぎて殺す気も失せたよ…。んで、アンタの家に言ったら3食食わしてもらえるワケ?」
男は笑顔を輝かせた。
「もちろんだ!」
別にただの気まぐれだった。
木吉鉄平という男に惚れたわけでもなく、殺しをやめたくて仕方なかったなんてこともない。
ただ、他人にここまでするこの男の行動理念が気になっただけなのかもしれない。
なにかまずければこいつもこいつの家族も皆殺しにして元の場所に戻ってこればいい。
まぁ御贔屓の依頼を達成できなかったのは名前に傷がつくが暮らしていけなくなるほどではないだろう。
「知ってると思うが、俺は木吉鉄平。君は?」
「名前はない。殺し屋蠍で通ってる」
流石に蠍は可愛くないからなー、と首を捻る男。
「アキラ。アキラにしよう」
「なにがだよ」
「名前。今日から俺の妹だ。木吉アキラ」
これからアタシの兄になるらしい男はにっこりと笑った。