橙色の憂鬱
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「アキラ」
呼ばれる声が心地よい。
しかし、その名前はまだくすぐったいような違和感があって、なんとなく返事が億劫だった。
「アキラちゃん」
「ちゃん付けすんな。気持ちわりい」
声の主をにらみつけるとソイツはあの出会った時のようにへらへらと笑っていた。
「なんだよ」
「いや、なんつーか…夏だな」
確かに乾いた風が風鈴を鳴らすのは夏を連想させるにはぴったりの景色であるし、この日陰の縁側に寝転ぶのは最高に心地がいい。
しかし、この日常がアタシにはなんだか不思議でならない。
あのプロポーズ紛いの台詞から2日が経っていた。
あの日、木吉鉄平はどう説得したのか、本当にアタシを木吉家に居候させることに成功した。
木吉家のじいさんとばあさんは新しい孫ができたようだとそれはそれはアタシを可愛がるので正直暑苦しい。
「ばあちゃんがスイカ切ってくれてたぞ」
楽しみだなと笑うコイツは本当にアタシの兄にでもなったつもりなのだろうか。
「あのさ、アキラ」
「なんだ」
コイツのじいさんばあさんが暑苦しいと話したがコイツはそれの5000倍は暑苦しい。
いつもあたしを見てへらへら笑っている。
「キス、していいか」
「はぁ?」
急な申し出に自分の眉が寄ったのを感じた。
木吉は人のよさそうな顔でへらへらしながらアタシに覆いかぶさるような状態になった。
「ふざけんなよ」
「ふざけてないぞ」
ニコニコした顔でアタシとの距離を埋めてくる木吉に迷いなく裏拳を入れた。
木吉は何気に酷いなと言いながらも笑っていた。
「そこまで自分を安売りしているわけではない」
「そりゃよかった」
誰かにとられたくないからな、と冗談か本気かわからないことを言いながら木吉は笑った。
この2日でわかったのはコイツ、木吉鉄平という男は人のよさそうな顔をしていながらもなかなかにしたたか部分があるということ。
そして、
「あ、明日から学校だったの忘れてた。制服どこやったっけな?」
「明日から学校だからってさっきから張り切って制服着てんだろ、お前」
「…あ、そうだった」
とんでもない天然ボケである。
コイツを殺せと依頼されて病院に潜り込んだアタシだったが、ヤクザに命を狙われるわけがわからないぐらいに一般人で、馬鹿だった。
「多分依頼も間違いなんだよなぁ…」
「ん?何か言ったか?」
「独り言だ」
コイツには意図的にヤクザの麻薬取引を邪魔する器用さも動機もあるように思えなかった。
きっと殺しの依頼は勘違いだったのだ。
関係ない命を一つ摘まずに済んだと思えばこの依頼放棄も悪い気分にはならないのだが、なんだろうこの日常ボケしている感じは。正直気持ち悪い。
「なぁ、アキラ」
「なんだ」
キスはしねーぞと睨むと木吉は違うよと笑って、少し真面目な顔をした。
「お前学校来ないか?」
「はぁ?」
波乱は終わらないようだ。