橙色の憂鬱

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アタシは何故ここにいるのだろう。

生まれて初めて来た、『学校』という場所はアタシの予想以上にじめっとした暑さの狭い場所だった。


「アキラ、大丈夫か?」

「何がどう大丈夫と聞いてるんだ?」


もしもそれがイライラしてるないかって疑問なら十分してるから安心しろ、と告げると木吉は苦笑した。


「どうしても、この体育館に来たくてさ…。」

「ここは学校じゃないのか?」

「学校の体育館だよ。」


学校にきたことのないアタシにとってはさっぱりだったが、ここはどうやら学校と言う施設の中の一つの建物らしい。


「学校って広いんだな。」

「アキラは一回も学校来たことないのか?」

「一度もないね。」


アタシが顔をしかめると木吉は笑った。
何が嬉しいのか理解不能。


「んで、お前はこの体育館に何しに来たわけ?」


学校って勉強するとこだろ、と聞くと木吉はそれだけじゃないんだぜ、と体育館の隅に置かれた茶色のボールを手に取った。


「バスケ、やったことあるか?」

「ない。ルールは知ってる。」


そのボールをあのネットに叩き込めば勝ちってやつだろ。
そう言うと、奴はそうだけどそんな簡単に説明できるモンじゃないぞと急に真顔になった。


「俺、バスケ部なんだよ。」

「ふーん。それがアタシに何の関係あんの?」

「アキラは冷たいなー…。お兄ちゃんの部活、知っておいて損はないだろ?」


木吉はボールをふっと放る。
それは綺麗な放物線を描いてネットを揺らした。


「上手いんだな、バスケ。」

「そりゃあ一生懸命やってるからな。」

「膝壊すほどまで?」


アタシはそう言って鼻で笑った。
返事が返ってこなかったので奇妙に思って顔を木吉に向けると木吉は先ほどボールを放った位置からアタシの近くまで移動してきていた。


「なんだよ。」


無言の木吉がなんとなく怖くなって話しかけると、彼は少し悲しそうに笑っていた。


「なんか…ムラムラするかも。」

「はぁ!!!?」


予想外の言葉に声を荒げてしまった。

アタシの反応を無視して木吉はアタシを抱きしめた。
ちゃっかりその右手はアタシの尻をさすってるし、左手に関してはTシャツの中に侵入していた。
何考えてんのコイツ!?


「ふざけんなよ。」

奴の顎を右手で掴んで遠ざけると

「わりー。」

と小さく謝罪が聞こえてきた。


「お兄さんっていうぐらいならセクハラやめろよ。」

「なんかアキラとセックスしたくなった。」


笑顔でそう告げる木吉に背筋が凍りついた。
セックス!?今までの流れでなんで!?
というか、アタシとそんなに親密な関係ではないだろう。


「頭おかしいんじゃねーの?」

「いや、目の前に好きな女の子がいたらこう、キスしたいなーとかエッチしたいなーとか思うだろ。」

「思うのは自由だが、実行するんじゃない。」


大体この体育館という場所はそんなことをする場ではないことはアタシにも一目瞭然の事実である。


「大体お前授業とやらを受けに来たんだろ。アタシに発情してる暇はあるのか。」

「しまった…!もう一限の授業が始まってる…!」

「お前とんだ大馬鹿野郎じゃねーか。」


そもそもアタシは何故学校に連れてこられたのか未だわかっていない。

服装ももちろん制服などではなく、中学時代の木吉のおさがりだというだぼだぼのジャージだった。


「アキラ、放課後になったらこの場所にこれるか?」

「一度来た場所には来れる。」

「じゃあ、もう一度、15時半に来てくれ。」

「はぁ!?」


俺は授業があるから、と木吉は体育館の出口に向かう。


「一度家に帰るか…。」

独り言をつぶやいて、アタシも出口に向かう。
木吉が立っていた。


「お前、授業は?」

「忘れ物。」


次の瞬間木吉の瞳がぐっと近くなった。
唇の感触は前にも覚えがあって、紛れもないキスだった。


「続きはまた今度な。」


木吉はいつもみたいにへらっと笑ってから駆けていった。


いや、続きってなんだよ。

アタシは体育館前でしゃがみこんで頭を抱えた。

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