Cute Bunny

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「ワタシ、将来かずくんのお嫁さんになったげる!」



幼いころの記憶だ。

どうしてか幼少の頃から子どもにしては無駄に視野が広かった。

その視野はただ肉眼でとらえる範囲というだけの意味もあったが、その広い視野からさまざまなものを見聞き出来るため、幼稚園に通う俺はその歳に合わぬ冷静さをもっていた。

つまり、見聞きしたことの意味を冷静に考えることのできる子どもだった。

それは時には俺の身を守ったが、それと同時に俺の心を傷つけるものであった。



――また、高尾さんのところの奥様、浮気されたそうよ――


俺の母さんはその言葉を聞いてもニコニコして素敵な人だった。

浮気。幼稚園児の俺にとって縁遠いはずのその言葉の意味はそのころの俺はとっくに理解していた。


違う。母さんは浮気なんかしていない。
俺は知っていた。母さんが綺麗だからそれに嫉妬した誰かが勝手に噂してるだけだって。
なのに母さんはいつもみんなからのけ者にされて、俺もいつも孤独だった。


そう、徠哩と出会うまでは。


徠哩は幼稚園の年長組の最後の半年に差し掛かろうとしたときに越してきた。

正直スゲー可愛くて引いた。
そして俺が可愛いと思ったということはみんなも可愛いと思ったのだ。
徠哩はすぐにみんなの中心になった。


「徠哩ちゃん、おままごとしよ」

「徠哩は俺と遊ぶんだよ」



こんな声が園から絶えなくなったころだった。



「いつも一人でいるね」


徠哩が俺に話しかけてくれたのは。




「どうせ仲間に入れてもらえねーからな」

「どうして?」

「母さんが嫌なやつってみんなに噂されてる。スゲーいい母さんだけどな!」

「じゃあ一人でいる理由はないじゃない」

「え!?」



徠哩は俺の手を引き、みんなの元に向かった。

みんなは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに俺を仲間と認めてくれた。
俺は1年ぶりに集団で遊ぶ楽しさを感じた。


問題はこの後だった。



「なんでかずなりくんと遊んだの!!?」

園内に響き渡るヒステリックな声だった。



俺の母さんをいじめた張本人だった。
自分の息子が母さんの息子である俺と遊んでるのが気に入らなかったのだろうか。

園内の空気は重く、静かで。今日友だちになったソイツは震えて縮こまっていた。


俺はどこかで悟った。
あぁ、明日からまた一人だ。





「おばさん、なんでかずくんと遊んじゃダメなの?」


静寂を破った声の主は徠哩だった。



「あのね、徠哩ちゃん。あの子のお母さんはねお父さんじゃない人といっぱい遊んでるのよ。悪い人なの」



違う。違う!!
ただ、俺がどう言おうと抗えないのはわかっていた。



「もし、かずくんのお母さんが悪い人でもかずくんは関係ないよ」


しかし、徠哩は抗おうとしていた。

俺は驚いて徠哩を見つめる。


「それに…」


徠哩はそこで俺を見つめた。


視線が絡まる。
俺たちはその瞬間、言葉なしに繋がっていた。


本当のことを言って。
そう聞こえた気がした。



「…そだ…」

俺の声に何人かが反応する。

騒めきが広がる。



「嘘だ…!母さんは悪くない!!全部嘘だ!!!」

俺の言葉におばさんは目を白黒させていた。



「ほらね、嘘だからかずくんとも遊べるよ」

徠哩はそのとき初めて子どものように笑った。



その後、おばさんは母さんに謝って、これから母さんの人間関係を戻していくことになったらしい。



「よかったね」

「徠哩…」


おばさんと母さんのやり取りを見てた俺の横には徠哩がいた。


どっちが悪いかわからないぐらいに母さんはペコペコしててなんだか笑えた。



「ちゃんと嘘だって言えたかずくんかっこよかったよ」

「お、おう…」



子どもながらに照れる。


「あのさ、かずくん」

「なんだよ」

「ワタシ、将来かずくんのお嫁さんになったげる!」

「え!?」


かっこいいかずくんにぴったりの優しいお嫁さんになる


そう言って笑う彼女は最高に可愛かった。






























「まぁ、昔の話だけどな」

「それが徠哩との出会いなのか…」


想像つかん、と眉を寄せる真ちゃん。

あれから10年近く経つ。
俺は1週間前に秀徳高校の1年生になった。

真ちゃんはそこで出会ったクラスメイト兼部活仲間だ。


そして、

「高尾、真太郎、おまたせ。購買混んでてごはんなかなか買えなかった。まぁ別に待たなくてもよかったけど?」


現在の徠哩。
あれから同じ小学校、中学校に進学。
小学校、中学校では女子バスケットボール部に所属していたため、部活でも関わりあり。
なによりあの後発覚したのが家が隣。
そしてなによりの因果が義務教育の9年間ずっと同じクラス。

気持ち悪いぐらいに俺と徠哩の距離は変わらないままだった。

そういや変わったこともある。



「お前を待てと高尾が五月蝿いのだよ」

「何それストーカーなの、高尾」

「お前ら揃いも揃って俺にドライすぎない?高尾ちゃん高校生活1週間ですでに嫌われてんの?」

「五月蝿いのだよ」

「ホントに黙って」



徠哩はあの天使のような優しさをひそめてしまった。
普段はつんけんしてる。


でも、

「嫌いになるならもう既になってるし、なった時点で縁切ってるわよ」


遠まわしながらちゃんと昔の優しさはそこにある。



「高尾、本当にさっきのは作り話じゃないのか。コイツがお前の危機を救い、結婚すると言い出したのは」

「高尾!?何言ってんのよ!!?なんで昔話したの!!!!!?」


結婚の約束なんてすでに破棄されてるに決まってるでしょと俺の胸倉を掴み揺さぶる徠哩。




「ちょ…ごはん食いたいんだけど」

徠哩に揺さぶられがらまぁこんな日もいいかと思った春のとある日の話。

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