色々

□或ル街ノ片隅ニテ
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此処は一体何処なのだろう。
この、暗くて寒くて、まるで、かつて賑わいを見せていた、あの衰退してしまった街のような場所は。




「…はぁ。にしても、こりゃあ凄いなァ。よくもまあ、ここまで堕ちれるものだ」

厭に気怠そうな少女の声が、腐敗しきった誰かの肉片の上で毀れていく。

もう赤黒く腐りきり、ぐちゃぐちゃになった身体は、まだ辛うじて人型を保っているという事くらいしか判別できない。
時折、明らかに苦悶の表情を浮かべて絶命したと思しき死骸もいくつかあった。それらは皆、一様に泣き叫び、もがいていたようだった。何かから逃れようと、必死に抵抗した―そんな様な雰囲気だった。
それらの爪はがりがりに削れ、捲れていた。また、脳天を抉られているものもあった。喉笛を掻き切られているもの、内臓を表に露出させているもの。これらが外部からの行為―かつ、殺人に何の抵抗も持たない者の行為であることは、誰が見ても納得するだろう。

「やぁれやれ、全く派手にやったね、いやはや。僕の趣味じゃあないけれど、まあまあ面白くもあるかな?」

少女の口調は、場の空気にそぐわず楽しそうだった。どこか齢をそれなりに重ねたような雰囲気は、その少年のような喋り方だけにありそうなものではなかった。

こつり、こつりとローファーのこだまするそれ、そして彼女のくつくつとたまにこぼす笑み。
それらは不気味にもどろどろと交じり合い、やがて、突如、ぴたりと止んだ。

「やあ、目が冴える蛇―相変わらず元気そうじゃあないか」
「…何しに来やがった、このド畜生が」

ぎろり、金色の瞳が黒髪の少女を睨み付ける。「目が冴える蛇」と呼ばれた彼は、ゆっくりと死体の山から顔を上げた。
少女はけらけらと笑いながら、スカートの裾をひらりとつまんで見せた。首に下げた赤いマフラーがふわりと揺れる。

「会って早々『ド畜生』とは、いや、あははは!君らしくていいねぇ。嫌いではないよ、そういうのはね。だけど冴、君は何だってまたこうも悪趣味なんだい?悪いけれど僕には理解し難いよ〜!」
「質問に質問で返すな、糞餓鬼が」

ひゅん、と音を立てて少女の足元に何かが突き刺さる。

「うぉ!あ…っぶないぞ冴、ガラスを投げて寄こすなんて!怪我でもしたらどう落とし前つけてくれるのさ?仮にも今の僕の姿は楯山文乃なんだよ。ねぇ聞いてる?」
「…にてぇのか」

少女は冴える蛇に歩み寄ると、彼の正面に向き直った。

「え。なんだい冴?」
「死にてぇのかって聞いてんだよ糞蛇がああ!!」

どすり、聞いたことも無いような重低音が響き渡る。地面には蜘蛛の巣のような模様の亀裂が入り、大きな穴が開いていた。
この衝撃を受けようものなら、仮令身体が強い大男でさえ死んでしまう。その対象がさっきの少女だとすれば尚の事、である。

「ははは、ああいや、全く全く―あんまり梃子摺らせないでおくれよ、冴ぇ〜!僕だってそう我慢強い訳じゃあないのだヨ?」

だが、予想に反してその衝撃を与えたのは、少女―いや。
目に焼き付ける蛇、彼自身であった。

「…ち、っくしょぉ…!!どけ、俺に触るな!!」

冴える蛇の全身を、焼き付ける蛇の操る黒蛇が包み込んでいた。ぎちぎちと締め上げていく。冴える蛇はあぐ、と声を漏らす。それでも尚、焼き付ける蛇を睨むのを止めない。

「おお、随分威勢がいいなぁ冴。だけど答えは『NO』だ―それにしても君、あれだけの衝撃を受けてもぴんぴんしているなんて。化け物か何かかい、君は?…ああ、ごめんごめん。強ち間違いじゃあなかったかもね?」
「黙れ、糞蛇が!俺の邪魔ばかりしやがって!」
「ハッ!笑わせてくれるなよ冴ぇ〜!ま、君にしてはまあまあ上出来な冗談ではあったかな。うん、君にもようやく人―もとい蛇の心って奴が芽生えたみたいだ。流石、僕の兄弟」

ふふん、と得意げに焼き付ける蛇がせせら笑う。

「…黙れ…手前と俺が兄弟だと?虫唾が走る!いい加減にしろ、人間風情が!!」
「はぁ、人間風情、ねぇ。――そんな君の言う人間風情とやらに、冴、哀しいかな、君はいとも容易く捩じ伏せられてしまったのさ、ああああ。なんて可哀想なんだ、冴。そしてなんて面白い―ああ!君って奴は本当に本当に、本ッ当に面白い!」

ばっと手を広げ、陶酔しきった様子で焼き付ける蛇は笑い続ける。
やれやれ、と冴える蛇の顎を持ち上げ、こちらを向かせる。

「今日は何しに来たと思う、冴?いい子の君なら分かるよね」
「…」

焼き付ける蛇はにこりと笑うと、いつからかそこにいた女王の蛇を撫ぜた。

「―君に、休暇を与えに来たんだよ」

その言葉の意味する答えが何か、冴える蛇には分かっていた。

消される。

冴える蛇は瞳孔を開ききったまま、確信した。

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