小説ブック

□春を愛する人
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生きることは、愛すること愛されること。







 良く晴れた空を見上げて『青春の色です』と、言えばガイは喜びテンテンは顔を顰めネジはその後ろで小さく唇を緩めた。ネジは笑っていた。あの頃の彼はどうも暑苦しい性分の自分をひっそりと受け入れていたようにも思える。
 嘗てリーのライバル宣言を鼻で笑って、里一番の落ち零れを冷徹な眼で蔑んで、儚げな風貌の中にも強い心を持った従妹と一戦を交えた彼は。落ち零れの中に住まう妖狐に柔拳の誇りだけで立ち向かったその後、人が変わったように円やかになった。傍目からは見分けるのは難しいけれど、厳しい口調の中にも班員を気遣う優しさが備わった。ある日の鍛錬に、綺麗に丸めた三色の花見団子を持って来てくれた彼は、きっと木ノ葉の春が好きだったと思う。

 青春の空から視線を動かすと、薄紅色に色付いた杏の木を見付ける。桜や梅にも似た可憐な花弁が咲き乱れて、春先のそよ風に揺らされている。嘗てネジを交えて花見をしたのを思い起こして、リーは自然に其方へと足を向かわせた。彼と喋ったのがもう遠い昔のことのようだった。しかし鮮明に覚えている。何よりも大切なこの班を、誰にも負けないくらいに愛してくれたこと。有り余る慈愛で気付かれぬように包み込んでくれた彼のことを、今でも。
 衝動的に枝の先を切り取って、優美な花枝をリーは手中に収める。これを手に入れれば、きっとネジが喜ぶと思った。
 
「すみません……少しだけ、分けてくださいね……ネジにも見せてあげたいんです」

 春の空気に触れられなかったネジに、届けたら、それは十分に役目を果たすだろう。労わるように幹を撫でて、リーは切り離した杏の一部を胸元に捧げ持った。返事をしない木は人の不行儀を咎めるでもなく、ただ蜜の甘い香りを漂わせてはゆっくりと揺れている。曇りのない眼に真っ直ぐに許しを請われて、伸びた枝を振るのが首肯したように見えた。折った枝から、花が落ちないように大事に抱えて、リーは弾む気持ちを抑えながら春の通りを駆けた。




――アンタねえ、折角お花見しているんだから、花を見なさいよ――と、テンテンは呆れた風に目を細めて青空を崇めるリーに言った。手には何本目かのクナイならぬ団子の串を持っていたが、彼女はリーとは違ってきちんと花を愛でていたようだ。空気を読まない発言に気付いて、頭を垂れてしょんぼりとしたリーをいやいや良い着眼点だぞ! と暑苦しくガイは励まし…………ネジは春風のように微笑って自分の隣へ招いた。
――リー、こちらに来ないか? 杏の花がよく見える。
 テンテンの立てた抹茶を両手に包んで、花の真下にいる皆とは少し離れた所で、まったりとネジは花見を楽しんでいた。その声が聞こえたテンテンは今更びっくりしている。
――ええ!? これ、桜じゃないの!? 
――ううむ、桜にはまだ早いんじゃないか? 先生も何だか知らずに眺めていたぞ。
 杏を仰ぎ見てぽかんとしだす二人を尻目に、リーは誘いに乗ってネジの側に移動する。空いている石の上に腰を下ろしてみると成程、ネジは良い場所に陣取っていたようだ。此処からは満開になった繊細な薄紅の全体像がよく窺える。細やかな春の訪れを知らせる花木を、その下で寛ぐ仲間達を。隣でこくりと抹茶を含みながら、絵画のように鮮麗な光景を白い眼差しが見守っている。満ち足りたその表情を見れば、鍛錬よりも何よりも、彼はこの班が好きだったのだと思う。

 誘ってくれてありがとうございます。
 邪魔をしないようにさり気なく伝えた感謝だったが、いや、と微かな声が風に乗って返ってきた。









ただ明日へと続く道を踏み締める日々。
夜には星が流れたりもする美しい山里。
終りの来ない日常はリーの心を置いて巡る。
特別なことを望んでいる訳ではないのだけれど。
当たり前の幸せは探し続けても掴めないものだ。


【今でもずっと、君を想い続けています】


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