Cerise de terre

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パン!と乾いた音が某飲食店に響いたが、
すぐにガヤガヤとした雑音に掻き消される事となった。

叩かれた側の女は頬を押さえ、隣の男に抱きつく。


「くそぅ…!お前なんて女、こっちから願い下げなんだよ!」


人はこの場を"修羅場"と呼ぶ。
女一人と男二人。
女を叩いたのは男の一人で、
もう一人の男は女に抱きつかれながらもヒュッ!と口を鳴らしていた。


叩いた男の方(長いので以後"叩男")は
抑えきれない怒りの所為か、いらない言葉まで発してしまう。

例えば、
「これならアイツと付き合った方が良かった…っ」とか
「…顔だけの女なんて選ぶんじゃなかった!」だとか。


周りの客は何だ何だと野次馬心を擽られたのか、チラチラと三人の様子を伺う。
見るモンではない。


「…ならその子と付き合えばいいんじゃないの?」

叩男は、は?とした。
悪びれる様子もなく
『コレ、新しい彼氏』などと紹介してきた女。

そんな奴に新しい子の勧めをされるなんて、屈辱でしかない。


叩男はただ怒りを周囲に撒き散らしていただけなのに、
それを更に募らせる事となってしまった。
この女の所為で、だ。


「私にはもう神威がいるもの。誰も咎めないわ」

隣にいる優男風な男にギュッと抱きついて、
にこっと美しい笑みで叩男を見つめる。
二人の間に、叩男が入るような隙は無い。


叩男はこの優男に、顔といいオーラといい(呼び名といい)、
全てに対して敗北感を味わっていた。

こう見ると比較されていたとしか考えようがない。

早く立ち去りたい、そう思った。


それに、この女と付き合ったのだって顔目当て。

デートして、周りの男への優越感を味わえたらなぁ…と、
そんな気持ちで告白したのだ。

性格などは全く知らずに。


そう考えたら、もう女に未練などなかった。

ただ怒りだけが、叩男の心に残ることになった。


気付くと周りからの視線も酷いもので、ついに叩男は席を立つ。


「最低女」と言い残して。
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