Cerise de terre

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遊は生まれた時から、
容姿や記憶力において人よりも長けていた。

乳児期こそ覚えていないが、
幼少期に出会った人物は殆ど覚えていると言ってもいい。

両親に「覚えてる?」なんて訊かれずとも、
自分から挨拶をしていた程である。

元々人懐っこく社交性のある方だったからそんなもの苦ではなく、
羞恥心さえも意に介していなかった。

そんな性格だから現在の仕事ができている、
というのも一理あるかもしれない。


今の仕事を始めるきっかけとなったのは、元カレとの別れ。

「…他に好きな子ができたんだ」

元カレは目を逸らして、
決心したようにそう告げた。

目を逸らした動作には
少しの後ろめたさを感じてくれているようだ。

…が、
その頬は仄かに紅く紅潮している。

今、彼の頭の中は『好きな子』の事でいっぱいなのだろう。


めでたい頭だ。


"振る"という人生の一歩となるであろう事を行っているのに、
それを疎かにするとはどういう事であろうか。

何より、遊にとってそれは許せないことだった。

小さい頃から自然と人が集まって、
自分を裏切る者などいなかった。

だから余計それが憎く見えたのかもしれない。


そっちから告白してきたくせに…
私に夢中だったくせに…。


醜い感情は、胸中に螺旋状にずっと渦巻いて、
そうして暫く立つと、
もう遊は何も感じなくなっていた。
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