甘くて短い

□甘い魔法
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バレンタインなんて言葉に、ときめかなくなったのはいつからだろう。

作詞・作曲の仕事に追われる毎日。
自分が作り上げたものが、世に出るということもあってか、毎日毎日目を凝らし、頭はフル回転。
仕事がひと段落すると、死人のように寝るほど毎日が仕事だらけだった。



今日は、歌番組の偵察に行っていた。
が、そこのスタッフさんに知らされて、ようやく今日がバレンタインデーであることを思い出した。

「え、名無しさんちゃん、バレンタインデー忘れてたの!?」
「まあ・・・はい」
「はい、じゃないわよ!貴方まだ若いでしょう!20歳なのにバレンタインデー忘れるだなんて・・・大丈夫?」
「バレンタインデー忘れたくらいで死にはしませんよ・・・大丈夫です。
それに、あげる人なんていませんから」

20歳の若者が、バレンタインデーを忘れるのがそんなに異常なのか。
その場を後にして、仕事場に戻ろうと廊下に出る。

でも、本当にチョコレートをあげる人なんていないなー
あげたとしても、友達ぐらいしか・・・
そんなことをブツブツ頭で考えていると、急に声をかけられた。


「あの!名無しさんさん!!」

振り返ると、そこにいたのは新人アイドルにして、人気急上昇中ST☆RISHの来栖翔だった。

「どうしたの?来栖さん」
彼とは何度か、作詞・作曲で関わってきた。
ST☆RISH全体の曲ではなく来栖さんのソロ曲で、だ。
その時の彼といったらとても素敵な人で、まだ未熟すぎた私に何度も何度も練習をお付き合いしてもらった。

しかし、練習をお付き合いしたといっても、まだ私が「来栖さん」と呼ぶあたり、まだまだ仲良くなれる余地はありそうだが。

それにしても、彼は一体私に何のようだろうか。
また新しい楽曲の依頼だろうか。そうだとしたら、本人が直々に言いにくるなんて、来栖さんは律儀だなぁと思う。
それとも、他メンバーの楽曲だろうか。
それだったとしても、来栖さんは生真面目な人だと思った。


しかし、来栖さんが放った言葉は自分のでも、他メンバーの楽曲の依頼でもなかった。

「名無しさんさん。今日、何の日か知っていますか?」
「ええ、知っていますよ。て、言っても、本当は忘れてたのをスタッフさんに教えてもらったんです。バレンタインデーですよね、今日」

そうです、と彼は顔を俯かせた。

何かまずいことでも言ったのだろうか。まさか、バレンタインデーじゃなかったとか。でもそんなことあるわけないだろう。
流石の私でもバレンタインデーの日にちを間違えるなんて・・・そんなのは
「あの」
「は、はい」

突然声をかけられる。
その来栖さんの表情といったら、真剣そのものだ。

来栖さんは、意を決したようにおもむろに口を開いた。

「あまり、こういうのって男から渡すのもなんですけど・・・」
すると、すっと差し出されたのは淡いピンク色の箱。
綺麗にラッピングしてあり、右端には小さなリボンが付いている。
私は、恐る恐るその綺麗な箱を受け取る。

「これは・・・?」
「今日、バレンタインデーですよね。あの、これ、俺の気持ちです」
「え・・・?」

突然のことに目を見開く。
俺の気持ち・・・?バレンタインデー?

「俺、名無しさんさんの事が、好きです」
「・・・・・・えっ」
「何度か仕事で練習にお付き合いした時、とても真っ直ぐに曲と向き合ってて・・・俺も、こんなふうになりたいって思って。最初は憧れだけだったんですけど、だんだん別の気持ちもうまれて・・・守りたいって思うようになりました」
彼の目線は、痛いほどに真っ直ぐだ。
彼が言ってくれた、私が曲を作るのと同じように。

「だから、あの、とりあえず気持ちだけでも伝えようと思って・・・返事はまだいいです!そ、それじゃあ!」

い、今のは・・・?
パッと言って、帰っていた彼の背中を呆然と見ていた。

ふと先程の言葉がフラッシュバックする。

とてつもなく、恥ずかしい言葉を言われた気がする。
そう思った途端、急に顔が赤くなるのが自分でもわかった。

・・・さっきの彼は、かっこよかった。とてつもなく。

「・・・よし!」


次の曲、思いついた。
とびっきり甘くて、とろけるようで淡いピンク色の曲を作ろう。
ちょっと日にちは過ぎることになるけど、彼なら歌ってくれそうだ。


バレンタインデーの曲を、君に。


恋の魔法にかかったみたいだ
(さっきの来栖さん、かっこよかったなぁ)
(ああ!めちゃくちゃ恥ずかしかった・・・!!)
(次、翔君って呼んでもいいか聞いてみよっと)
(・・・・・・気持ち、届いてっかな)

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