SAYAMILKY

□掴めない星
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掴めない星








美優紀side









「家」に帰ると、
いつもと変わらず彼女は曲を書いていた。



「さやかちゃん、ただいま」



元々はさやかちゃんだけの家だった。

私が卒業した後から、そこは
「私たちの家」になった。



「あ…!…………美優紀………おかえり」



まだ慣れてないねんな、さやかちゃん

「美優紀」って呼び方に。

「おかえり」って言葉にも。



でも、いつも照れながら言ってくれる




なんでここが「私たちの」家になったのか
はっきりとした理由は分からない


「メンバー」という関係だった時に
私たちの間にできた、目に見えない大きな溝は
まだ塞がっていない。

だって5年半という長い時間をかけてできた溝だから。
しかも厄介なこと。
その「溝」が何なのか、言葉で言い表せない。
きっとさやかちゃんもそう。
だから埋めようにも、方法が分からない。

でもその溝の深さよりも、
5年半で生まれた絆の方が深いということは確か。
じゃないと、「運命の人」なんて言葉
咄嗟に出てくるわけないから。





あ。そうか…

もしかしたら私がここにいるのも
「運命」なのかも


「なあ、さやかちゃん」


いっつもやけど、思いつきで話しかける。
特に何を言うつもりでもないのに。


「…なに?」


いいの?って思う。
さやかちゃんのこんな優しい声を
独り占めにしていいの?って。

あと優しい目も



卒業してから、
さやかちゃんは私に優しくなった

もちろんメンバーだった時も優しかった。
でも、今は何かが違う。
「温かさ」が常に伴ってるような
そんな優しさ


「……うちらってさ………すごいよな」


卒業してからさやかちゃんと話すことといえば、
毎回こんな話。

自分を客観的に見れるようになって、
自分がさやかちゃんに伝えたこと
さやかちゃんが私に伝えたこと
心の中で繋げたら、「すごい」って毎回思う。
それをさやかちゃんに伝えたくて
「すごい」なんて言葉よりもっといい言葉を
さやかちゃんならくれる気がして
だからいっつもその話をする。


「………すごいなぁ」


私の考えとは裏腹に、
さやかちゃんの返事はいっつも同じ。

でも、適当に返してるんじゃない。
私の言葉を心で噛み締めてる
それは分かる。なんとなく伝わってくる。

珍しいよな。頭のいいさやかちゃんでも
これ以上の言葉を見つけられないって。






ふいに、ノートに集中していたさやかちゃんが顔を上げた。

私はなにも言わず、ただ見つめた。



………優しい目


なんで潤んでるん?

なんでそんな切ない顔するん?

その瞳の先には、何が映ってるん?




………それを尋ねようとは思わない


答えを知りたいとは思わないから。

ただ見つめていたいから。





さやかちゃんの気持ちは分かってる。


不安なんやろな


私がいなくなってできた、大きな穴。
それを一人で埋めようとしてるから。

しかもその不安の原因を作った人と、
同じ家に住んでいるから。

きっと、毎日いろんな葛藤と戦ってる




さやかちゃんが私を拒んだことは一度もない。


ここにいていいのかと何度も思ったし、
さやかちゃんに聞いたことも何度もあった

『ここにいていいの?』って。

でもさやかちゃんは、

もうそんなこと聞かんとって

って頭を撫でてくれた。


それはさやかちゃんの優しさ。
「自分を変えたい」なんて言っといて
私はさやかちゃんの優しさにまだ甘えてる。

でも、
さやかちゃんの優しさからの「卒業」は
できない。


「……今は何の曲書いてんの?」


さやかちゃんは、メンバーには
私と一緒に暮らしてることを隠してる


私もそう。

『どこか遠くに旅をしてきます』

とだけ書き残して、
知人やネットでの繋がりを絶った。


なんでそこまでしたんやろ。
自分のことなのに、分からない。



「ん?……………みるきーの曲。」



呼び方が戻っちゃうのは毎日のこと。
さやかちゃんはたぶんそれに気づいていない。

それくらい自分の書く曲に思いを馳せてる最中やから。

でも、それでいい
それがさやかちゃんやから


「曲できたら最初に聴かせてな」



今の私には、さやかちゃんしかいない

この姿を卒業前の自分が見たらどう思うやろか
予想もしなかったやろな
私がさやかちゃんに依存するなんて。



『音楽と同じくらい私のことも見て』



喉まで出掛かったその言葉
慌てて飲み込んだ。






「………さやかちゃん疲れてる」


後ろから腕を回した。
さやかちゃんの体温を感じたかったから


「………疲れてへん………」


強がる癖は全然変わらない。
素直に疲れてるなんて絶対言わない


唯一私たちの「溝」を埋めるために
思いつく手段は、触れること

強く抱きしめると、
ゆっくりさやかちゃんが振り返った


さっきの優しい、切ない瞳に
私だけが映っていた
私の目にも、さやかちゃんしか映らない

言葉では、もう伝えきったから

言葉にできないものを伝えるのって
こんなに難しいもんなんやな


顔を近づけると、恥ずかしさからか
さやかちゃんはすぐ目を閉じる

さやかちゃんの優しさに応えるように
優しく口づけをした。


キュッ、と私の服を掴むさやかちゃん

ぎこちないキス
さやかちゃん緊張してるんかな
肩に力が入ってる

そんな時は決まって、
さやかちゃんの頭を撫でる。
すると力が抜けて、嬉しそうな顔をする


このキスにはどんな意味があるんかな





さやかちゃんを感じながら、
初めてキスした時のことを思い出していた。
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