Autumn daffodil

□回顧と現在
1ページ/3ページ

『いらっしゃい。あれ、娘さんと一緒って珍しいね』
『こんにちは。実は、莉桜の髪も切ってやってほしくて……』
『かまわないよ。ちょっとだけ待ってて』
母親の有理が莉桜を連れて、行きつけでもある雄士の両親が営んでいる理美容室に行ったのは、莉桜が8歳の時だった。
『ねぇ、お母さん。あのお兄ちゃんがしてくれるの?』
『ん?あら雄士君、お店に来てたのね。莉桜、お兄ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんのお母さんがしてくれるのよ?』
『やだ!お兄ちゃんがいい!』
『莉桜!そんなワガママ言わないの!!』
『さすがにお客さんの髪を今のオレがする訳にいかねぇしなぁ……』
『うちは構わないんですけどね。お店としてダメなのわかりますから……ごめんなさい、気にしないで?』
『いやいや!お兄ちゃんがいいんだもん!!』
『莉桜!!』
『んー……じゃあお客さんとしてじゃなく兄妹ってことで……。雄士切ってやれ』
『は?親父いいの?』
『莉桜ちゃんが可哀想だろ?……いや、今からお前にされる方がよっぽど可哀想なんだが……あんなに熱烈に希望してくれてるんだ。田鍋さん、素人が切ることになるけどいいですか?』
『私は全然気にしません。むしろご迷惑おかけしちゃって……』
『いやいや。じゃあ莉桜ちゃん、この兄ちゃんが髪するからな!もうちょっと待っててくれるかい?』
『うっ……ぐすっ……うん、待つ……』
当時高校生だった雄士が、たまたま店に顔を出していたときで、莉桜は雄士の姿を見るなり雄士にしてもらいたいと、普段はおとなしい莉桜が我儘を言って困らせた瞬間だった。

『お待たせ。名前、莉桜って言うの?何歳?』
『8歳……』
『8歳かぁ……オレは雄士ね。髪長いねー、今日はどうしようか?短くする?』
『ううん、あんまり短いのはイヤ……』
『わかった。じゃあ、鋤いて軽くするのと前髪はちょっと切ろうか』
『………うん…お願いします』
『わかりました』
雄士は、少しだけ恥ずかしそうに受け答えをする莉桜の頭を軽く撫でるとハサミを手に取った。
雄士にとって、他人に対してハサミを入れたのはこれが初めてだった。

『……っし、こんなもんか。莉桜、シャンプーしたげるからこっちおいで』
『いいの!?』
『おぅ』
嬉しそうに雄士について行く莉桜の姿を、有理をはじめ雄士の両親も微笑ましく見ていた。
『お湯熱くないか?』
『だいじょーぶ……』
『じゃあ洗っていくな。痛かったりしたら言って?』
『ん………お兄ちゃんの手……気持ちい……』
ゆっくりと優しい手つきで洗われるうち、莉桜はその気持ちよさにすぐに眠りについてしまった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ