無限の現代神話

□肆話
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「傷だけ…」

陽菜子はそれぞれの木に近づいて触れる。
木は浅い傷だけを残し、陽菜子が望むように崩れることはなかった。

「どうして…どうして切れないのよ!」

下唇を噛み締める。
夕方に言われた言葉が脳内に響き渡った。


”糸なんてみみっちい技”

"自分だけじゃ何もできない"

"雑魚"


陽菜子は鼻の下に伝う生暖かい物を感じ、拭った。

「あ…」

指に付着した赤を見てハンカチを取り出した。

妖力で糸を紡ぐことはとても繊細な作業で神経を使う。膨大な集中力も要する。
体質は糸の扱いに向いているが稀に身体に負担がかかった。

陽菜子はハンカチで血を拭い、木の下に座り込み、傍に置いていた鞄からスマホを取り出した。
鼻を押さえながらラジオアプリを開く。
ラジオは暫くジャズを流していたが途中でニュースに変わった。

「速報です。xx山の噴火の予兆のようなものを観測しました。専門家によると…」


****

***

**

*


陽菜子とかなたは片付けを終えて、二階建てのガレージハウスへ行きついた。
ガレージハウスは廃屋のような見た目で小さな光が灯っている。

二人はガレージ前で立ち止まったままなかなか中に入らなかった。
かなたが陽菜子の顔を覗き込み、少し考えて口を開く。

「アタシは陽菜子が怪我したり危ない目に遭うの嫌だゾ。アイツもきっとそうだゾ。だから…」

「ふふっ、かなたは優しいわね」

「ふぇ!?」

陽菜子が無邪気な笑顔で笑う。

「いつもはああだけど、かなたも宗近のこと好きだもんね」

かなたは陽菜子の言葉に固まって、ワンテンポ遅れて赤面した。

「陽菜子は何もわかってないー…」

そう言って赤面したままそっぽを向いたかなたに陽菜子は首を傾げた。


*


不完全燃焼。
まるですっきりしない。

放課後は毎日警邏に出ているが目標の二人は見つからず、苛立ちを鎮めるために異形者を斬り、それでも満たされなかったのを道場で素振りをして汗を流すだけの日が続いている。

今日もまた誰もいない道場を開け放して明かりもつけず、差してくる月明かりの中で一人稽古をしていた。
道場の全ての扉を開け放して風の通りを良くしているが止めどなく汗が流れた。
湿った手拭で申し訳程度に汗を拭う。
夕飯は済ませたというのに小腹がすいてきた。

今日はここまでだな。
少し涼んでから風呂に入るか。

そんなことを考えながら縁側に出て夜空を仰いでいると、狭い庭の草木が不自然に揺れた。

「…陽菜子…?」

「あら、バレちゃった」

まさかと思って声を掛けたが、本当に陽菜子だったとは…。

陽菜子は出てきて舌を出して笑った。
俺の隣に座って湿った手拭を奪い、代わりに肌触りの良いタオルで顔や首元を拭われる。
されるがままに一通り汗を拭きとられると、今度は水筒を取り出し、茶を注がれた。渡された茶を飲むと、陽菜子は満足したように笑った。

こうして会いに来るのは嬉しいことだが…。

「一人で来たのか?危険と言ったはずだ」

「屋根を伝って来たわ。安全でしょ」

「嫁入り前の女がそんなことをするんじゃない。"くノ一"はどうした?」

「任務はぜーんぶ終わっちゃった」

「…俺の家には寄るな。一人で出歩くな。鈴坂に頼んだはずだ、アイツは何をやっている…」

「…私が弱いから一緒にいちゃ駄目なの?」

「はぁ…。普段片づけている異形者とは格が違う。アイツの特性ではお前は敵わん」

「確かにあの時は役に立てなかったわ。でも今度こそ」

「そういうことじゃない!」

つい大声を出してしまった。
遂に陽菜子は頬を膨らまし、フグのような顔になってしまった。
膨れっ面も可愛いが、困ったものだ。
腹も減っているし、このままでは口論に発展してしまう。
今に始まったことではないが、どうしてこうも聞き分けの悪い我儘な奴なんだ。
接吻をしてしまえば女は黙ると聞くがそのやり方はいけ好かない。

俺が溜息をついている横で、陽菜子は何かを思い出したように自分の荷物を漁った。
そしてラップに包まれた握り飯を差し出した。

「おにぎり作ってきたの…お腹すいてると思って…」

貴方が好きな焼き鮭よ、と陽菜子は付け足す。
思わずドキッとした。

「…あ、ありがとう」

こいつはいつもタイミングがいい。まるで心を読まれているかのようだ。俺の好物までおさえてる。
我儘なところもあるが献身的で健気な一面が、俺は…。

「…こ、今夜は泊まれ」

羞恥で身体中が熱くなる。
気が付けば俺は陽菜子の肩を抱き寄せていた。

「ふふっ、汗くさーい」

「すまない…」

「ううん。私、あなたの汗の匂い、好きよ」

そう言って陽菜子は剣道着の襟へ手を忍ばせてきた。

さて、この身体の熱はどうしたものか。
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