無限の現代神話

□伍話
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「きゃああああ!」

白い身体が悲鳴を上げ、充血した眼球がぐるりと回った。
少女の視界は二重三重にぐるぐると回って暗転して、何も聞こえなくなった。


「はっ」

三つ編みの少女は公園のベンチの上で目を覚ました。
勢いよく顔を上げた花園は目を見開いたまま何度か激しく息を吐いた。
先ほどの白い世界で貫かれた腹をそっと触る。
そこにある横一本の長い線をワンピースの上から指でなぞった。それは過去に下腹部を手術したときの跡だった。

花園は安堵と疲れの混じった息を吐いて全身の力を抜く。
ギシっとベンチが軋んだ。

「玩具のプロペラ機とナイフ。…私をからかってる」

花園はあの世界の出来事と過去の記憶に因果があると読んだ。

プロペラ機はストレス耐性テストと称して研究員に玩具のプロペラ機をぶつけられた時。
ナイフは下腹部を裂かれ、臓器を…。

花園は首を横に振って考えることを中断した。
そして本題にすべきやせ細った女性の顔を思い出す。

「あれが親玉だったのに。…一体どこにいる。…座標さえ分かれば、後は回収させて…」

失いそうになった冷静さをなんとか繋ぎ止めようとするが、少女の脳は限界に達しようとしていた。

「これ以上集中できない」

花園は羽織っているカーキのモッズコートのポケットの中から小さな箱を取り出した。
白と水色のパッケージの箱の頭をトントンと指で叩くと中の白い棒が飛び出した。
花園は一本を引っ張り出して、コートのポケットからライターを取り出す。

タバコを咥えてライターをカチカチと何度も鳴らが、なかなか火が付かない。

「時間がないのに」

そのまま花園は物思いに耽りながらタバコの先に火が付くのを待った。

花園は疲れからか油断してしまい、近づく気配に気づかず、間抜けにライターをカチカチと鳴らす。
一人のランニング中の少年が花園の姿を見て走るスピードを落とした。
花園はやっとそれに気がついて、しまったと思いながらタバコを咥えたままジャージ姿の少年の目を見てしまった。

二人は互いの姿を見て同時に固まる。
花園は少々の焦りと冷静さが欠けそうになるのを必死に堪える。
蒼刃宗近。
この顔を忘れるわけがない。

宗近は見知った顔に足を完全に止め、普段のポーカーフェイスを崩し、あり得ないものを見るような表情で花園を見つめた。
当の花園も同じように唇こそはしっかりとタバコを咥えていたがいつもの彼女に似合わずキョトンとしている。

宗近は未成年の喫煙の現場を目撃したのは初めてだった。それも同年代の知り合いがタバコを吸う現場を目撃するなど予想にもしなかっただろう。
花園はなぜか呆気にとられて何もできない。

宗近はハッとして花園を睨んだ。
花園は鬼の形相で近づく宗近に、蛇に睨まれた蛙のように怯み、咥えていたタバコを呆気なく取り上げられた。

「若い女がこんなものを吸うな」

強い口調でそう言って取り上げたタバコをいとも容易く折る。

「ア…アタシの勝手だろ。…もったいねぇ」

花園はその瞬間顔つきや口調が一変した。
可愛らしい目は鋭くなり、三白眼になる。一人称も変わり、乱暴な口調になった。少女のそれは二重人格に近い。

折られたタバコを見て文句を言う花園に宗近は手のひらを差し出した。
花園は差し出された手を見てまたキョトンとした。

「出せ」

「クソ。…なんだ…調子狂うな…」

彼の言葉の意味が分かった花園はコートのポケットから箱を取り出して、素直に差し出した。
宗近は花園の手から箱を奪い取って、ぐしゃっと握り潰す。
林檎の食べかすのようになった箱を見て花園は宗近を睨んだ。
その視線に宗近は怯みもしない。

それから二人は暫く睨みあうと花園の方が先に諦め、溜息をついて目を逸らした。
その様子を見て少なからず安心した宗近は距離を開けて少女の隣に腰掛けた。

「久方ぶりだな」

「…夢ん中なら何度も会ったけどな」

そう言われた宗近は、不思議なことを言う奴だ、と花園を横目に見た。

少女は目に見えて痩せているが髪だけは気を使っているのか、若干髪質は悪くなっているが三つ編みは綺麗に編まれている。
悪い臭いこそしないが環境的に満足に風呂も入れていないだろう。若い少女にこの環境は酷だ。
ワンピースはおそらく一張羅。カーキのモッズコートは何処かで拾ったものだろうと推測する。
これから夏になるため身を隠すのにコートを着るには無理がある。

宗近は少女の身なりに少なからず同情しながら本題を口に出した。

「オセアノスの宿舎へ帰れ。待遇は申し分ないだろ。身寄りのないお前を受け入れているんだ。あまり困らせてやるな」

「気安くアタシの人生にとやかく言うんじゃねー。アタシは戻らないからな」
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